It's all me
初めてのホラーを書いたので温かい目でご覧ください
It's all me
最初に声が聞こえたのは、 深夜一時を回った頃だった。
「──ねぇ、起きてる?」
私は机に向かってただぼんやり日記を書いていただけだ。
眠気で文字が揺れ、そろそろベッドに入ろうと思っていた矢先だった。
部屋には、私しかいない。 当然声が聞こえるはずがない。
返事はしない。 私の脳はそう電気信号を送っている。
「黙って、考えてるふりするの、やめてよ。」
声は、 鏡のほうから聞こえた。
眠気で五感が鈍った脳のしわの溝に大量の情報を強大な電気信号にして流し込む。 処理が追いつかない。 私は振り返った。
そこには、いつも通りの私が映っていた。
寝癖と少し落ちた目元と、気だるげな肩。
いつも通り──に見える。
「やっと、こっち見てくれた。」
鏡の中の“私”が、笑った。
……口が、 私の動きより一瞬早く動いた。 鏡の私がしゃべる言葉で脳が活性化して目覚めた。
ぞくり、と背中が凍りつく。 今まで感じたことがない恐怖が私を支配した。
「驚かないで。ずっと前から話したかったの。」
鏡の中の“私”が、軽く手を振る。
その手の振り方は、私が使わない癖。
人に甘える時だけに使う仕草。
どこから現れたかわからない風がカーテンをなびかせる。
「……誰?」
絞り出すように問うと、
鏡の中の私は情けないほど優しく微笑んだ。
「誰って……あなたでしょう? だって私はずっと、あなたの代わりにここで生きてきたんだから。」 意味がわからない。 私の代わりで生きてきた? 幽霊?
幻覚? もう一人の自分?
そんな馬鹿な。
「気づかなかった? ほんとは気づいてたんじゃない?」
鏡の中の私が、首を傾げる。
その角度まで、私の癖を完璧に再現している。
「今日さ、あなた、鏡前で泣いてたでしょ? あの電話のあと。」
心臓が喉に押し上げられた。
喉でも感じられる心拍。 ドクドク速くなっていく。
今日、鏡の前で泣いた時、私は誰にも気づかれないように 小さな声で顔で笑顔という仮面を覆って泣いてた。
「見てたの。ずっと鏡から。」
ぞわり、と鳥肌が立つ。
「あなたが潰れそうになる時、あなたの代わりに笑ったり、怒ったりしてたのは、ぜんぶ私。」
鏡の中の“私”が、胸に手を当てて静かに言った。
怒りと恐怖が私の感情をグチャグチャにする。
そして私はなぜか焦る。
「私は、あなた達の“偽物”なんかじゃない。私はあなた達そのもの。
あなた達より先に、あなたをやってきたの。」
意味がわからない。
でも、 どこかで理解している感じがした。
「だって、ほら。」
鏡の中の私は、唇をゆっくり動かした。
「It's all me. 全部、私なの。」
その瞬間、鏡の中の私がふっと笑った。
その笑顔は私のものなのに、どこか“別の人間”のものだった。
そして、鏡の内側から ガラスを軽く叩く音がする。
──コン、コン。
「そろそろ、交代しよっか?」
鏡の中の私の手が、 ガラスを“押し出すように”歪ませはじめた。
私が後ずさるより早く、
鏡から伸びた複数の“私の手”が
こちらの腕を掴んだ。
冷たい。
私の体温じゃない。
「大丈夫。痛くしないから。
あなたは少し休んでて。 今日からは──。」
鏡の中の声が耳元で囁く。
“私があなたをやる番だから”
世界が裏返るような目眩がして、
「嫌だ…あんな場所に戻るのはぁぁぁぁぁぁぁっ!」 今まで感じたことない鼓動の強さどこまで速くなるの…。 鏡の中にいる複数の”私が”ニタニタ笑ってる。
意識がどんどん削がれていくもう…嫌だ。
最後に見えたのは、
鏡の外に出た“私”が、私の部屋を見渡しながら
まるで私の真似をしているかのように
ゆっくりと笑う姿だった。
鏡の中の私たちが言った。
「あなたの記憶ちょうだい。」
その瞬間、複数の”私”に抑え込まれ拘束された。
不気味な笑顔に私は…。
脳に冷たい手が直接突っ込まれた感覚が走った。
ぐちゅ、ぐちゅ。
ハンバーグをこねるように、
私の記憶がかき混ぜられていく。
鏡の中の“私たち”は、
口の周りを真っ赤に染めながら
嬉しそうに──美味しそうに食べていた。
鏡の外にいる私はその光景をただ微笑んで見ていた。
本作『It’s all me』は、「自分自身が最も信用できない存在になる瞬間」を描くことを目的に執筆しました。
私たちは日常の中で、無意識のうちに感情を抑え込み、平然と振る舞い、他者に合わせた“自分”を演じています。本作では、その役割を演じ続けてきたもう一人の自己が、鏡という極めて身近な存在を通して実体化する恐怖を表現しました。
怪異として描かれる“鏡の中の私”は、外部から侵入してくる存在ではなく、主人公が逃避や代行として生み出してきた自己そのものです。そのため、幽霊や幻覚と断定できない曖昧さを残し、読者が「これは本当に怪異なのか」「自我の分裂なのか」と迷う構造を意識しました。
また、恐怖を強調するために、抽象的な心理描写だけでなく、脳・電気信号・身体感覚といった生理的な表現を多用しています。これは、恐怖が感情だけでなく身体にも侵入してくる感覚を読者に共有してもらうためです。
タイトルである “It’s all me” は、怪異の正体であると同時に、逃げ続けてきた主人公自身への告白でもあります。
恐怖の根源が外ではなく内にあると気づいた瞬間、その恐怖は逃げ場を失う――その感覚が読後に残ることを願っています。




