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プロローグ2 烏のなく街

 高宮詩織は消える。


 それは成海学園の男子生徒ならばほとんど誰でも知っている事実だった。夕日に照らされ、影一つ見当たらない住宅街の坂道。そこから唐突かつ一瞬にして、さながら腕のいい奇術師よろしく彼女が消失してしまうのはすでに無数の追跡者――要するに彼女のファンクラブ会員たちに目撃されている。成海学園の七不思議とまで言われるほど有名な話だ。


「本当に消えるんだ……」


 件の坂道で橙に染まりながら、城崎修は茫然とつぶやいた。帰り道に噂の美少女に出会ったものだからこれ幸いとばかりに後を付けてみたのだが、ものの見事に彼女の姿は消えた。後に残されたのはいつも以上に騒々しい烏の鳴き声と何もない道のみ。まさに学園に流れている噂どおりだ。消える瞬間すら見せことなく、少女は少年の視界からいなくなって見せた。

 神隠しか、それとも精緻を究めた悪魔的なトリックか。修は目を何度となく手でこすりながら辺りを探ってみる。しかし少女は居ない。小石の一つ一つを数え上げるように丹念に道を調べても、時が止まったように辺りをじっくり観察しても手掛かりすらない。

 そうしているとすでに傾いていた陽が地面へと落ち始めた。修は仕方ないとばかりに踵を返すと、力ない様子で本来の家路へ着く。彼の家はこの坂道とは学園を挟んでちょうど反対側に位置する。急いで帰らなければ、真っ暗になってしまう。下を向きつつも修の足が速まる。するとどうしたことだろうか、彼の頭がふわっと柔らかいものに当たった。


「ふふ、エッチだなあ」


「え、あ!」


 修は慌てて埋もれていた顔を引き上げた。彼の眼前に妖艶に目を細める少女の顔が飛び込んでくる。切れ長の意志の強そうな瞳と筋の通った高い鼻、艶やかな黒髪は長く伸ばされ、腰のあたりで切りそろえられている。驚くべきことに、少女は先ほど修の目の前から消えた高宮詩織その人だった。


「あなた、私を追いかけてきたの?」


「う、うん」


「もしかして、私の噂を確かめる気だった?」


「まあ、そういうところかな……」


「ふうん……」


 うっとりするほど色っぽい声だった。ほっそりとした手が、おもむろに修の手を掴む。修の顔が熱に浮かされたようにと蕩けた。


「私が消えちゃうなんてありえないのに。ほら、ちゃんとここにいたでしょ?」


「そうだね、噂は嘘だったみたい」


「わかったらそろそろ帰ったらどう? あなたの家、こことは反対方面だったわよね」


 詩織はいたずらっぽく目を細めると指で道路の先を示した。何故だかわからないが、彼女は修の家の場所を知っているらしい。


「あ、うん。それじゃあ高宮さん、気をつけてね」


「ええ、じゃあね」


 互いに背を向けて二人は歩き始めようとする。影法師が徐々に遠ざかっていく。

 不意に烏たちが、彼らを取り囲むように不気味な叫びをあげながら、空のあちこちより現れた。無数の烏たちは二人の上で円を描くように旋回しながら、少しずつ彼らを包囲していく。夕闇に光る無数の瞳。それは二人の方へと寸分たがわず向けていた。その無数の瞳は何もかもを知り尽くして居るようで、修は見られているだけにもかかわらず、身体が凍るような気分だ。


「なんなんだよ……!」


死告鳥( カラス)が騒いでいる……」


 修の手を詩織がつかんだ。彼女は烏たちを睨みつけると、足がすくんだ修を強引に引っ張る。


「早く! ここから逃げるわよ!」


「わ、わかった!」


 修は急いで駆けだそうとしたが、足が地面から上がらなかった。万力か何かに掴まれているようだ。修が引き攣った眼で足元を見ると、黒い衣に包まれた病的に白く細い腕が、地面に出来た次元の間隙のような裂け目へと修の足を引きずりこもうとしている!

 白魚のようなほっそりとした腕。しかしその力は地獄の悪鬼のごとく、修が逆らうことを許さない。底知れぬ虚空より這いだした死神の腕は、道連れを求めるように修の足をゆっくりゆっくりと引っ張り、何処とも知れぬセカイへと引きずり込んでいく――。


「来い、罪深きものよ……。汝の業を我は所望する――!」


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