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わさび  作者: rou
5/9

その5

 翌朝、育郎が目を覚ましたのは、自分の蒲団の中に何者かが侵入してきたためであった。ビックリして飛び起き、掛け布団を吹っ飛ばすと、カズの姿。

「おはよーイクロー」

 しゃあしゃあと朝の挨拶するカズ。

「おはよう……って、朝っぱらから卑猥だなあ」

「うん。葵ちゃんより早く起きたのもこれがしたかったから。この先のこともしてみたいけど」

「……食虫植物っていうより、サキュバスみたいだなあ」

「好きでしょ? そういうの」

「……昨日きたばかりのカズがなんで知ってるの?」

「本棚の一番上の段を見ればわかるわよ」

 その一番下の段には教科書があるが、一番上の段にはえっちい本が並べられているのだ。しかも、結構マニアックなのが。

 しばらくすると葵も起きてきて、朝の日課を全て済ました育郎であったが、今日も時間は早い。午後から予備校があるが、それまで手持ち無沙汰だ。

 考えていると、音楽が流れ出した。

「はわわわわわわ! 勝手に動かしてごめんなさいです!」

 どうやら葵がオーディオをいじったらしい。育郎はクラシックファンでもあった。

「あうう、止め方がわからないです」

「いいよ。そのままで」

 せっかくだからこのまま音楽を聴きながらゆったりとした午前中を過ごすのも悪くはないと育郎は考えたのである。

「この曲、良い感じだね。心が安らぐ」

「そうですね。なんかまったりです」

 葵とカズはそう感想を漏らした。植物でも音楽は理解できるようだ。

 どちらも自分を慕ってくれているようである二人だが、性格は全く違う。個性が存在するようだが、二人は言葉は少ないものの、一つの曲に同じような感想を持った。

そして、育郎も、その曲をいつも精神を落ち着かせたいときに聞いていた。

 個性は確固として存在するが、生物の根底の精神は同じなのだろうか。

「葵とカズって、同じ植物なのに、性格全然違うよね。何でかな?」

 何気なく、育郎は尋ねてみた。

「なんででしょうね? 種が育ってきた環境の違いですかね?」

「そうかもね。あたしは栄養の少ない土地でも生きていけるように進化した種だから基本的に貪欲なんだ。自分で言うのもなんだけど」

「私のほうは、大地の恵みの中で育つ生物ですから、自然に感謝する心を持った子が多いみたいですね。でも、今、育ててくれているのはイクローさんですから、イクローさんに感謝しています」

「で、イクローはどっちに近い?」

 そう尋ねられた育郎は、葵ちゃんに近いかな、という答えを出した。

「イクローさんにも、育ててくれた人がいるんですね」

 その言葉で、育郎は家族を思い起こした。

 生まれてから高校卒業まで両親は自分に不自由な思いをさせることなく、面倒を見てくれた。

 大学受験に失敗したときも、怒るでなく慰めてくれた。

 浪人になる、と言ったときも二つ返事で了承してくれた。

 とりあえず都会に出て、一人暮らしをしたい、と言う申し出も、苦言を呈することなく、惜しみない支援を約束してくれた。

 そして、今に至る。

 だが、自分は両親に恥じない生活をしているか、と言われれば、「NO」である。

 予備校には通っているが、授業に真面目に取り組んでいるわけではなく、ただなんとなく聞いているだけであった。酷いときには居眠りすることすらある。一応自主学習もするが、それは暇つぶしの一つに近い。飽きたらすぐに辞める。

 衣食住に加え、教育までお金を出させているというのに、自分はバイトもせずに、時間があれば趣味に没頭。

 健全とは言えない浪人生活である。

 葵は、そんな育郎に感謝の意を表すために現出したようである。彼にとっては全く苦にならない水の取替えさえ、ご主人様に迷惑をかけまいと、自分でやろうとした。

「……イクローさんに感謝してる、か」

 育郎は、葵の発言を引用した。

「……僕も、育ててくれた人に感謝して、それを相手にわかるように伝えなきゃいけないね」

 だが、具体的にはどうすればいいのだろうか。そう考えても、良い案が浮かばなかった。

「……イクローさん」

 葵は育郎の前まで歩み寄り、居住まいを正した。

「ありがとうございます。です」

 そうだ。ありがとうございます、と言うだけでも、相手に感謝の気持ちは伝わる。

 両親が自分にしてくれることと比べたら、全くつりあわないが、それでも何もしないよりはよっぽど良い。

「葵ちゃん」

 葵と同じように、育郎も居住まいを正す。

「……ありがとうございます」

 感謝する気持ちを、教えてくれて。

「あたしにはー?」

「そうだね。ありがとうございます。……えーと、貪欲さを教えてくれて」

 理由は今思いついたものであった。

 だが、恵まれた環境に甘んじて、自堕落な生活を送ってきたけど、これからは食虫植物みたいに逞しく生きたい。と育郎は今、決心した。

 ……尤も、これはカズから教わったものではなく、食虫植物という生き方そのものから学んだものだが、それを自分の生き方に取り込もうと思わせてくれたのは、カズである。小さなことがきっかけで、人間は変われる。

(植物に、教えてもらうなんてね)

 森羅万象は、教師足りうる。

 まず、育郎は、両親に感謝の思いを伝えるため、手紙をしたためだした。

 文章自体は稚拙なものであったが、育郎なりに、感謝の気持ちを詰め込んだつもりであった。

 そして、貪欲に生きる、を実行するために、アルバイトを始めようと、貰ったはいいけど読んでいない就職雑誌を開くのであった。

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