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GPSシステムのディスプレイ上で、二つの光点が隣接する。
光点のうち、一つはシステムを積んだこの車、もう一つは月葉の現在位置だ。
グレーとシルバーに塗り分けられたクーペが、新幹線の高架下に停止した。
イーライの車である。
高架の両側はオフィスビルで、この時間は暗く人通りもない。
接する道路と高架下とは、並木と植え込みで仕切られていた。
アスファルトを敷いただけの広い一画は、奥が資材置き場になっている。
漏れてくる街灯のわずかな光の中で、イーライはあたりを見回して溜め息をついた。
「派手にやったねえ」
積み上げられた鉄骨やブロックの手前に、五、六台の改造車と十数台のバイクがとまっている。
それはいいのだが、車やバイクの間の地面に、ばらまかれたように人間が倒れてた。
呻いている者もあり、気を失っているのか動かない者もある。
「ちょっと目を離すとこれだもの」
嘆いているらしいが、深刻さはまったく感じられない。
「しかし、肝心の月葉の姿が見えないね」
探しに奥へ向かって歩き出す。
「く、苦しい……助けてくれ」
地面に転がり、呻いていた男が手を震わせた。
しかしイーライは一瞥もしない。
聞こえなかったかのように通りすぎる。
「この奥かな」
積まれた資材の壁を回ろうとしたとき、背後で立て続けに急ブレーキの音が響いた。
職業的な習慣で、イーライはさっと壁の間に身を隠した。
赤いスポーツカーを先頭に、とまった四台の車から、ばらばらと人が飛び出してくるのを、物陰からうかがう。
「仲間が応援にかけつけたかな」
フラッシュの新手かとイーライは思ったが、やってきたのはルビイだった。
「こりゃあ……また、ずいぶん、派手にやられたもんだね」
高架下へ走りこみ、惨状を見まわして、ヒロミはイーライと似たような感想をもらした。
しかしいつまでも感心してはいられない。
ここへ来た目的は、貴奈津の加勢だ。
とにかく貴奈津を探すのが先だ。
ヒロミも積み上げられた資材の奥へ目を向けた。
「あっちかな、行くよ」
倒れている男たちを、このときとばかりに踏んづけたりはせず、上を飛びこえ奥へ向かう。
その行く手を、イーライがふさいだ。
「ちょっと待ってくれないか」
「わあっ」
ふいに現れたイーライに、ヒロミたちが緊張して身構える。
とっさにフラッシュのメンバーかと思ったのだ。
「悪いね、驚かすつもりはなかったんだけれど」
「そこ、おどき!」
「ま、ま、お嬢さん方、ここは落ち着いて話し合いを」
両手の平を向けて、しぐさでヒロミたちを押しとどめる。
これは凶器は所持していませんよ、という表示にもなる。
「あんた、何者?」
どうもフラッシュのメンバーではないようだ。
年齢も雰囲気も違うし、フラッシュならヒロミたちを「お嬢さん方」などとは呼ばないだろう。
しかし、だからといって警戒は解けない。
こんなところに、こんな時間だ。
あやしいやつであることに変わりはない。
「きみたちにケガをさせたくないからね」.
ヒロミの誰何は無視して、イーライは言った。
ヒロミたちをフラッシュの新手だと、イーライは思った。
そのまま放っておくつもりだったが、全員女性だと気づいて、いきなり方向転換したのである。
深い意図があってのことではなく、たんにイーライの習い性というものだろう。
「今の月葉にかかわるのは、よしたほうがいい。
彼はちょっと荒れているんだよ」
「月葉?
っていうと、貴奈津姐さんの弟の、あの月葉?」
「あの」というところに力がこもる。
チーマー・ゼータを壊滅に追いこんだ月葉の名は、ルビイにとっても恐怖の的だった。
「貴奈津姐さんと言ったね。
するともしかして、きみたちルビイかな?」
情報収集はイーライの得意とするところだ。
ルビイとの経緯は、貴奈津から聞いている。
「そうさ。
フラッシュと揉めているのを見たっていうんでね、あたしたちは貴奈津姐さんの加勢に来た……つもりだったんだけどねえ」
メンバーが貴奈津と月葉を見まちがったのだと、ヒロミにもわかりかけてくる。
「貴奈津は家にいる。
きみたちが見たというのは月葉だろうね」
「そんな気がしないでもなかったんだ」
ヒロミが溜め息をもらしたとき、資材置き湯のさらに奥から、悲鳴が聞こえた。
イーライがふりかえり、ヒロミが思わず足を踏み出す。
「待ちなさい」
イーライがヒロミの前に立ちふさがる。
「わたしが見てくる。
危険だから、きみたちはここにいなさい」
「あんたに指図されるおぼえはないよ」
ここへ来ているのが月葉だというなら、ヒロミたちには関係のないことだ。
探しに行く必要もないのだが、行くなと言われると反撥したくなる。
ヒロミに睨み付けられ、イーライはニッコリと笑った。
「なめてんのか」と、思わないでもないが、それよりもヒロミは勢いをそがれた。
イーライの笑みには、女性の警戒心を解かせるなにかがある。
技術なのかもしれないが、あながちそれだけとはいえまい。
「わたしはね、月葉のボディガードなんだよ。
彼のことは、わたしに任せてくれないか」
「そういうことなら……わかったよ。
さっさと行きな」
「ありがとう」
会釈して、イーライが飛び出していく。
あとに残ったヒロミたちは、お互いに顔を見合わせた。
「あれがボディガード?
うそだろう」
呟きにメンバーがうなずきあう。
イーライはどう見ても、ガードビジネス向きとは思えなかった。
「でも、悪い人じゃないみたい」
「顔はいいよな」
「なんといっても男は顔だよ。
ほら、このまえの貴奈津姐さんのいい人」
「ローユンとかいう」
「そうそう、あれもいい男だと思うな、あたしは」
などと、てんでに勝手な感想を述べる。
すぐ前ではフラッシュのメンバーが、地面に転がり、苦しそうに呻いていたりするのだが、そちらは彼女たちの眼中にはないようだった。




