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異世界宮殿をシールドに閉じ込めるには、最大級異能力をもってする。
余波など考えていられない。
激しいエネルギー嵐が、まともに周囲を巻きこむのである。
半径二十キロメートルといえば、東京全都が壊滅する。
その人的被害は、計り知れない。
「おまえたちは同胞の犠牲に極端に弱い。
ここでシールドを張ることは、おまえにはできない」
断言して、ジェーロは殺戮者の笑みをうかべた。
「果たしてそうかな。
あなたの認識は甘すぎると思うが」
「同胞の犠牲を厭わないと?」
「二者択一になれば、わたしは躊躇しない。
それを忘れるな」
声には出さず、貴奈津が心の中で「ひえー」と戦く。
言い切ったローユンの横顔は、その言葉が完全に本心だと告げている。
眉を寄せ、月葉もチラリとローユンを見るが、これは不本意ながら感心したのである。
他に方法がなければ、どんな犠牲も自分の責任で引き受ける。
ローユンはそう言っているのだ。
自分を追い詰めかねない厳しさだが、異世界宮殿戦のリーダーなら、そうでなくてはならなかった。
ジェーロも「おや?」というように、眉をあげた。
ローユンの台詞を全て信じたわけではなさそうだが、思うところはあったようだ。
「おまえたち地球人は、そこの猫などとは、似たようでいて異質な生物なのだな」
どこが似ているのよ?
と貴奈津は思ったが、ジェーロが言うのは思考形態に付いてである。
一人言のように、ジェーロが呟く。
「地球人というのは変わった生き物だこと」
「あんたに、変わっていると言われたくないわね」
貴奈津の声も呟きに近い。
ジェーロの姿よりも、その奥の風景に注意をひかれていたからだ。
ジェーロの背後、およそ一区画向こうで、林立するビル群に異変が起こっていた。
一帯が陽炎に包まれ、揺らめいて見える。
その中で、ビルが頭頂部からサラサラと崩れていく。
砂を固めて作った物が、風に蝕まれ散っていくように。
目の錯覚かと瞬きしてみるが、そうではない。
四人の地球人と一人の異世界猫が注視する方向へ、ジェーロは流れる優雅さで振り返った。
「都市がゆっくりと、しかし確実に浸食されていく。
滅びに似た美しい光景。
わたくしは、このペットがとても気に入っている」
ジェーロの声に笑いがこもる。
「ゲゲッ!
というと、あれはウルファの悪夢か、もしかして」
両手で頬を押さえて、レイが呻く。
呻くからには、かなり厄介なものなのだろうが、貴奈津にはわからない。
「レイ、それ、何のこと?」
レイは答えない。
ジェーロのホログラムが霞んできている。
そして消え去る前に、ジェーロはもう一度こちらを振り返った。
「地球人たちよ、いつでもわたくしの城へ来るが良い」
「おい、こら待てジェーロ。
消えるなら、ウルファの悪夢も連れて行け、バッカヤローッ!」
空中で地団駄踏むが、ジェーロの姿はすでにない。
「ねえ、ウルファの悪夢って、何のことよ?」
貴奈津がしつこくレイに聞く。
しかし、答えたのはイーライだった。
「気体状魔獣だ」
「生き物?
わたし見たことないわよ」
「滅多に現れないからね」
ビルが音もなく形を失っていく。
永い時を経て、少しずつ少しずつ朽ち果ててゆく遺跡の映像を、一瞬に凝縮して早回しすれば、きっとこんな風に見えるだろう。
一万八千年前、砂漠の街を飲み込み、人も建物も、全てを一夜にして消し去った気体状生物である。
生物である。
痕跡もとどめず滅びた町の名を取り、ウルファの悪夢と呼ばれるのだ。
よく見れば、ビルの上になにかがわだかまっている。
ビルが揺らいで見えるのは、蜃気楼のせいではなかった。
「やっかいなやつだが、幸い風はない」
「レイ、あれって異能力効く?」
「うん」
肯いてレイが「ギャアッ!」と叫ぶ。
「きゃあっ!」
ほぼ同時に貴奈津が悲鳴を上げる。
顔面にレイが飛び付き、両手両足で絡み付いたのだ。
貴奈津がスッと衝撃波を撃つ構えをみせたからである。
「やめろ!
貴奈津、衝撃波だけは撃つんじゃない!」
「な、なんなのよ、離れてよ、苦しい」
張り付いたレイを、貴奈津がベリペリと引きはがす。
「あいつを吹き飛ばしたら、えらいことになるんだ」
ウルファの悪夢は、気体の粒子そのものが、一つ一つの細胞なのだ。
衝撃波で吹き飛ばしてもダメージは受けない。
それどころか、天文学的な数に分散し、やたら広範囲に広がることになる。
そうなると、はっきりいって始末におえない。
「知らなかったわ、アハハ……」
笑ってごまかそうとする貴奈津の肩を、がっくりと疲れてレイが叩く。
「おまえなあ、頼むから、ちゃんと過去のデータを学習しておいてくれ。
これじゃ、記憶が戻るまえと変わらないじゃないか」
「ご、ごめん」
貴奈津がぎこちなく肯く。
というようなことで貴奈津とレイが時間を浪費している間に、ローユンとイーライの間では、すっかり相談がまとまっていた。
気体状生物が広域に流れ出す前に、灼きつくしてしまおうというのだ。
「街並みも同時に失うが、やむをえない」
「かまうものか。
わたしの持ちビルというなら話は別だが、しょせん見ず知らずの他人のもの。
きみが気にすることはない」
無責任な慰めを、イーライがする。
微笑して肯き、ローユンはゆらめくビル群へ目をやった。
「レイ、すこし下がれ」
「うん」
返事を待たずに、ローユンの発光現象が始まる。
ローユンにだけ現れる異能力使用時の現象だ。
継続すればするほど、異能力レベルが高ければ高いほど、発光は際立って強くなる。
今ローユンは、青白色の薄いベールに包まれていた。
最大級には遠く及ばない。
それでも余波を避けて、レイは空中を、他の三人は地上を後退った。
発光するオーラは霊気エネルギー波だから、例え触れても物理的なダメージは少ない。
だが、異能力者なら共鳴作用を起こしてしまうし、レイの場合は脳波に異常をきたすのである。
レイにとって、これは怖い。
「ウガッ!」
ふいに叫んで、レイが頭を抱え込む。
「レイ」
驚いて貴奈津が飛び上がる。
発光現象の余波を受けたのかと思ったのだ。
しかしローユンとは十分な距離を置いている。
余波ではない。
またもや原因不明の頭痛に襲われていた。
短い両手で頭を押さえ「ウガガガ」と顔を伏せる。
すると三頭身のプロポーションが災いして、頭の重みで前へ倒れ込み、レイはくるりと空中で逆さになった。
そのままフッと落下しかけたレイを、駆け寄った貴奈津が受け止める。
「どうしたの、しっかり、レイ」
「あ、頭が痛いぃー」




