第一話 ハンデスは挨拶 挨拶は前方確認(1)
「髪よし!服よし!忘れ物なし!」
鏡の前にはばっちりと決めたまあまあ見てくれのいい(美)少女が立っていた。高校デビューから約一か月。私は造り上げた私をなんとか取り繕って過ごせている。いるはずだ。
指さし確認よし!本日も一日ご安全に!
たかが学校生活と侮るなかれ。青春とは学校を舞台にした戦場なのである。特に私のようなオタクで陰キャのカードゲーマーは!!
カードゲーマーとはスティグマである。カードゲームが好きだと周囲に知られるやいなや周囲からは子供の遊びにマジになっている奴と烙印が押される。中学時代はコミュ障だったこともあって本当に友達作りに難儀して暗澹たる学校生活だった。女のくせにだとか15にもなってま遊んでるのだとか色々言われてしまった。
だから高校デビューなのだ。新天地で誰も過去の失敗を知らない状態で。自分自身を一からプロデュースするのだ。というのは実はお兄のアドバイスだ。
お兄は私とは全然違うできた男だ。眉目秀麗才色兼備、文武両道にしてコミュニケーションお化け。控えめに言って完璧超人だ。この春からはかなりレベルの高い国立大学にスルッと入学してしまった。そしてなによりもカードゲームがめちゃ上手い。私がカードにはまったのも何を隠そうお兄経由だ。
同じカードゲーム好きなのに片方はクラスの中心でもう片方はいじめられっ子。この差は要は立ち回りの差なのだ、とお兄は語った。
* * *
冬休み、なんとか卒業の目途だけはたった私はいつものようにお兄と【7つの願い】で遊んでいた。完璧超人であるお兄相手でも対等になれるカードゲームが好きだった。
その日は私が生み出した芸術的な盤面に自画自賛をしていた気がする。大量の置物によるロックで何もできなくなった相手がのたうち悪あがきをする……最後の抵抗を無慈悲に打ち消す……そんな勝ち方が大好きな私なのだった。
「紙月はさ、コントロールデッキが得意だよな」
「うん、パーミッションもロックも大好き」
ふひひと気持ち悪い笑い方をしてた気がする。
「ははは、コントロールが得意ってことは相手の気持ちを理解できるっていうことのはずなんだよな」
今思えば乾いた笑いだった気がする。
「カードゲームとコミュニケーションもおんなじなんだよ紙月」
「そんなわけないよお兄。人の気持ちなんてわかんない。みんなはなんで私のことを嫌ってるの?私は何を間違えたの?分かんないよ」
当時の私は俯いてばかりで他人の表情を見ることもできなかった。疎外感から人の顔を見れなくなったのか。人の顔を見れないから疎外されてきたのか。どちらが先だったのかは今となっては分からないことだけれど。
「おいおい、それは正しい評価だとは言えないな」
そう言いながらお兄がプレイした《激流下り》が私の盤面を全て押し流しお兄を拘束していた置物を全て破壊た。
「あーっ!全除去温存してたの!?」
「こらっ真面目な話をしてるんだからちゃんと聞きなさい紙月。戦場を正しく評価できないやつがコントロールデッキを回すことはできないだろう。盤面の脅威を正しく評価し何をしたら相手が嫌がるのかを理解する。それはつまり相手の感情を考えを予測できるっていうことのはずだ」
「えー?」
「相手を、状況をちゃんと把握して正しく評価するんだ。紙月」
もうお兄ちゃんは直接お前を守ってやることはできないんだから。そう寂しそうに言われて初めてようやく私は現実を直視した。私が置かれてる現実を理解した。
「お前ならできるって思うんだよな」
だって俺より【7つの願い】が上手いんだからさ。そういってお兄は笑った。
冬休みから春休みにかけてのスパルタコミュニケーション教育については……あまり語りたくはない。でもおかげで猫背を改善して人の目を見て挨拶をすることができるようになった。それがどのくらい大切なことなのかも知ることができた。
* * *
「おはよう夏目さん何読んでるの?」
「電波女と青春男」
「入間人間とはしゃれてるね」
挨拶=ハンデス=前方確認。すなわち挨拶はし得。
お兄の薫陶を受けた私は可能な限りみんなと挨拶をするようにしている。この時大切なのは相手の表情を見ることだ。当日の相手のコンディションをそれとなく確認するいことができる。お兄曰く、挨拶を毎日繰り返すことでいつもよりいらいらしてるなとかちょっと良いことがあったのかなとかそういうことが分かるようになるのだという。
挨拶とは手札破壊なのだ!と強硬に主張するお兄には流石の私も呆れたのだった。せいぜいが覗き見くらいだろう。
そうだとしてもノーコストでピーピングできるのは強いに決まっている!強行動は擦れ!という意見には異論はないので挨拶はきちんとする練習をした。練習の成果がでるのは楽しいなあ。
「おはよう春咲さん」
「おはよう紙月っち」
よし先手を取れた。別に挨拶に先行有利なんてないんだけど。
用語解説
7つの願い(セブンウィッシィ―ズ):流行りから少し過ぎたこの世界に存在する海外産TCG。海外産ということもあり比較的大人向けである。主人公の紙月は周囲に一緒に遊べる相手がおらずほとんど兄とばかり遊んでいた。
コントロール:カードゲームにおける戦略の一つ。相手のやりたいことをさせない、妨害する、盤面から除去する、リソースを奪うなどの方法を駆使して文字通り相手をコントロールして勝利を狙う戦略。
パーミッション:直訳は「許可」相手の行動を妨害したり打ち消したりするカードを大量に積んだデッキタイプ。相手は何か行動するたびにこちらに「許可」を伺わなければいけなくなる。このタイプのデッキの使い手は性格を疑われることになる。
ロック:特定の行動を永続的に行えなくさせるカードを並べて相手の自由を奪うデッキタイプあるいはそれらのカードのこと。最終的に相手は身じろぎひとつできなくなる。このタイプのデッキの使い手は性根を疑われることになる。
手札破壊:ハンドデストラクションの略。相手の手札を捨てさせ選択肢を奪う行為。特に相手の手札を見たうえで選んで捨てさせる効果はピーピングハンデスと呼ばれる。有効なハンデスのためには相手のデッキについてもよく知っている必要がある。こんなことを嬉々としてする奴は性格が悪い(断言)。




