(なぜか)執着してくる勇者様から逃げたい末端令嬢のお話
眩しい光を放つシャンデリアに荘厳な飾り柱、真っすぐに伸びた赤い絨毯の先にあるのは煌びやかな玉座。
その玉座には眼光鋭い一癖も二癖もありそうな初老の国王が腰掛け、付近では豪奢な衣装に身を包んだこの国の重鎮達が何やらヒソヒソと話をしている。
この度見事邪竜を討ち取った勇者とその一行に向けて、国王が低く威厳のある声で労いの言葉を発した。
「邪竜討伐、ご苦労であった」
その言葉にある者は感動に瞳を潤ませ、ある者は喜びに口角を上げる。
王都を出発し、無事討伐を終え戻るまで約ひと月。
ようやく、これまでの苦難の日々が報われたことを実感したのだろう。
その姿を満足そうに見ながら、国王は視線を勇者に定めた。
「此度の討伐にて一番の功績を挙げた勇者に、余からも褒美を遣わそう。勇者よ、お主は何を望む? 爵位か? それとも王女との婚姻か?」
国王は楽しそうに目を細めて長く伸びた髭を撫でながら勇者の様子を見やり、重鎮達はギョッとした顔を隠しもせずにざわめく。
褒美には十分な金貨を準備しており、国王から別途褒美を授ける予定などなかったためだ。
この国王は時々こういった事をやらかすため、重鎮達は胃の薬が欠かせない。
皆が固唾をのんで見守る中、勇者はゆっくりと口を開いた。
「僕が望むのは……オーウェン家ご息女、エリシア嬢ただ一人です」
皆が言葉なく呆然と立ち尽くしながら『誰だ、それ?』と首を傾げる。
討伐隊は勇者以外に王国騎士団約五十名、冒険者約三十名、ヒーラーとして光属性持ちが第三王女を含む十五名、使用人や雑務係が約五十名という大所帯であったため、謁見の間にいるのはその中から代表としての三十人ほど。
その一番後方で呟かれた声は、誰の耳にも届かなかった。
「嘘でしょ……」
◇◇◇
末端も末端の、吹けば飛ぶような貧乏男爵家長女であるエリシアは、家計を助けるために雑用係として今回の邪竜討伐隊に自主的に参加していた。
騎士以外でこの討伐隊に参加した王侯貴族は十六名。
内十五名は光属性持ちのヒーラーであり、表向きは自主的参加とされてはいるが、王女の参加が伝えられては不参加などと言えるはずもなく。
ヒーラーは実質、強制参加であると言えた。
雑用係(使用人)として参加した貴族は、当然ながらエリシアのみ。
令嬢が使用人に交じって働くなんてと思うかもしれないが、そこは使用人を雇うお金などなく『自分のことは自分でやる』がモットーである、末端貴族の『超』が付くほどの貧乏令嬢。
特に気にすることなく、「お給料分はしっかり働かなきゃね」と、朝から晩まで討伐隊の裏方としてせっせと働いた。
そんな元気でよく働くエリシアの姿と、仕事仲間が『シア』と呼んでいたこともあって、彼女のことをシアという名の平民出身女性と勘違いしている騎士や冒険者は多かった。
というより、末端とはいえ貴族令嬢が(高額報酬目当てに)嬉々として下働きをするなど、誰も思わないだろう。
だからこそ、エリシアは勇者が自分の本当の名を知っていたことに驚いたし、なぜ彼が自分を望んだのかも、正直理解出来ないでいた。
邪竜討伐隊の主役と下っ端、それが勇者とエリシアの正しい関係であり、それ以上でもそれ以下でもないはずで。
それ故に自分の名をここで出されても『嬉しい』とはならず、正直に言って『困惑』しかない。
なぜなら勇者様は孤児院出身の平民とはいえ、
一、眉目秀麗
二、知勇兼備
三、一騎当千
このように評価されている人物であり、彼が望めば叙爵も夢ではないことから、貴族平民問わず彼を狙う女性の多いこと多いこと。
そんな彼が望む女性=全女性の敵という面倒この上ない未来しか予想出来ず、エリシアの顔からサーッと血の気が引いていく。
報奨金を手にしたら少しばかり王都観光をして、家族にお土産を買って領地に帰る予定でいたところに謁見後の祝賀会があると聞き、これを逃したら王宮のブッフェを食するチャンスはもう二度とないだろうと、騎士団長にダメもとで参加出来ないかお願いしたところ。
エリシアの働きぶりを見てくれていたらしい騎士団長は、クツクツと相好を崩しながら了承してくれたのだ。
満面の笑みを浮かべながら脳内で喜びの舞を舞っていたあの時の私に言ってやりたい。
『悪いことは言わないから、報奨金をもらってさっさと逃げろ』と。
ブッフェに釣られ、のこのこと謁見の間に来たことを激しく後悔していたエリシアだったが。
(……いや、待てよ。騎士団長以外に『エリシア・オーウェン』が今ここにいることを知っている人はいない(はず)。現に目の前にいる筋肉の壁も私がエリシアだとは気付いていないし、彼らのお陰で勇者様から私の姿は隠れて見えない(はず)。ということは、だ。今なら逃げられるのでは?)
幸いにもエリシアは討伐隊の最後尾におり、扉はすぐそこにある。
逃げた所で何の解決にもならないだろうことは承知しているけれど、勇者様のお相手なんて気が重すぎる。
とりあえず急ぎ実家に戻って、上手く回避するための案(逃亡して身を隠すとか)がないか相談しよう。
三人寄れば文殊の知恵と言うし、家族は倍の六人だから、きっと良い案が出てくるはず(だと信じたい)。
そうと決まれば、騎士団長の口から私がこの場にいることがバレる前にとっととずらかろう!
空気に溶け込むように気配を消して後退り、扉の前に立つ騎士に少し恥ずかしそうにもじもじしながら囁く。
「緊張してしまって、お手洗いに行きたいのですが……」
騎士は苦笑しながら扉をそっと開けてくれた。
騎士のお兄さん、ありがとう! きっと良いことあるよ!(多分)
お礼を言ってそそくさと謁見の間から出ると、扉が閉まるのを確認して猛ダッシュでお手洗いではなく、報奨金受け取り窓口に向かう。
エリシアは袋に入った報奨金を大事そうに抱えると、街の激安宿に急いで戻り、数少ない荷物を纏めてオーウェン領方面に向かう乗合馬車に乗り込んだ。
王都から領地までは馬車で十日ほどの距離にあるが、残念ながら直通の馬車はない。
個人でオーウェン領までの馬車を手配するとかなりの出費となるため、エリシアにはその選択肢はなく、どんなに時間が掛かったとしても乗合馬車一択だ。
木を隠すなら森の中。今追い掛けられたとしても、良い目くらましになるだろう。
乗合馬車を幾つも乗り継ぎ、領地を目指すこと十五日。
蔦が絡み半分朽ちかけたような古い建物の前に立ち、エリシアはようやく帰ってきたと満面の笑みを浮かべる。
ここまで来たら一旦安泰よね、やった――! と勢いよく扉を開け、
「ただいま~!」
そしてピシリと固まる。
「お帰り」
にこやかにそう返したのはエリシアの家族ではなく、ここにいるはずのない勇者様だった。
「な、な、な、なん、何で勇者様がここにいるのよぉぉぉぉぉおお‼」
驚愕の声を上げるエリシアに、ルーカスが楽しそうに目を細めながら恐ろしいことを言ってのける。
「陛下から、君への求婚の許可を頂いたからね」
あんぐりと口を大きく開けたまま再度固まるエリシア。
どうやらルーカスはエリシアに求婚するため、わざわざ王都から遠いオーウェン領までやって来たらしい。
(……って早っ! なんで私より先に⁉)
驚きはしたものの。国王が勇者との婚姻を王命としなかったことに、安堵の息を吐く。
得たのが求婚の許可ならば、ここで私がお断りしてもお咎めを受けることはないということだ。
コホンと一つ咳をして、エリシアが言葉を紡ぐ。
「私は貴族と言っても末端の貧乏令嬢で、地味で華やかさもありません。望めば王女様との結婚も許されるような勇者様とは、立場も何もかもが違い過ぎます。勇者様には私などよりももっと相応しいお相手が……」
そこまで言ってエリシアの体がビクッと震えたのは、ルーカスからとんでもない圧を感じたからだ。
「それは、君にも相応しい相手がいるということかな?」
仄暗い笑みを浮かべるルーカスを前に、背中から冷たい汗が滝のように流れていく。
思わずブンブンと音がしそうな程に顔を横に振る。
「ああ、良かった。君にもしそんな相手がいたら、肉体言語でお話しないといけないところだった」
「肉体言語……」
笑顔で不穏な言葉を口にするルーカスにゾワリと鳥肌が立ち、脳内で激しく警鐘が鳴り響く。
「と、とにかく、あなたの求婚をお受けすることは出来ません!」
勇気を振り絞り、半ば叫ぶようにしてお断りの言葉を返したエリシアだったが、
「まあ、簡単に頷いてもらえるとは思ってなかったけど、僕は諦めるつもりはないので」
眩しい笑顔でしれっと返され、言葉に詰まる。
そこに貴族らしくないパタパタという足音を立てて、エリシアの母であるクラリスがやってきた。
「ルーカス君、ここにいたのね。ご飯出来たわよ~」
「ああ、お母様。ありがとうございます」
お母様……? エリシアの眉間に皺が寄る。
ルーカスが体の向きを変えたことで、クラリスはその後ろにいるエリシアの存在に気付いたらしい。
「あら、シア。おかえりなさい」
「ただいま。……って、そうじゃなくて! 何で勇者様がうちでご飯?」
「何でって、ルーカス君は数日前からうちに泊まっているもの~」
ね~、と楽しそうなクラリスにルーカスが頷く。
「ルーカス、君? 泊ってる? うちに? どうして?」
「どうしてって、シアに会うためにわざわざこんな田舎まで来てくれたんだから、当然でしょう? 何を言っているのかしらねぇ、この子は」
しょうがない子ね、と困ったように片頰に手を当てる。
「ほらほら、せっかくのご飯が冷めちゃうから、二人とも早くいらっしゃい」
言うだけ言って、クラリスはまたパタパタと足音を立てながら階段を上っていった。
きっと弟妹達にも声を掛けに行ったのだろう。
エリシアは大きく深呼吸するとルーカスの目を見ながら期待を持たせぬよう、慎重に言葉を選ぶ。
「勇者様には申し訳ありませんが、何度求婚されても私の気持ちは変わりません。ですから、王都にお戻りになってください」
これが自分にとっての最適解だろうとエリシアは思う。
身の丈に合った幸せを享受すればいい。自分に勇者様は眩し過ぎるのだ。
(……それに何か、この人怖いし)
だがしかし。ルーカスは一瞬キョトンとした顔をしつつも人好きのする笑顔で言った。
「勇者様じゃなくて、ルーカスと呼んでほしいな」
(話が通じねぇぇぇぇぇぇええ!)
エリシアは脳内で激しく悶え、頭を掻きむしる。
「わ、私、帰ってきたばかりで疲れてるから、今日はもう寝ます!」
「え? ご飯は?」
「いらない!」
部屋に駆け込みベッドに倒れ込んだエリシアは、枕に顔を押し付けて叫び声を上げた。
「なんでこんなことにぃぃぃぃいい!?」
家に帰ったら作戦会議をするはずが……。なぜ? どうしてこうなった!?
◇◇◇
シャッという音と共に瞼裏が太陽の光によって白く染められ、強制的に意識が浮上させられる。
ゆっくりと重い瞼を開けて窓辺に視線を向けると、眩しい笑顔のルーカスがこちらを見ていた。
「き……」
「き?」
「きゃぁぁぁぁぁあああ‼」
我ながら朝っぱらからよくこんな声が出せたと感心するボリュームの悲鳴を上げれば、バタバタと足音を立てて弟妹達が部屋になだれ込んでくる。
「なになに?」
「姉ちゃん、どうした?」
「……」
寝癖をつけた長男カイル(十五歳)と涎の痕が残る次男エルダー(十三歳)、お気に入りのぬいぐるみを抱えて眠そうに目を擦る次女アナベル(八歳)の三人は、室内にいるルーカスに気付いた。
「あ、ルー兄おはよう」
「はよ」
「……おはよう」
「うん、皆おはよう」
何事もなかったかのように朝の挨拶を交わすルーカスと弟妹達。
「だから、何で普通に挨拶してるのよ! どうして私の部屋に勇者様がいるのに誰もツッコまないの⁉」
「え~、どうせ母ちゃんに姉ちゃんを起すように頼まれたんだろ?」
面倒くさそうにエルダーが答え、カイルとアナベルがウンウンと頷く。
「いやいやいや、未婚女性の部屋に未婚男性を入れるのはアウトでしょうよ!」
必至な形相のエリシアに弟妹達が互いに顔を見合わせ、
「未婚がダメなら二人が結婚すればオッケーってことでしょ? ルー兄が俺らの兄さんになってくれるんなら万々歳だし」
特に問題ないよね、と。
「お姉ちゃん、勇者様のお嫁さんになるのぉ? すごぉい!」
「あ、あのね、アナベル……」
慌てて否定しようと口を開くエリシアよりも、勇者様の言葉の方が早かった。
「そうだね。アナベルは、僕の妹になるんだ」
「わぁい、勇者様の妹~!」
アナベルが嬉しそうに室内を飛び回る。
「ちょ、結婚するなんてひと言も言ってないんですけど――! むしろお断りしたんですけど――!」
心から叫ぶも、弟妹達は誰一人として聞いていない。
「誰も味方がいない……」
ボソリと呟いてふて寝を敢行しようとするも、なかなか起きてこない娘の様子を見にクラリスがやってきた。
「あらあら、皆集まって。ご飯出来ているから、顔洗っていらっしゃい」
「「「は~い」」」
弟妹達は揃って返事をするとゾロゾロと顔を洗いに部屋から出ていき、ルーカスは「手伝います」と言ってクラリスと一緒にリビングへ。
一人部屋に残されたエリシアは大きな溜息を一つつくと、ゆっくりとベッドから起き上がり「鍵つけなきゃ」と独り言ちる。
かくてその日のうちにエリシアの部屋には鍵がつけられ、安心して眠りについたのだが……。
シャッという音と共に、眩しい朝日が室内を照らす。
「おはよう」
昨日と同様に笑顔のルーカスが視界に映った。
「だから、何で普通に部屋に入って来てるのよ! 鍵閉まってたでしょう⁉」
「僕に開けられない鍵はないからね」
(はい、アウト――――!)
無言で睨むエリシアを気にすることなく、
「朝ごはん出来てるから、支度が終わったらおいで」
まるで新妻のようにはにかみながらそう言うと、ルーカスはエリシアの頭をひと撫でして部屋を出ていった。
「何なのよ、もう。せっかく鍵つけたのに、無駄骨じゃない」
ハァァァァと大きな溜息をつくと、顔を洗うためにノロノロとベッドから起き上がる。
着替えていつものように髪をポニーテールにして、皆の集まるリビングに向かうと、すでにエリシア以外の家族とルーカスが食卓を囲んでいた。
不自然に開けられたルーカスの隣の席。
皆がニコニコ顔でエリシアを見ている。
完全に外堀を埋められてしまったのを苦々しく思いながらも、エリシアは仕方なくルーカスの隣に腰を下ろした。
敗因はやはり、費用を浮かせるために乗合馬車を乗り継いだことによる日数の差だろう。
(でもまさか、勇者様がこんなに早く追い掛けてくるなんて思わないじゃないよ――!)
後悔先に立たずとは、このことか。
味方のはずの家族がルーカス側についてしまった今、エリシアは渋々ながらも彼の同居を受け入れる他なかった。
朝食を終えると皆それぞれの仕事に向かう。
グレンは領内の畜産農家の家畜の出産を手伝うため、数日間泊まり込みになりそうだと言って出ていった。
クラリスは掃除と洗濯、アナベルはその手伝い。
カイルとエルダーは薪割り。
エリシアは畑仕事に向かい、当然の如くルーカスがその後をついてくる。
手伝ってくれるのは正直助かるのだが……。
「お、勇者様じゃねぇか。今日はエリシア様のお手伝いかい?」
「勇者様、この前は荷物運びありがとうな。最近どうにも腰の調子が悪くてさ。本当に助かったよ」
「勇者様、また剣を教えてくれよな!」
すれ違う領民達から次々と、気安く声が掛けられることに驚く。どうやらこの勇者様、到着日から領民の手伝いをしていたらしい。
まさか、領民達まで懐柔されているなんて……。
しかも、一緒に畑仕事をしている姿を見るなり、
「あらあら、二人とも仲良いねぇ」
「エリシア様が婿を連れて帰ってきた」
などと冷やかしの言葉をかけてくる。
どんなに否定の言葉を口にしても、皆エリシアが照れていると勘違いして、微笑ましいものを見る目を向けてくるので居た堪れない。
脳内のエリシアが「きぃぃぃぃ!」と奇声を上げながら、悔し気にゴロゴロと転げまわるのだった。
「おはよう」
どうやら『三度目の正直』ではなく、『二度あることは三度ある』だったらしい。
ルーカスが入ってこられないよう、眠る前、扉の手前に頑張ってチェストを移動させておいたはずなのに。
なぜかチェストは元の位置に戻っており、ルーカスが楽しそうにクツクツと笑って、
「支度が終わったらおいで」
昨日と同じくエリシアの頭を撫でて部屋を出ていった。
ガックリと肩を落とすエリシア。
(今度こそ、と思ったのに。もう、どうしたらいいの――!? こうなったら、国王陛下に求婚は断ったから勇者を回収するよう直談判……は出来ないか。なら、騎士団長に頼んでみる? いや、でも……)
「よし、とりあえず後で考えよう!」
あまりのんびりしていると、またルーカスが来てしまうかもしれないから。
チャチャッと支度してリビングに向かうと、クラリスの隣とルーカスの隣の席が空いていた。
(そういえば、父様は家畜の出産の手伝いで泊まり込みって言ってたっけ)
一瞬グレンの席に座ろうかとも考えたのだが、ルーカスの仄暗い笑みが深くなるのを見て仕方なく彼の横の席に腰掛けると、クラリスが「そうだわ」と思い出したように話し出した。
「今日はアナベルと市場に買い物に行ってくるから、エリシアは昼食作りをお願いね」
「うん、分かったわ」
貧乏男爵家には、御用聞きなんてものはない。
なので週一の割合で市場に買い出しに向かうのだ。
朝食後にルーカスと畑仕事に向かい、昼食を作るために一度ウォーレン邸に戻る。
もれなくルーカスも手伝うと言ってついてきたので、家の中はエリシアとルーカスの二人きり。
「僕は何を手伝えばいいかな?」
「じゃあ、じゃがいもの皮を剥いて一口大に切ってもらえる?」
「了解」
「あ、皮は捨てないでね。掃除に使うから」
「え? 皮で掃除?」
「うん、そう。皮の内側で擦って水で流すと綺麗になるのよ。捨てるなんてもったいない」
普通の令嬢は絶対知らないだろう知識を披露するエリシアを、ルーカスが楽しそうに見ていた。
ご飯が炊け、おかずとスープも出来上がり、
「あとは漬物だけね」
とエリシアが隅に置いてある石を乗せた瓶に視線を向ける。
「あれ? その石……?」
「あ、これ? 邪竜討伐の時に見つけた石よ。重さといい、形といい、漬物石にピッタリだと思って」
「……持って帰ってきたの? それを?」
頷くエリシアに、ルーカスが堪えきれないとばかりにお腹を抱えて笑いだした。
「な、何よ。漬物石に丁度いい石って、なかなかないんだからね! もう、笑ってないで早く取ってよ!」
そう言ってエリシアが漬物石を抱きしめるように持ち上げた瞬間――。
突如光り出す漬物石。
「うわっ、眩し!」
あまりの眩しさに瞑っていた目を開けると、視界に飛び込んできたのはルーカスの腰だった。
「?」
違和感を感じながらも見上げるようにしてルーカスの顔を見れば、驚愕に目を見開いている。
「……エリシア、なのか?」
「はい? 見て分からない?」
何言ってんだ? コイツ、と思いつつ周囲に視線を向ければ、その全てが巨大化して見えた。
「え?」
そして、腕に抱えていた漬物石がモゾッと動いた気がして見てみると……。
石じゃない? 小さな竜?
「えぇぇぇぇええ!?」
驚くエリシアを抱えたルーカスが、彼女の部屋の姿見の前にエリシアを立たせると、「これが今の君の姿だ」と言った。
姿見に映るのは五〜六歳くらいの幼女と、その幼女に抱っこされた瑠璃色の小さな竜。
何が何だか分からずにパニック状態に陥るエリシアを宥めたのは、ルーカスだった。
「どうしてこの状態になったかは不明だが……。恐らく、エリシアが抱っこしているその竜が関係しているのだろう」
「……もとの姿には戻れないの?」
「それは……、ごめん。今は何とも言えない。僕の知る限りでは、幼女化する魔法というのは聞いたことがない。でも、もっと魔法に詳しい人であれば、もしかしたら……」
今の時点で、もとの姿に戻れるかどうかは分からない。
もし戻れなかった場合。多分、家族は驚きながらも受け入れてくれると思う。
でも……。
「その、魔法に詳しい人って、王都にいるの?」
「いや、確か前に港町に住んでいると耳にしたことはあるが……」
「じゃあ、その魔女を探しに行く!」
「え?」
「だって、ずっとこのままってワケにはいかないでしょう?」
エリシアの中に、諦めるという選択肢はない。
であれば、サッサと準備をしないとね。
思い立ったら吉日とばかりに旅支度を始めるエリシア。
「もしかして、家族に黙って探しに行く気かい?」
「いやいやいや、さすがに黙っていなくなるなんて事はしないわよ。急用が出来たからしばらく帰りません、って手紙を書いておくつもり。幼女化したなんて知ったら心配するだろうし、この姿じゃ絶対旅なんて行かせてもらえないもの」
「じゃあ、僕がその旅に同行しよう」
「はいぃ?」
何言ってんの? と嫌そうな顔をするエリシアに、ルーカスが呆れた表情を浮かべて言った。
「幼女の一人旅なんて良くて通報、悪ければ誘拐案件だから」
「あ……」
言われるまで、本当の意味で、分かっていなかった。
今の自分は大人の手を借りなければ何も出来ない、非力な幼女なのだ。
その事実を受け入れたくないエリシアが下唇を噛みしめていると、ルーカスが楽しそうに話し始めた。
「それで旅の間だけど、エリシアは僕の歳の離れた妹っていう設定でいいかな?」
「え?」
「え? じゃなくて。念のため、名前もシアって呼ぶようにしておこうか。あとはその竜だけど……」
ずっと抱きしめたままの小竜に視線を向けると、小竜もジーッとエリシアを見ていた。
「この子も連れていくわ」
「……そう言うと思った。ちょっとばかし目立つかもだけど、その竜は俺がテイムしたってことにしておこう。シアの年齢でテイムは出来ないからね。他に何か聞きたいことはあるかな?」
聞きたいことはたくさんあるけれど、エリシアの頭の中は今グチャグチャで、何から聞いたらいいのか分からない。
でも一つだけ確かなことは、ルーカスが同行を申し出てくれなければ、魔女を探しに行く旅に出ることは叶わないということ――。
誰かに頼るなんて、ましてやその相手が勇者様というのがかなり心配ではあるが……。
とりあえずエリシアが今言えることは、
「……ありがとう」
このひと言だけ。
こうして、エリシアのもとの姿に戻るための旅が始まる――。




