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欠けた満月  作者: 平ミノル
3/5

第参話 悪魔に悪気などない


暗闇の中は、俺の心臓の音しかしなかった。


弥生がすぐそばにいる。


甘い熟した桃のような香りに、俺の息は激しく乱れた。


俺は思わず膝をついた。暗闇で何も見えないが、顔の少し前には彼女の腰があるのだ。


頭上から弥生の声が降る。


「2人だけの秘密なのだから……恥ずかしがることはないわ」


弥生は続けた。


「さあ、リラックスして……気持ちを解放するのよ」


「そんな、やっぱり恥ずかしい」


俺は少し顔を逸らした。


しばらく沈黙が走った。


俺は何か気まずいことでも言ったかなと思って……何かしゃべろうとした時。


突然、弥生が俺の胸をドンと押した。


「興醒めだわ。帰って頂戴」


俺は驚いて立ち上がった。


「ちょっと待って! 急にどうしたんだ」


俺はオロオロしながら、腕を伸ばした。


「触ったら殺す」


シルエットがこちらを向いて睨んでいる。


俺は言葉を失った。


さっきまでの妖艶な雰囲気は、跡形もなく消え去っていた。


俺はかなりショックだった。


俺は力なく弥生に背中を向けた。


しばらく立ち尽くしたが、弥生は止めてくれなかった。


俺は絶望して、夢遊病者のようにフラフラと玄関を出た。


「何なんだよ、一体!」


俺はなんとも言えない気持ちで、マンションの階段を降りた。


本当に、なんとも言えない気持ちだ!


「どうして?!」


俺には、弥生の気持ちがまるでわからなかった。


高校生が男子を部屋に招き入れる。


それは、俺のことが好きだからではないのか。


そして俺は、あの部屋で、自分の欲望を打ち明けるという、恥ずかしい体験をさせられたのだ。


引き出される形だったが、匂いを嗅ぎたいと告白させられた。


俺はその時、恥ずかしさと同時に初めての解放感に震えたのだ。


その時俺は、このまま弥生と秘密を持ちながら暮らすのもいいとさえ思った。


「なのに、何だあれは」


この……惚れさせてから突き放された気持ち。


まるで、大滝から突き落とされたかのような落差に、俺は改めて驚く。


「俺は失格だったのか?」


俺は項垂れながらマンションを出た。


俺が歩いていると、1人の男が近づいてきた。


その男は、俺に並ぶように歩くと、突然声をかけて来たのだ。


「お前が弥生の新しい男か?」


俺はイライラしながら、その男を見下ろした。


顔は整っているが俺ほどじゃない。見るからに真面目そうだ。メガネが良く似合っている。


「誰だお前」


「誰でもいい。言っとくが弥生に近づくな。痛い目にあうぞ」


俺は、その真面目メガネの言い方が気に入らなかった。


「は? なんでお前にそんなこと言われなきゃならないんだよ」


「弥生は俺の女だ。誰にも渡さない」


それを聞いた俺のイライラはさらに増大した。何なんだこいつは。っていうか、誰なんだよ、お前は。


俺は前を向いて歩く速度を速めた。


「おい、聞いてるのか、君!」


耳障りな大きな声。話の通じなさそうな男だった。


「急に話かけてきて、何ひとりで熱くなってんだ?!」


俺は一刻も早く、その男から離れたかった。


「ちょっと話を聞け!」


「俺はただのクラスメイトだ、どけ!このクソ野郎!」


俺は男を押し除けて、そのまま歩き去った。


男の出現は、俺のイライラを増長させた。


女の口車に乗って、わざわざおんぶで自宅まで送るピエロ。


学校でモテモテの俺が、こんな無様なピエロ役を演じているとわかったら、潮が引くように人が離れていくだろう。


俺はムシャクシャしながら歩き続けた。


「おい、ちょっと待てよ!」


その言葉に振り返ると、真面目メガネはまだついてきていた。


「ついてくんな、メガネ。あっちへ行きやがれ!」


だか、メガネは言うことを聞かない。


「いいか……警告したぞ。俺はお前のためを思って言ってるんだ」


「お前のためだって言う奴にロクな奴はいねえ!」


「だから、俺の言うことを聞いてよ!」


「俺は"だから"を使う奴は嫌いなんだ」


「お前、それは、言いがかりだ!」


男は俺に執着するかのように、付きまとってくる。


「うるせえ。俺はお前の友達じゃないんだ!」


俺は腕で男を押して、あっちへ行けと言った。


「いいか、聞いてくれ。このままだと、お前はあの、甘い桃の香りに飲まれて、悪魔の虜になってしまう」


その時、俺はギョッとした。


「甘い香り?……」


あの臭いは誰もがわかるものではないと、弥生は言っていた。


「お前、あの甘い香りを嗅いだのか」


すると男は目の色を変えて近寄ってくる。


「やはり、お前もあの匂いを嗅いだんだな?」


「うるさい! 近寄んな、あっちへ行ってろ!」


男はかなりウザかった。


「それならお前は今とても危険な状況にある。あの女の本当の名は、ピニャタルテ。欲望を喰らうの悪魔なんだぞ」



「はははは」


次の日の朝。弥生にその話をしたら、ケラケラと笑っていた。


「何? 湊、あんたそれ信じてるの?」


そう言われると、俺は顔を真っ赤にしながら首を横に振った。


「ンなわけねーだろ……ただあいつがそう言ってたんだ」


俺はそんな話をしながら、弥生の机をスポンジで擦っていた。


「それにしても取れねえな……クソっ。油性ペンで書いてやがる」


「だから言ったでしょ? 殺気を感じたって」


それを聞いて、俺はイライラした。


「どこの女だ、机に落書きなんて陰湿なイタズラをする奴は!」


俺はイライラして、スポンジを擦る手に力が入った。


「自分でやるからほっといてよ。こういう時の、男の介入はイジメをさらにエスカレートさせるのよ」


「そうなのか?」


俺は唇を尖らせた。


「女心って……マジわかんねえ」


「いいのよ。私はもともとひとりぼっちなんだし、何も変わらないわ」


「なんかゴメン……」


「あなた馬鹿なの?」


すると弥生は立ち上がって肩をいからせた。そして低い声真似をしながら言った。


「すまねえ……俺がモテてるせいで、こんなになっちまって……」


それを見た俺は額を手で覆った。


「それ、俺の真似? 頼むからやめてくれよ」


すると弥生はケラケラと笑った。俺は恥ずかしくなって、顔を真っ赤にする。


「ふふふ、可愛いわね」


「からかってんじゃねえぞ」


すると弥生は、急に真剣な面持ちで湊を見た。


「影山透……」


「影山?」


「前の学校の上級生だったの」


「あのメガネが?」


弥生は頷いた。


「お前の元カレだって言ってた」


「馬鹿、ただのストーカーよ。わかるでしょ?」


弥生は続けた。


「あの、人の話を聞かない感じ……私が転校した理由の一つには、あの男のストーカーに悩んだというのもあったわけ」


「なるほど、そんなことが……」


俺は弥生に同情すると共に、少しだけ影山に共感を覚えた。


「だけど、あのメガネ……なんでお前のこと、悪魔なんだって言ったんだ?」


「知らないわ。何、真に受けてるのよ。悪魔なんて、今時子供でも信じないわよ」


それを聞いて俺は顔を赤くした。


「いや、俺だって信じちゃいねえって」


俺は顔を上げて弥生を見た。


「って言うかさ、お前、昨日めっちゃ怒ってたろ?なんで普通に話してんの?」


すると弥生はハハハと笑った。


「教室でその話……したいならしてもいいよ?」


そう言われて俺は我に返って、無言で席に座った。


そうなのだ。


教室で昨日の話をしたら、みんなに聞かれてしまう。


俺は悶々としながら、テキストを開いた。


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