その6
育郎の生活は変わった。
植物娘二人と共に朝早く起き、二人の本体の世話をした後に、朝食を採る。
その後、授業がある日はもちろん出席し、ない日も集中して勉強するために自習室に赴き、少しでも知識を蓄える。
バイトは近くのスーパーにした。給料だけでなく、期限切れの食品とかをもらえるのは一人+植物娘二人(葵は人間の食品を口にしないが、カズは大食である)で暮らしている彼にはありがたかった。……虫料理が置いてあるコーナーからは、離れた場所に配置してもらった。
ある日、授業が始まる前から着席して予習していると、隣の席に掛けた女子生徒が話しかけてきた。
「あなたは確か、ワサビとウツボカズラ買ってった方ですよね?」
彼女は、ガーデニングクラブの店員であり、育郎が葵とカズの本体の鉢を買っていったときにレジを勤めていた人物であった。お下げ髪の、清楚な感じのある、昭和風のお嬢様、といった風貌であった。
「あ、いきなり話しかけてすいません。私、藍原花子っていいます。奥さんもお子さんもいるみたいなのに、私と同じ予備校に通ってるなんて少し驚いたものですからつい……」
どうやら彼女は、カズを嫁、葵を娘であると誤解しているようであった。実際、彼は葵を娘のように感じているが、少なくとも、一般的な娘とは異なった存在であった。
とりあえず、その誤解に対し『あ、あの子たちは、し、親戚だよ』と嘘を吐いた後、育郎は自己紹介をする。
「ワサビとウツボカズラ、一緒に育てるなんて、大変じゃないですか?」
「……うん、大変だよ」
確かに、苦労はしている。植物娘二人との共同生活という形で苦労しているなんて、藍原は思いもしないであろうが。
「でも、二人からは色々、教えてもらったよ」
植物なのに『二人』と言ったことを、藍原は不自然に思う様子もなく、感心した顔になった。
「そうですよね。植物も生きてますから、色んなことを教えてくれますよね」
それだけ会話を交わした時間で、授業が始まった。
科目は、生物であった。
いきなり頑張りだしたせいか、春から夏への過渡期たる梅雨のせいか、ある日育郎は体調を崩してしまった。
「……ごめんなさいです」
蒲団に伏せ、息苦しそうに咳き込む育郎の姿を見て、葵は自分に非があると思い込んでいるかのような口調で呟いた。
「どうして葵ちゃんが謝るの?」
「わたしたちにあんなに気を使ってくれるイクローさんが、自分の身体のことを知らないはずはないです」
「いや。これは僕が自己管理できなかったのが原因であって、葵ちゃんのせいじゃない」
「そうそう。人間って色々複雑なこと考えているらしいけど、あまり自分のことがわかってないって生物らしいからね」
人間という生き物を見下すような発言をするカズであるが、彼女はインターネットで人間の病気について調べていた。自ら貪欲と称した彼女は、知識欲も深いらしく、すでにパソコンの操作も習得していた。
「葵ちゃんもさ、自分を責めるんじゃなくて、現状を改善することを考えるべきだよ」
「そうですね! さすがカズさん、良いこと言うです!」
「ダテに『土地に栄養がないなら虫を食べれば良いじゃない』って進化した種じゃないのよ」
「……でも、どうすればいいですか?」
「あたしたちで看病してあげれば良いの。葵ちゃんの感謝の気持ちを発揮するときだよ」
カズの鶴の一声で、意気込む葵であった。
「じゃあ、必要なものを買いに行くよ」
「はいです!」
「だからお金ちょうだい。イクロー」
その言葉には、暗示がかけられていた。そのため、育郎はキャッシュカード等も入った財布を丸ごと渡してしまった。
「じゃあ行ってきまーす」
「行ってくるです! イクローさん!」
……少し渡し過ぎちゃったかな? でも、看病してくれるそうだし、今ちょうどお米も切らしちゃってたし、別に良いか。それにしても、植物にお世話してもらうなんて、立場が逆転しちゃったなあ。