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一匹、ではなく、一人増えて帰ってきた貴奈津たちを見て、眞鳥は軽い眩暈を覚えた。
レイ一人でも持て余し気味なのに、さらにもう一人の異世界猫とは。
目の錯覚であってほしい。
そう思ったが、何度瞬きしても、水色の猫は消えてくれない。
首を振り溜め息をついて、眞鳥は抵抗を諦めた。
予定外の客に、ここまで眞鳥が怯んだのには理由がある。
このとき眞鳥家は非常事態だったのだ。
東京上空に居すわる異世界宮殿の影響を、眞鳥家はすれすれのところで免れていた。
今のところ、生活に支障はきたしていない。
だからこそ、異世界宮殿直下から避難してきた使用人やその家族を、眞鳥は一も二もなく受け入れたのである。
そこヘトラブルメーカー第二号が加わる、と眞鳥は思った。
もちろん、第一号とはレイをおいて他にない。
眞鳥の一番の懸念は、一号と二号の姿が、家の中で人目に触れることである。
「いや、待てよ」
ふと眞鳥は考える。
東京は現在、未曾有の厄災に見舞われている。
空に浮かぶ異世界宮殿を見れば、わが家の中を異世界猫が飛んだとしても、そう驚くにはあたらないのではないか。
「うむ、そうだ、その線で行こう」
ポンと手を叩いて、眞鳥は精神の安定を得ることに成功した。
異世界宮殿対策本部、すなわち貴奈津の部屋に、二人の異世界猫と五人の人間が集まっていた。
他でもない異世界宮殿対策のためである。
丸テーブルにローユンとイーライ、眞鳥の三人がそれぞれ椅子ににかけ、貴奈津はベッド脇にクッションを敷いて床に座り込んでいる。
その後ろで月葉が、壁によりかかって立っていた。
もともとエアロビクスができるほど広い部屋だから、こうして人が集まっても窮屈な感じはしない。
異世界猫コンビは、仲良くベッドに乗っかっている。
二人が並んで座ると、やはりレイのほうが、一回り大きめなのがよくわかる。
レイより毛が細いのだろう、ゴーシュはふわふわとして見えた。
似たようなオーバーオールを着ているが、デザインと色は違うのだ。
そしてなにより一番のレイとの相違点は、ゴーシュは笑い目ではなかったことだ。
目を閉じれば同じことだが、普段のゴーシュは丸い目をパッチリと開けていた。
紺色の大きな瞳が黒目がちな印象で、一見ヌイグルミのように愛らしい。
はっきりいって猫差別だが、貴奈津はゴーシュを可愛いと思った。
言葉遣いや仕草にも、ゴーシュには愛らしさがある。
レイのように、偉そうにふんぞり返ったりしない。
とはいえ、今はレイも、ふんぞり返るどころの状態になかった。
シューゴの説明を聞き、あんぐりと口をあける。
「……じゃあ、故郷の星では、まだ二ヶ月しか経っていなかったのか」
「こっちだと一万八千年以上も過ぎてるなんて、夢にも思わなかったよ。
レイが休眠してくれててよかったよ。
そうじゃなかったら、全然間に合わないとこだったもんね」
プルルル……とレイが頭をふる。
「想像しただけで、ぞっとする」
必ず助けに行くからね、という仲間の声に送られて、レイは一人故郷の星を旅立った。
しかし戦いの中で、いつまで待っても救援は来ない。
それからさらに、一万八千年が過ぎ去る。
完全に望みを捨てたわけではなかったが、レイはほとんど諦めていたのだ。
「遅くなってごめんね、レイ。
ボクたちがんばったんだけど」
異世界宮殿のあとを追わせたレイのことを、ゴーシュたちはいっときも忘れたことはなかった。
一人くらいの犠牲はしかたがない、という発想を異世界猫たちはしない。
結果として手遅れになれば、それはそれでしかたがない。
だが「助けに行く」と言ったからには、どれほどの手間と予算がかかろうが、絶対に必ず行くのである。
「思ったよりダイナーの損傷が大きくて、修理がすごく大変だったの」
ダイナーと聞き、レイが口の端をひきつらせる。
地球文明をいちど壊滅寸前へ追いこんだ、その元凶がダイナーなのだ。
ゴーシュは気にしないが、地球人とともに異世界宮殿戦をくぐり抜け、目を覆いたくなったその被害に、責任を感じざるを得ないレイとしては、どうしても拘ってしまう。
とはいえ、ダイナーがなければ異次元宇宙に通路を開くことなどできず、となれば救援も望めない。
使いたくないが使うしかないのだ。
「みんな生まれてはじめてっていうくらい、働いたもんね」
ダイナーの修理を終えたのは、つい最近のことだ。
これは最大級の大急ぎである。
異世界猫には滅多にない、不眠不休の努力の結果だ。
仲間のレイのことも心配だが、三姉妹ごと異世界宮殿を吹っ飛ばした結果も気がかりだ。
異世界宮殿が出現したところの、もっとも近くにある星が、次の犠牲になるのではないか。
そして、まさにそのとおりになった。
地球文明は為す術もなく、三姉妹に蹂躙されたのである。
経緯を聞かされ、ゴーシュは額に手を当てて俯いた。
ちょっとショックだったらしい。
神妙な表情をしているらしいが、なにしろ顔が可愛いので、そうは見えない。
「もしかしたら、ゴーシュって女の子かしら」
ふと貴奈津は思う。
利発で小さい女の子という印象なのだ。
自分のことをボクといっているが、そんなことは当てにならない。
しかし、地球上の生きものではないのだから、女の子みたいだという印象のほうが、もっと当てにならないことに貴奈津は思い至る。
だいたい、女の子とか男の子とか、あるのだろうか。
などと、貴奈津が考えている間に、ゴーシュがショックから立ちなおる。
ゴーシュは、無邪気な顔で両手を広げた。
「でも、すんだことはしかたがないよね」
すばやくケリをつけたのだ。
ぐらりと、貴奈津が体を傾かせる。
「見た目は可愛いけど、しょせんこの猫もレイの同類なんだわ」
そう感じたのは、貴奈津だけではない。
この場にいた人間は、全員おなじ見解をもった。
月葉は納得して小さく肯き、眞鳥はテーブル上で指を組んで溜め息をついた。
ローユンとイーライはとくに反応を示さなかったが、ゴーシュに向ける目の表情で、なにを思ったかは充分に知れる。
「そうなんだ。
残念だけど、どうしようもなかったんだ」
レイだけが、ゴーシュの意見に同調した。
「地球の人には気の毒だったけど、ボクたち、悪気があったわけじゃないもんね」
「うん、わざとじゃないんだ」
顔を見合わせて、レイとゴーシュが「うん、うん」と頷き合う。
ようやくおなじ意見の仲間を得て、レイは喜んでいた。
この異世界猫式論理は、いままで地球人には受け入れて貰えなかったのだ。
しかしそのお気楽な猫共も、さすがにガックリとうな垂れる事実が明らかになった。
「ウガッ、なんてこと!
それじゃ、あの正体不明の外部圧力は、故郷の星から来ていたのか」




