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地球の航空母艦というものは、乗員数で五千人を超える。
空母は一つの町同様なのである。
だが、規模において遥かに凌ぐ宇宙空母は、たった百人の異世界猫を乗せているにすぎなかった。
それで空母として機能するのかといえば、立派にする。
コンピュータによって、全てのシステムが自動管理されているため、ほとんど人手を必要としないのだ。
葉巻型の宇宙空母は、おおよそ三つの階層に分けられる。
一番上がフライトデッキで、これは地球の空母でいえば航空機が発着する滑走路面だ。
フライトデッキの下、第二層は格納庫と機関部。
最下層が居住区になっている。
その居住区に割り当てられた一室で、貴奈津はウォーターベッドに転がっていた。
眠っているわけではないが、かなり疲れているとみえ、目を閉じてピクリとも動かない。
そのわきで椅子にかけ、月葉は眺めていたコンピュータ・ディスプレイのスイッチを切った。
「異世界猫の価値観の一端を理解したと思うな、ぼくは」
貴奈津のほうへ椅子を回す。
ベッドの上で貴奈津はしばし無言だったが、興味をひかれないこともなかったのだろう。
「……どんなあ?」
気怠げな声と共に、月葉の側へ寝返った。
「この宇宙空母の構造を見るとさ、居住区がやたら広いんだよ。
つまりこの空母の巨大さはほとんど、快適な居住空間を確保するためのような気がする。
運動場や娯楽室がたくさんあって、これは空母というより豪華客船だ」
「さすがレイの仲間だわ。
年がら年中、お気楽ってことね」
「主砲とフライトデッキはあるけどねえ」
「月葉、悪いけど水を一杯くれない?」
「いいよ」
走り回らなかった月葉は疲れていない。
軽い足どりでテーブルに向かう。
ガラス製に見える
デカンタから水を注ぎ、グラスを持って戻ってくる。
「ありがと」
いかにも億劫な様子で起きあがり、貴奈津はグラスを受け取った。
一息ついて、渇いた喉に水を流し込む。
最後の一口を飲みこむ寸前、壁のディスプレイがレイの大アップを映しだした。
「ニャーハッハッハッ!」
背後から意味のない大笑いを浴びせられ、貴奈津が飲み込み損ねた水にむせた。
グラスを持った手でディスプレイを指差し、なにか怒鳴ろうとしかけて盛大に咳き込む。
ベッドに突っ伏してしばらくゴホゴホとやり、治まると同時に振り返る。
「この猫!」
「どうかしたのか?」
ディスプレイの中で、レイは喜びの踊りを踊っていた。
べつに貴奈津が咳き込んだことが嬉しかったのではない。
空母に乗りこんでから、レイは終始ごきげんなのだ。
踊りをやめて、レイはポンと手を叩いた。
「まあ、おまえのことなんかどうでもいい。
それより、これから作戦会議を開くぞ。
すぐに会議室まで来い」
「えらそうに……この猫は」
「ローユンとイーライはもう向かっているぞ」
「行くわよ、行かないとは言ってないでしょう!
どこよ、その会議室っていうのは。
こうバカみたいに広くちゃ、全然わからないわよ。
あんたが迎えに来なさいよ」
「あーやだやだ。
だから無知で無学な地球人は困る。
なんのために、おまえにマイクロチップをくっつけてあると思っているんだ。
廊下へ出て見ろ。
会議室までコンピュータが誘導するわい」
言うだけ言って、レイの姿は消えた。
「な、なんてなまいきな猫なの。
あとで憶えてなさいよ」
壁の一部になってしまったディスプレイに捨て科白を投げかけ、貴奈津は猛然と立ち上がった。
ドアヘ向かいかけたが、ふいに駆け戻り、ベッドの上からグラスを拾い上げる。
もう一杯の水を一気飲みして、貴奈津は振り返った。
まだ一歩も、月葉は動いていなかった。
「なにしてるの、行くわよ、月葉」
「はい、はい」
月葉は大げさに両手を広げたが、すでに歩き出していた貴奈津には、背後が見えるわけもなかったのである。
その部屋は、会議室のイメージにはほど遠かった。
作戦会議を行うからには、パネルを前にテーブルを囲む、というような形式であろうと月葉は予想していた。
しかし、予想は見事に裏切られた。
会議室はこぢんまりとした部屋で、それは一向に構わないが、床一面を大小のクッションが埋めつくしているのは、なんなのだ。
「空色の部屋だな」
壁から天井を見あげ、月葉が呟く。
濃淡色々あるが、クッションは全て、絹の光沢を持つ空色の布で作られている。
壁もブルー系の布張りで、床に置かれた雲型のテーブルも深い空の色をしていた。
高さ三十センチくらいしかないそのテーブルに、クーロをはさんでレイとゴーシュがついている。
それぞれの前に、お茶とお菓子の用意があった。
「そうか、レイたちが床に座って、ちょうどいい高さのテーブルなのか」
空母の中では、異世界猫の流儀に従うしかない。
月葉はクッションの上に腰をおろした。
向かいでは、ローユンが片ひざをかかえてクッションにもたれている。
いつもと変わらず、ゆったりと寛いだようすのローユンをチラリと見て、月葉はいささか感心する。
「どこにでも、すぐになじむんだな」
環境の変化に、ローユンはほとんど影響されていないように見えた。
すくなくとも外見は。
その隣に目を移し、月葉が溜め息をつく。
「くつろぎすぎだ、こいつは」
脚を組み、イーライはクッションにうもれて横になっていた。
片手でクッションを一つ抱き、そこに顔をよせて目を閉じている。
安らかに眠っているようでもあるが、彼に限ってそんなはずはないのだった。
「これ、モロゾフのココナッツクッキーだわ」
声にふり向くと、いつの間にか貴奈津が隣に座り込み、テーブルに用意されたクッキー をかじっていた。
「なんで、ここにこんなものがあるのかしら」
疑問は感じているらしいが、食べるのをやめるわけではない。
「たいしたものだよ、貴奈津は」
「んん?」
クッキーを頬張って、なに? と問いたらしい。
「いや、別に。
よかったら。ぼくのぶんもあげるよ」
菓子皿を滑らせてやると、貴奈津は嬉しそうにモゴモゴ言った。
「なにがあっても最後まで生き残るのは、案外貴奈津みたいなタイプかもしれないな」
熱心にクッキーを口へ運ぶ貴奈津を見て、月葉はそう思った。
「では、作戦会議を始めよう」
一同を見て、クーロが宣言する。




