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地域貢献なんて

作者: P4rn0s
掲載日:2026/03/07

駅前のロータリーに、白い横断幕が張られている。


「若者の力で地域を盛り上げよう」


風にあおられて、端がばたばたと揺れていた。

その下を、自転車で通り過ぎるたびに、胸の奥がざらつく。


盛り上げる。

力。

地域。


どれも悪い言葉じゃないはずなのに、

どうしてこんなに引っかかるのだろう。


自分はここで生まれた。

両親がここに住んでいたから、それだけの理由で。

地図の上の一点。

偶然のピン留め。


もし別の県だったら。

もし別の国だったら。

あるいは、そもそも存在していなかったら。


そう考えても、世界は何も変わらない。

それなのに、まるで自分がこの町に何かを返す義務を負っているかのように言われる。


大学のゼミで、教授が言った。

「君たち若者が地域を支えるんだ」


教室の窓からは、錆びた商店街が見える。

シャッターに貼られたポスター。

空き店舗募集の張り紙。

誰かのため息が、壁に染みついているような町。


支える、という言葉が重い。

まだ自分の生活すら安定していないのに、

どうして他人の重さまで背負わなければならないのか。


スマートフォンを開けば、世界の街並みが流れてくる。

海の向こうのオフィス。

遠い国のカフェでノートパソコンを開く同世代。

違う通貨、違う時間帯、違う価値観。


画面を指でなぞるだけで、

この町の外側が無限に広がる。


かつては、

生まれた土地がほとんどすべてだったのかもしれない。

外を知るには、時間も金も、覚悟も必要だったはずだ。


でも今は違う。

世界はポケットの中にある。

比較も、選択肢も、瞬時に届く。


それなのに、いまだに

「ここが君の世界だ」と言わんばかりの前提で語られる。


アルバイト先の上司も言う。

「この店は地域のためにやってるんだ」


時給は最低ライン。

閉店後の片付けは、なんとなく無償の空気。

「お客さんは近所の人ばかりだからな、気持ちでやらなきゃ」


気持ち。

その曖昧な通貨で、

どれだけの時間が奪われてきたのだろう。


やりがい。

感謝。

地元愛。


それらが、報酬の不足を埋める言葉として差し出される。


けれどもう、前提が違うのだ。

ここしか知らなければ飲み込めた理屈も、

他を知ってしまった今では、どうしても薄く見える。


帰り道、河川敷に座る。

夜風が冷たい。

遠くで花火の音がする。

夏祭りの準備らしい。


ボランティア募集中、と書かれた看板を昼間見た。

笑顔の写真。

「地域貢献で得られる達成感!」


達成感。

それは確かにあるのかもしれない。

でも、達成感は家賃を払ってくれない。

奨学金の返済もしてくれない。


この町が嫌いなわけじゃない。

ただ、ここだけが世界だと思えないだけだ。


生まれた場所は偶然だ。

選んだわけではない。


そして今は、選べる可能性が可視化されている。


それでもなお、

昔と同じ言葉で若者を縛ろうとする。

熱意を無償で差し出す前提で計画を立てる。

「地域のために」という一言で、

個人の事情を包み込もうとする。


そのやり方は、どこか時代に取り残されている。


町は町で、生き延びようとしている。

商店街も、祭りも、横断幕も、全部必死だ。


でも、必死さの中に

若さを燃料として組み込む設計が透けて見えるとき、

息が詰まる。


夜空に、花火がひとつ開く。

一瞬だけ、川面が明るくなる。


綺麗だと思う。

その気持ちは、確かにある。


けれど、綺麗だと思う心と、

無償で何かを差し出すことは、同じではない。


偶然ここに置かれた自分が、

さらに偶然の責任まで背負う必要があるのか。


スマートフォンの画面が、暗闇でかすかに光る。

そこには、別の街の夜景が映っている。


ここがすべてではない。

それを知ってしまった世代に、

「ここに尽くせ」とだけ言うのは、どこか無理がある。


花火の光が消える。

闇が戻る。


横断幕は明日も揺れるだろう。

「若者の力」と書かれたまま。


その下を通るたび、

胸の奥で小さな反発が灯る。


それは反抗でも革命でもない。

ただ、自分の人生の行き先を、

地図の一点だけで決められたくないという、

静かな意志だった。

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