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異世界宮殿のシールドを破ったのは、破壊兵器というものをあまり持たないレイの星が、つい最近開発した超強力新兵器、対異世界宮殿用メガ粒子砲によるものだった。
ダイナーによって、そのパワーを送りこんでいたのだ。
「異世界宮殿のハイパー・レーザー砲に引けを取らない武器なんだよ。
ダイナーがなおって異世界宮殿の位置が捕捉できたからね、すぐに撃ってみたの。
だけど、ずいぶん防御壁が強くなっているって、不思議に思ったよ」
「強いに決まってるわい。
一万八千年の間異世界宮殿を封じ込めて、びくともしなかったローユンのシールドなんだ。
それを、それを破ったのが、故郷の星の粒子砲だったなんて……ウガガガガ……」
「とんでもないこと、しちゃったわけだね、ボクたち」
「東京に異世界宮殿が浮かんでいたの見ただろう。
昔あいつらを地上から追い払うのに、どんだけ苦労をしたことか。
ウアアアア……」
頭を抱え込み、レイがベッドに突っ伏してしまう。
となりでゴーシュも肩を落とし耳伏せしている。
そのゴーシュの耳がピクリと立った。
「そうだ!
でもね、でもね、レイ。
悪いことばかりじゃないと思うよ」
顔を布団に埋めたまま、チラリとレイがゴーシュを見上げる。
「ボクが辿り着けたということは、通路が確保できたということなんだよね。
だからすぐに、みんなが加勢に来るよ」
「……ホントか?」
「ボクが出てくるときには、用意はだいたいできてた。
だから、それほど待つことないと思う。
異世界宮殿の側へ、宇宙空母がワープしてくるはずだよ」
「宇宙空母!」
叫んだのは貴奈津だ。
「あんたたち、そんなものを持っていたの?
すごいじゃない、まるきり星間戦争の世界じゃないの」
「あのな、貴奈津。
いまさら言いたくないけど、異世界宮殿戦というのはな、もともと異星人間の宇宙戦争なんだぞ。
地球じゃ地上戦になってたけどな、それはおまえたちの科学レベルが低すぎたからだ」
いつのまにか起きあがり、レイはえらそうに腕組みをしていた。
「わたしたちは、したくて地上戦をしてたんじゃないのよ。
もとはといえばダイナーとかいう……」
「チッチッチッチッ!」
レイが指をふって、貴奈津の文句を中断させる。
「それはそれ、これはこれだ。
忘れろ、貴奈津」
「あいにく記憶力がよくって」
「見栄をはるな。
おまえなら、なんでも三分で忘れられる」
「人をカップラーメンみたいに……」
「ともかく!」
すっくと、レイがベッドに立ち上がる。
そして片手を腰に当て、片手でビシッと天を指さした。
レイお得意の「ボクに任しとけ」ポーズ。
「これで勝てる!
ボクの星の科学力、地球人の異能力、この二つの力を合わせれば、異世界宮殿なにするものぞ!
宇宙空母が来たら、合流して決戦だ。
絶対に勝てる!
みたかジェーロ、ざまみろジェオツシ、ギッタギタだあっ!」
急に気合いが入ったらしい。
レイが一人でまくし立てる。
「ゴーシュくん、といったね」
だが眞鳥は、レイのように喜んでばかりもいられなかった。
「はーい」
可愛い返事に、思わず眞鳥がガクッとなる。
調子が狂ってしまうのだ。
レイのように生意気なほうが、まだ話しやすいかもしれない。
「質問があるのだが」
「なんでも聞いて」
「宇宙空母で来るといったが、きみたちの部隊は総勢何人いるのかね」
「百人くらい」
「そう、百匹。
い、いや、百人というと、ふーむ」
現実問題を眞鳥は気にしていた。
地球の感覚で空母といえば、乗員は数千人規模になるから、総勢百人というのは予想よりはるかに少ない。
「それでも、レイくんのような異世界猫が百……うーむ」
百人みながみな、レイのように食い意地がはっていて騒がしいとは思わないが、眞鳥は家の中を百人の猫どもが走り回るのを想像して、今度は本気で眩暈を覚えたのである。
「家に入りきるかなあ」
暗澹たる表情を読んだのかもしれない。
ゴーシュがパタパタと手を振った。
「心配しなくて大丈夫。
とりあえず、ボクはここに置いてもらうけど、みんなは空母に居住区があるから」
「おお、そうかね。
すると食料の手配なども……」
「いらない、いらない。
食べものは全部、空母の中で合成するの」
真面目に後方支援を、眞鳥は考えていたのだ。
胸を撫で下ろす眞鳥を、レイがピッと指さす。
「おい、楽することばかり考えないで、たまにはパイナップルの差し入れくらいしろよ」
「ああ、それくらいならお安いご用だ。
二十個もあれば、みんなで食べられるだろう」
「バカ者、パイナップルは一人一個に決まってる。
ボクは断固、百個を要求する」
「五十個にしたまえ」
「あのなあ、金持ちのくせに、どうしておまえは、そういう細かいことにこだわるんだ。
大福はどちらか一個にしろとか」
「あれはただの大福ではなかった。
老舗の限定販売品だったのだよ」
「それにしちゃ、アンコが少ない」
「しかしモチ米も小豆も、いいのを使っておる」
「うん、モチ米はいいな、確かにモチの部分はおいしかった」
「あのー、もしもし、お二人さん」
手をふってレイと眞鳥の視線を遮り、貴奈津が大福談義をやめさせる。
ローユンが声に出さずに、しばし笑った。
貴奈津の困った顔が面白かったらしい。
今までローユンは、涼やかな目差しで、じっと異世界猫コンビの話に耳を傾けていた。
すくなくとも、貴奈津にはそう見えた。
忍耐強いのかもしれないが、もしかしたら、他のことを考えていたのかもしれない。
カタリとローユンが椅子を鳴らす。
かけ直したのだ。
「ゴーシュ、一つ確認しておきたい」
「なあに?」
「宇宙空母の到着はいつになる」
「えーと、近いうち」
「明日ということもありえるか?」
「あると思うよ。
けど、ないかも」
「……わかった」
はっきりしなさいよ、などと貴奈津のように食い下がることを、ローユンはしない。
あっさりと了承してしまう。
異世界猫に関しては、おそらく諦めの境地に達しているのだ。
「だけどすごいな、百人規模の軍隊かあ。
我が星始まって以来の大部隊じゃないのか」
レイは興奮を隠せない。
誇らしげにゴーシュが胸を張った。
「でしょ。
でも制服間に合わなかったの。
みんなの趣味があわなくて」
レイとゴーシュのこの会話は、五人の人間たちに、それぞれ首を捻ったり怪訝な表情をさせたりした。
どうも軍隊というものの捉え方に、根本的な相違があるようだ。
疑問を口に出したのはイーライだった。
「きみたち、もしやとは思うが、軍隊を組織したのははじめてかな」
当然という顔でゴーシュが肯く。
「三姉妹がやってきたとき、急いで作ったの」
「部隊の基本構成はどうなっている」
「五十人ずつのチームで一部隊。
それがいっぱいあって、順番に一週間交代でやるの」
そのやり方では一週間ごとに、軍隊はまったくの新人部隊と化してしまう。
「それは……軍隊とは呼べない」
「どして?」
「軍隊というのは、そういうものではないんだよ。
軍隊というのはもっと、こう……」
適当な言葉を探してイーライはしばし沈黙した。
そして、ついに諦める。
「勝てないわけだよ」
イーライがもらした呟きに、となりでローユンが微かに肯く。
猫たちはそんなことなど気にしない。
「レイ、こんどの隊長、クーロだよ」
「なにっ、所長じゃないか。
懐かしいなあ、会いたいなあ」
「所長って、あんたの上司だった人?.」
貴奈津が間に割りこんだ。
「そうだ。
ダイナーの開発管理責任者だ」
「やっぱり。
レイ、わたし、そのクーロとかいう人のヒゲ、引っぱりたくなるかもしれない」
「偉い人なんだぞ。
しかもお年寄りだ。なんてこと言うんだ」
「やらないわよ。
でも元凶の資任者だと思うと、つい」
ゴーシュがベッドの上を、貴奈津に這いよる。
端までくると、床にすわる貴奈津の眼前で正座した。
「ゴメンね貴奈津、心配かけて。
でもダイナーは完璧になおったし、パワーアップも充分したから、もう安心だよ」
少しは責任を感じていたらしい。
まん丸の瞳を開いて、まっすぐ貴奈津を見つめる姿が愛くるしい。
頭の中身はともかく、外見だけはすごく可愛いと貴奈津は思った。
思わず手を伸ばしてゴーシュを抱き上げる。
可愛いものは好きである。
「わあ、ゴーシュって、ふわふわのヌイグルミみたい」
毛皮を撫でてやると、ゴーシュは嬉しそうに目を細めた。
そういうところはレイと一緒だった。
どう見ても猫なのである。




