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空中でレイが、手足をばたつかせる。
月葉が立ち上がり、その背中を掴んだ。
「レーザー砲の軌道は直進するんだったよね」
「そうだ。
なにがある? あの向きにはなにがあるんだ?」
「羽田空港の方を向いていると思う」
「羽田?」
レイが空中停止する。
「ということは、その向こうは海だな」
海上ならレーザー砲の被害も少ない。
レイはそう考えた。
その考えを月葉が読む。
「ただし、海の向こうにはグアム、オーストラリアがある」
「地球は丸いんだ、レーザーもオーストラリアまでは届かん。
ここは羽田空港とグアムを諦めて……」
言いかけたレイの顔を、貴奈津が両手で挟み込む。
「なに言っているのよ、気楽に諦めるんじゃないわよ。
なんとかしなさいよ、なんとか!」
「なるか!
ボクの宇宙艇じゃとてもじゃないけど、あんな大口径レーザー砲には太刀打ちできんわい。
あっ!」
「なによ」
「おまえやれ、貴奈津。
月葉もだ。破壊力ではレーザー砲を凌ぐおまえたちだ。
防ぐことだって不可能じゃない」
「どうやって?」
「正面に異能力の壁を作って跳ね返せ。
レーザーは、跳ね返そうと思えば跳ね返せるっ!」
バッとレイがばんざいポーズをする。
あやふやな理論を、勢いで補強しようという狙いだ。
「でも、跳ね返せなかったらどうなるの?」
「おまえは一瞬で灰になる!」
今度は明快なレイの答えに、うっと貴奈津が後退る。
月葉も眉をしかめていた。
やはり自信がないのだ。
攻撃型異能力者は器用さに欠ける。
「そうだ、ローユンは?
ローユンならできるんじゃないか?」
月葉が気付く。
この場にいないので、陣営最強の異能力者のことを忘れていた。
「ゴーシュ、急いでローユンを呼んできてくれ」
ゴーシュはまだ床にすわっていた。
じっとスクリーンを見つめて反応しない。
「早く、ゴーシュ!」
ゴーシュの肩に手をかけ顔を覗き込む。
かすかな音を聞き取ろうとするように、ゴーシュが両耳の後ろに手を当てる。
スクリーンを見上げているようで、しかし、その目はなにも見ていなかった。
「……来るよ」
呟きを月葉がとらえる。
「なに?
なにが来るって?」
聞き返す声に、レイの叫びが重なった。
「砲撃が始まってしまうっ!」
ハイパー・レーザー砲の砲口内に白い光が満ちていた。
砲撃開始寸前であろうことは、誰の目にも明らかだった。
まさにその時、スクリーンが突然揺らいだ。
ついで、宇宙艇全体が僅かに震動する。
砲撃の煽りを受けたのか、と思ったがそうではなかった。
「来たよ!」
飛び上がって、ゴーシュがスクリーンを指差す。
異世界宮殿の左側の空間に、オーロラ色のもやが現れていた。
「……なんだ?」
レーザー砲の脅威を思わず忘れ、月葉がスクリーンに目をこらす。
もやの中心に影がある。
その影が瞬く間に輪郭を現す。
そしてついに、銀色のちょうだいな構造物が実体化した。
「ボクたちの宇宙空母が来たよ!」
「あれが?」
「ハイパー・レーザー砲が砲撃するぞっ!」
「ええっ!」
「しまった、ローユンを」
「もう遅い!」
異世界宮殿の側面で白光が閃く。
スクリーン全体が、束の間白むほど強い光だった。
貴奈津と月葉が凍りつく。
たとえマッハ二十の速度を出す大陸間弾道ミサイルでも、着弾するまでは無害である。
迎撃するにせよ、進路を逸らすにせよ、数分以上の時間的余裕がある。
しかし、レーザーは撃つと同時に目標を捕らえてしまう。
対処時間を与えないのだ。
羽田空港とグアムを失った。
それだけではなく、二つの間には伊豆七島、小笠原諸島、マリアナ諸島等々があるのだが。
正直、貴奈津はそう思った。
ハイパー・レーザー砲が引き起こす結果について、そんなふうに最初から諦めていたの で、スクリーンの中の出来事は、目には入っていたが意識には届いていなかった。
衝撃を受けて、異世界宮殿が揺れた。
「やった、やったーっ!」
ゴーシュのはしゃぎ声に、ようやく貴奈津と、そして月葉が我に返った。
異世界宮殿は、レーザー砲の付近から白煙を上げていた。
外壁の構造物が一部破壊され、飛び散る破片が落下していくのが見える。
塵のように、舞うようにゆっくりと。
もちろん異世界宮殿の巨大さが、そう見せるのであって、じっさいには凄まじい勢いで、地上に破片が降り注いでいるはずだ。
「なにが、どうなったんだ?.」
冷静沈着を旨とする月葉にも、目前の状況は皆目見当がつかない。
「メガ粒子砲、第二弾、行きまーす!」
空中で手足をばたつかせ、ゴーシュはすっかり浮かれていた。
銀色に輝く宇宙空母は、もうオーロラ色のもやをまとってはいない。
細長い葉巻形の先端部が閃光を発する。
見た目はレーザー光に近い紫色の震動波、それがメガ粒子砲の砲撃だった。
レーザーと違うのは、大気を震わせる音と衝撃をともなうことだ。
しかし二撃目は、異世界宮殿には届かなかった。
異世界宮殿の防御壁が起動していた。
目には見えないバリアーが、砲撃を受けて閃いたにすぎない。
「うーん、だめだったみたい。残念」
「いや、バリアー張られちゃうと、ちょっとな。
でもな、あいつら変に叩くと、地上を巻きぞえにして逃げ出すから、これくらいでいいと思うぞ」
いつの間にか、空中でレイとゴーシュが肩を組んでいる。
「そう?」
「うん、そうだ」
肯いてレイは声を張り上げた。
「それにしてもすごいぞ!
すごく立派な宇宙空母だ、すごい威力のメガ粒子砲だ!
さすがにボクの星の科学力だ、たいしたもんだ。
ニャハハハーッ」
「でしょ、キャハハハ」
二人の異世界猫が手を取り合う。
レイのばか笑いに、ゴーシュもつられたようだった。
「レイ、いったい、なにがどうなったのよ?」
さきほどの月葉の科白を、貴奈津が代わって繰り返す。
「わからなかったのか?」
「わからないわよ」
「ボクたちの宇宙空母が現れて、異世界宮殿のレーザー砲が発射されるのを、寸前で阻止したんだ。
危機一髪とはこのことだよな。
ニャハハハ」
「大筋はわかったわよ。
でも、ほんとに寸前で阻止できたんだと思う?」
「現にしたじゃないか」
「じゃあ、あれはなによ?」
貴奈津が指差す。
「ゲッ!」
振り返ってレイが呻く。
超大型メインスクリーンの右上方に、小さなサブスクリーンが現れており、その中に遠望した羽田空港があった。
羽田空港はなにごともなく無傷だった。
それはいいのだがしかし、空港の隣では、立ち並ぶ石油タンクが黒煙を上げていたので
ある。
「もしかして、事故が起こったとか?」
「レーザー砲に決まってるでしょ」
「じゃ、じゃあグアムも?」
レーザー砲の軌跡はコンピュータが追っていた。
レーザーは埋め立て地の石油タンクを撃ち、そこで消えた。
したがってグアムは無事だ、とコンピュータは報告した。
「完全には、間に合わなかったのか」
がくりとレイが肩を落とす。
「しかし、被害が石油タンクでまだよかったよ。
羽田空港のほうがやられていたら、大惨事になっているところだったからね」
例え上空に異世界宮殿が居すわっていようと、大都市東京は空港を閉鎖してはいなかった。
危険は承知の上だが、大都市だからこそ都市機能を麻痺させることはできないのだ。
月葉が慰めの言葉をかけたとき、コクピットの戸口にイーライとローユンが現れた。
「どうしたの、ずいぶんとにぎやかだけれど」
声をかけたのはイーライだが、レイ、貴奈津、それに月葉、三人の視線がイーライを通り越し、その背後に立つローユンにいっせいにそそがれる。
「今頃来ても遅いぞ、ローユン」
「もう遅いわよ」
「かんじんなときに遅いな」
三人が口を揃えて非難する。
責任転嫁をして、自分たちの精神的負担を取り除こうというわけだ。
与り知らぬ罪を着せられ、ローユンは瞬きして立ちつくした。




