表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
欠けた満月  作者: 平ミノル
5/5

第伍話 支配と服従はどちらが強いのか


次の日の夕方。


俺が帰宅すると、家の前で真央が立っていた。今日の真央は、いつもと違って疲れたように見えた。


「湊……」


真央の顔は険しかった。真央は俺の目を見ながら、歯切れの良い口調で言った。


「話があるの」


「……なんだよ、改まって……」


真央にいつもの笑顔はない。


「湊さぁ、最近おかしいわよ……あの転校生が来てからずっと変」


「俺とあいつは何も関係ねえ」


「関係あるわよ。私、湊のことが心配だから来たんだよ」


真央の声は真剣だった。俺はそれがわかっていた。わかっていたから、余計に聞かれたくなかった。


「ねえ、湊……あの女から離れて……。距離を取って欲しいの。そりゃ、同じクラスだから完全に無視とか難しいかもしれないけど……とにかく心配なのよ」


真央は話を続けた。


「あの子は危険だわ……きっと良くないことが起きる」


真央は泣きそうな顔をしながら訴えた。もしビジネスの場で、今の真央みたいな顔で説得されたら、どんな不利な契約書にだってサインするに違いない。


だが、今日の俺は首を振った。


「駄目だ真央。それは出来ねえ」


「どうしてなの? あんな女のどこがいいの!」


「真央、落ち着け」


「落ち着けない! 湊のことが、私は——」


真央の声が震えた。


その時、突然、真央が俺の胸に飛び込んで来た。そして、胸に顔を埋めながら、大声で言った。


「好きなのよ、湊! ずっと前から!」


「真央……お前!」


俺は真央を見た。涙で目が赤くなっている。


二人の間に沈黙が落ちた。


俺は何を言えばいいかわからなかった。


真央の言っていることは、いつも正しかった。いつも俺のためを考えてくれていることも知っている。


だが、俺はもう、弥生のことが気になって仕方がなかった。俺はおかしくなってしまったんだ。


「送っていくよ」


俺がそう言って、真央の体を引き離すと、真央は雷にでも撃たれたような顔をして後退りした。


「そんなにあの女が好きなの? 湊、あの女と何があったの? あの女と会ってから、湊は変わってしまった!」


真央はそう言うと、背中を向けて走り出してしまった。


「おい、真央!待てよ!」


俺は真央を追いかけた。だが、真央は向こう見ずに走り出している。


「どうしたんだ、真央。お前こそ、いつものお前じゃない。いつものお前は、にこやかで落ち着いていて……いつも正しかった。だが今日のお前はどうかしてるぞ!」


俺は真央の姿から、狂気のようなものを感じた。それは嫉妬と執着に狂った女の姿だった。


俺は真央を追って、夕暮れの路地を走り抜けた。


そして、俺たちが大きなマンションの前の、大きな通りに出た瞬間。


後ろから、急に大きなエンジン音が聞こえた。振り返ると、眩しいヘッドライトが、こちらに向かって真っ直ぐ突っ込んでくるのだ!


俺は一瞬で状況を理解した。


あいつは俺たちを轢き殺そうとしている!


「真央っ!」


俺は真央の体へ抱きつくように突き飛ばした。


「ああっ!」


直後、車が俺の脇を風のように通り抜けた。


二人の体が路地の奥へ転がる。


「ひいっ!」


真央が呻き声を上げた。


二人とも、あちこちを地面で打ちつけながら転がった。


俺が顔を上げると、その車は止まることなく逃げ去っていた。


だが、最初に振り返った一瞬。


フロントガラス越しだが……運転手の顔を、俺は見逃さなかった。


「影山……!」


真央が地面にうつ伏せに倒れたまま号泣していた。


俺は立ち上がった。膝を強打したのか、ガクガクと震えている。


それは怒りからくるものなのか、それとも恐怖なのか。俺にはわからなかった。


「真央……大丈夫か」


俺は真央に声をかけたが、真央からの返事がない。俺は影山のことを考えた。


「あいつ一体何のためにこんなことを……」


俺は歯噛みした。


だがその時、ふと嫌なことが心をよぎった。


あの車が走り去った方向は、弥生の住むマンションの方角だったのだ。


俺の胸に、えもいわれぬ不安が巻き起こった。


「真央……俺、行かなきゃ」


俺は立ち上がった。


「ま、待って!」


足元から、真央の声が聞こえる。


「弥生が危ないんだ!」


「駄目、行かないで、湊!」


真央が俺の足元にすがりついてくる。


「離してくれ、真央!」


「ああっ、湊!」


真央は恐ろしい力で、俺の足を掴んでくる。


俺は力を入れて少々乱暴に真央の腕を引きはがした。そして、真央をジッと見下ろす。


「ごめん、真央……」


俺は真央の泣き叫ぶ声を背中で聞きながら、弥生の家へ向かって走りだしたのだった。



俺は弥生のマンションまで、全力で走った。


息が切れていた。膝の痛みはまだあったが、関係なかった。


彼女の部屋がある三階まで階段を駆け上がった。そして弥生の部屋の前に立つ。


俺が扉に手をかけると——なんと開いていた。


嫌な予感が的中していたのだ。


「弥生!」


俺は扉を蹴り開けた。


薄暗い部屋の中、ベッドの上で弥生が押し倒されていた。馬乗りになった男が、両手で弥生の首を締めている。


影山だ。


「てめえ……!」


 俺は叫びながら、透の横面を思い切り殴った。


 透は吹き飛んでベッドから転がり落ちた。だが、すぐに立ち上がって俺を睨みつける。目が血走っていて、もう普通じゃなかった。


「お前は十六夜!なんでここに!」


「お前、正気か!」


 透は立ち上がると、俺に向かって殴り返してきた。俺の頬に拳が入る。俺は歯を食いしばって、逆に殴り返した。


「うっ! うおっ!」


俺のパンチが、影山の腹に突き刺さる。どうやら喧嘩なら、俺の方が一枚上手みたいだ。俺は透の胸倉を掴んで壁に叩きつけた。ガラガラッ!と物が壊れる音がする。壁掛け時計が落ちて来て、影山と一緒に床へ倒れた。


「うおおお、十六夜っ!」


影山が鞄へ手を伸ばして、中から何やら長い物を取り出してきた。俺は一瞬、それが棒か何かだと思ったが違った。


奴が取り出したのは日本刀……影山はギラリと長い刃を抜き出したのだ。


「お前! マジで洒落になんねえぞ!」


「十六夜……お前もいずれ、俺みたいになるんだ」


影山は荒く息を吐きながら刀を構えた。そしてゆっくりと俺に向かって来る。目が血走っていて、眉は吊り上がっている。


「この女と関わった以上、お前も俺と同じなんだ! わかるか? 俺の姿はな、お前の未来の姿なんだ!」


「一緒にするんじゃねえ!」


「じゃあ、お前、止めてみろよ!」


影山が刀を振ってきた。


俺は後ろへ飛んだが、後ろに棚があった。俺は棚と共に床へ倒れて、皿やカップと一緒に床へ叩きつけられた。ガシャン、バリン!と皿が割れる。


刃が俺の頭の上を通過して、部屋の壁へ突き刺さった。俺はその隙に玄関の方へと逃げる。


影山が壁から刀を抜くと、キョロキョロと俺を探して、それから俺を見つけた。俺と影山の目が合う。


「お前、逃げんな!」


「いい加減にしろ! お前!」


罵る言葉もわけがわからなくなっていた。


影山が刀を振りかぶった時、俺は奴の体めがけて体当たりした。そして、そのまま二人で床にぶっ倒れる。


体の横に、刃が青白く輝く。


良く斬れなかったものだ。


俺は青くなりながら、影山の両手首を押さえつける。


そして、影山に馬乗りになりながら、顔面に頭突きしていた。


「ぐあっ……!」


二、三発、頭突きを叩き込むと、影山の鼻がグニャリと曲がって血を吹いた。


その瞬間、影山が刀を持つ手が緩んだので、俺はそれを強く引いて奪い取り、風呂場の方へ投げ捨てた。


「はあ、はあ、はあ!」


俺は荒く息を吐きながら、影山を押さえつけた。奴は涙を流しながら泣いていた。


「影山、お前……」


影山は脱力して一人泣き始めた。抵抗を止めたと思った俺は、立ち上がって影山の上から離れた。


あちこちが怪我をしていた。殴られて口の中を切っていたし、割れた皿で足の裏から血が出ていた。俺は弥生のベッドへ腰を下ろした。


影山はおいおいと泣いて、床に座り込んだ。そしてボソリと「失敗した」と言った。


俺は荒く息を吐きながら影山を見ていると、奴は俺の方を見ながら悲し気な目で俺を見つめた。


「十六夜……俺は彼女の抹殺に失敗した」


「なに、物騒なこと言ってんだよ!」


俺は身構えた。


「とうとう、この悪魔を祓うことが出来なかったんだ」


「何が悪魔だ、こんな時代に」


「彼女と共にいる限り……いずれお前も痛感するはずだ。その時後悔しても……お、そ、い……」


影山はそういうと、目をギラリと光らせた。俺は体を硬直させたが、奴は俺ではなく玄関へと走り出したのだ。


「あ、てめえ、逃げんな!」


だが、影山の動きは素早かった。俺が立ち上がる頃には玄関を駆け抜けている。


「おい、影山、おい!」


だが影山は、次の瞬間、通路の手すりを飛び越えて、そのまま飛び降りてしまったのだ。


「あーーーっ!待てえ!」


影山は——落ちた。


俺は玄関から飛び出して地面を見下ろした。すると地面には奴が倒れていた。幸いなことに、下にあった生垣へ転落していたので、おそらく彼は生きているだろう。


俺はホッと胸をなで降ろした。


俺は疲れていた。


フラフラと、部屋へ戻ろうとすると、 遠くでサイレンが聞こえ始めた。


俺が部屋に入ると、弥生はベッドの上に座ったまま、何も変わらない顔をしていた。


俺と弥生は、静かに目を合わせた。俺は、弥生のそばへ腰を下ろした。


「弥生……大丈夫か」


弥生はしばらく黙っていたが、静かに口を開いた。


「遅かったじゃない」


「はぁ?」


「もう少しで私……殺される所だったじゃないの」


「弥生……お前それ言う?」


俺が呆れてそう言うと、弥生はサッと俺のそばへ寄って、頭の後ろに腕を伸ばした。そして、グッと自分の方へ引き寄せると、そのまま俺の唇を奪ったのだ。


「あっ」


だが弥生の舌が俺の唇に入り込んで来る。


俺は完全に油断していた。


頭の後ろは、ガッチリと弥生の手の平で押さえつけられている。


抵抗しようと思えば、逃れることも出来たかもしれない。


だが、結局俺は、その快楽に屈服した。


彼女とのキスの味は、血の味がした。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ