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道玄坂は広い六車線道路になっており、道の両側に商業ビルがそびえ立つ。
渋谷駅ハチ公口の目の前にあって、人通りが途絶えることなどかつてなく、昼夜の別なく喧噪に満ちているのが常だった。
その街を、今は静寂が覆っている。
先程の光が道玄坂を漂っていた。
ジェーロが白い姿に淡い真珠色の光を纏い、道を埋める乗り捨てられた車の上の飛び移る。
実体ではない、ホログラムである。
前進を包む霧のような光は、穏やかなハロー効果のためだろう。
薄闇の中でジェーロの姿は、幻想的な美しさをともなっていた。
姿形だけなら、三姉妹は超一級の傑作なのだ。
ジェーロがふわりと飛び、立ち止まり、あたりを珍しそうに見回しては、また移動する。
ローユンたち五人は道玄坂の坂下から、しばらくのあいだジェーロのすることを黙って眺めていた。
見取れていたのではない。
ローユン立ちが間近にいることを知りながら、ジェーロのほうが無視していたのだ。
ジェーロにとっては、初めて見る現在の地球の都市だ。
観光に忙しかったのかもしれない。
そのジェーロが振り返った。
「ようやく現れたか、地球人たちよ」
「さっきからいたわい」
トレーナーの上に立ち、フフフ……とジェーロが笑う。
寒気がするほど美しい声で、しかも表情はあくまで冷たい。
歩道に展開するレイたちとは、二車線分を挟んでいた。
「残念であろう、おまえたち」
「なにがだ」
「しかし、よく保った。
一万八千年も経てば、シールドも綻びようというもの。
落胆するにはあたるまい」
レイはさりげなく、ローユンと視線を交錯させた。
シールドが外れてしまったのは、外部圧力によるものだ。
しかし、ジェーロたちには、それがわかっていないらしい。
シールド内にいたのだから、外部の状況を把握できないのは当然としても、では、あの外部圧力はジェーロたちとは関わりがないのか。
「とすると……?」
内心でローユンが呟く。
しかし、どのみち教えてやる必要はない。
敵に与える情報は、少ないほどよいに決まっている。
レイが言い返さないことに気をよくしたのだろう。
ジェーロは笑みをうかべ、優雅に長衣の袖を揺らして、周囲のビル群を見回した。
「それにしても、なんという醜悪な都市。
混沌といえばまだしも聞こえはよいが、支離滅裂とは、まさにこのこと」
「支離滅裂なのはおまえの頭だ、アホ」
地球の都市計画など、レイにとっては他人事である。
だが、当事者の貴奈津と月葉、イーライにはいささか思うところがあった。
確かに、東京は美しいといえる街並みではない。
しかし、である。
異世界宮殿内部の言語を絶する無秩序さと比べれば、悪くていい勝負、もしかしたら東京のほうがましかもしれない、と思うわけである。
たんに、ジェーロの美意識と相容れないだけであろう。
「これならば、一万八千年前のほうがましだったのではないか」
「よけいなお世話よ」
貴奈津がはねつける。
「ちがいない。
どのみち滅び去る運命なのは同じこと」
「呼青竜!」
「貴奈津、ホログラフだよ」
斜め後方から、月葉の声がかかる。
「わかってるわよ、わかっているけど、頭にくるのよね」
「気持ちはわかるけどさ」
だが、斬りつけても無駄なのである。
貴奈津たちを見下ろしていたジェーロは、再度、視線を林立するビル街へ投げた。
「いっそ、すっきりと灼き払ってみるのも一興」
レイが全身でギクリとする。
対地砲火というも生易しい、ハイパー・レーザー砲が異世界宮殿にはあった。
帯状に地を走り、地平線まで一瞬で届くそれは、地表も都市も灼きつくす。
一度きり一門しか使われたことはないが、異世界宮殿の外観を解析してみると、同様の砲は八門もあった。
あれがいっせいに地上を撃つことを思うと、背筋が凍るほど怖ろしいのである。
レーザー兵器は防御の余裕を与えない。
「もっとも、あれはつまらぬな。
瞬時に灼きつくして、破壊の醍醐味に欠ける」
言ってろよ、てめー、とわめきたいのを、レイはこらえる。
「そ、そうだよな。
あんなものは、おまえたちの趣味じゃないだろう。
それより、もっと面白いことをしよう」
「と、いうと?」
「血湧き肉躍る直接対決、っていうのはどうだ。
面白そうだろう?
だからそんなホログラフじゃなくて、ジェオツシと二人、実体で出てこい。
ボクたちはいつでも相手になってやるから」
直接対決ならば二対四という戦力比が、レイに強気の挑発をさせる。
ジェーロとジェオツシだけが相手なら、めったなことで遅れは取るまいという読みである。
とはいえ、そんなことはジェーロのほうでも読めるのだ。
なのに、ジェーロは肯いた。
「わたくしたちの誇りにかけて、おまえたちとは決着をつけねばならない。
獲物を取り逃がしたことなど、今だ、私たちはないのだからた。
おまえたちを倒し、そのあとでゆっくりと時間をかけて、この星を滅ぼすことにしよう」
「あくまで高慢なヤツだな、おまえ。
だけど、対決するのが怖くないっていうんなら、そこから出てきたらどうだ。
ホログラフなんかでごまかすな」
「これは、ほんの挨拶代わり。
わたくしたちに会いたければ、おまえたちから出向くがよい。
この前のように」
異世界宮殿に乗り込んでこい、ジェーロは言うのだ。
異世界宮殿内部での戦いは、ジェーロたちが主導権を握ることが出来る。
「異世界宮殿の中に立てこもる気か?
出てくるのが怖いんだな、やーい、臆病者。
いいけどな、出てこないのなら、異世界宮殿ごとまたシールドに閉じ込めてやる」
脅したつもりだったが、効果はなかった。
ジェーロがさも楽しそうに、クックッと笑う。
「いや、それは出来まい。
おまえには」
ジェーロはぴたりと視線をローユンに向けた。
ハッとして、貴奈津がローユンの横顔を伺う。
それは、どういうことなのか。
ローユンがなにも答えないので、ジェーロが説明する形になる。
「なぜなら、ここは都市の上。
この前のような大気圏外とは事情が違う。
あのシールドを張ろうとすれば、半径二十キロメートルが余波の圏内に入ることになる。
そうではないか?」
そうだったのか、と貴奈津は納得する。
東京上空に異世界宮殿が出現したとき、もう一度シールドを張り直したらどうか、と貴奈津は提案した。
「今は、だめだ」
ローユンはそう答えたのだった。




