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異世界猫に異世界宮殿の侵略から地球を守ってくれと頼まれた件  作者: アルケミスト


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 階段を足音荒く登りながら、平然としたイーライが、少し遅れて後に続く。


「なにをそんなに怒っているの、月葉」


「ふざけるな!」


 足を止め、月葉は背後を睨み付けた。


「お父さんの前で、いや、誰の前でも同じだけど、二度とあんなことを言ったら許さないからな」


「あんなことって?」


「……この野郎」


 蹴りでも入れたいところだが、それができない。


 イーライはレイを両手で抱いており、月葉が近付くと、レイを持ちあげて盾にしていた。


「可愛い顔をして、品のない言葉使いはしないようにね。

 イメージが崩れる」


「あなたのイメージなんか知ったことか!」


 吐き捨てて背を向ける。


 階段を登りきり、月葉が自室のドアを開けるまで、イーライは黙って後から付いていった。


 彼がこういうときは当然、なにかろくでもないことを考えているわけである。


 ドアの前で、イーライはレイを差し出した。


「はい、どうぞ。

 月葉に返すよ」


 無言でレイを引ったくり、月葉がドアを閉めようとする。


 すかさずイーライの手が伸びて、ドアを抑えた。


「待って、月葉」


 さっと月葉は目を逸らし、ドアノブを掴んだ手に力を込めた。


 無視するに限るのだ。


「悪かった、あやまるよ。

 だから……」


 訴えるのでも、すがるのでもない、ただ静かに優しいイーライの声なのだった。


 顔を背けたまま、心のなかで月葉は舌打ちをする。


 この声に弱いな、と思う。


 自分がではない、自分の中のスゥーディがだ。


「わかった、わかったから、ドアをはなしなよイーライ」


 溜め息混じりに顔を戻す。


 イーライは長身である。


 まだ少年の月葉よりだいぶ背が高い。


 ドアを挟んで至近のこともあって、月葉は明るい茶色の瞳を見上げる形になった。


 目差しが暖かく、イーライは微笑していた。


 いきなりドアが力いっぱい閉じられる。


 目の前で上がった大きな音に、イーライは思わず身を引いた。


 一人廊下へとり残されたイーライは、しばし無言でドアを眺めていた。


 やがて、諦めたのかその場を離れる。


 階下へおりていくイーライは、小さく笑いを漏らしていた。




「なぜ、こんなことになるんだ!」


 ドアを閉め、ついでにしっかり鍵もかけ、そのドアに背をつけて月葉は歯噛みしていた。


 床に取り落とされたレイが、首を傾げて月葉を見上げる。


 片手で後ろ手にドアを抑え、もう片手で顔をおおう。


 その手が震える。


 顔に朱が差しているのが自分でもわかる。


「まったく腹が立つ、あの多重人格男め」


 ときとして圧倒的に厳しく真剣で、そのくせいつもは軽薄でいやみ。


 なのに、ふと別人のように優しくて暖かい。


 そのイーライに、思わず見とれてしまった自分が、月葉は激しく腹立たしいのである。


 しかもそれが、スゥーディの思いによるものか、自分の感情によるものか、判断不能だというのが情けない。


「おい、大丈夫か?」


 レイが立ち上がって、月葉のひざをつついた。


「ああ、うん」


 深い呼吸を二、三度してから、月葉が肯く。


「大丈夫だよ、レイ。

 別になんてことないんだ」


「そうかあ?」


 落ちつきを取り戻し、月葉はレイを抱き上げた。


「ジュースでも飲む?」


「飲む、飲む」


 冷蔵庫の中をのぞくと、リンゴとオレンジのパックがあった。


「どっちにする?」


「うーん……オレンジ!」


 ベッドに寝転んだ月葉の横で、レイがパックをかかえてストローをくわえる。


 猫とは違うのだが猫に似たレイの口の構造で、どうして器用にストローで吸えるのか、横目で観察して月葉は不思議に思った。


「おいしいな、これは国産ものだな」


「オレンジに国産はない。

 日本ではすべて輸入に依存している」


「なんだ、そうか」


 朝食後は月葉にまとわりついて過ごすのが、最近のレイの日課だ。


 月葉がスクールヘ行かないで家にいるようになったからで、貴奈津の代わりに、人身御供になった観がある。


 レイがなにをしようと、月葉はまず怒らない。


 勉強中に肩に飛び乗られても、食べかけのお菓子を横取りされても、ケンカになることなどなかった。


 貴奈津のようにすぐ腕力に訴えてくる相手も、レイとしてはあきないでよいのだが、月葉に甘やかされているのも居心地がよい。


 チュウウーと音をたて、レイがジュースを飲み干した。


 ふわりと飛んでいき、空のパックをごみ箱に捨てると、また戻ってきて今度は、仰向けに寝た月葉の上に舞いおりた。


 体を伸ばして月葉の上にうつ伏せに寝転がり、月葉の胸で頬杖をついた。


 頭のわりに手が短いので、頬杖をついた価値はあまりない。


「レイ、ちょっと重い」


「軟弱なことを言うな」


「しかし……」


「おまえ、どうしてイーライとケンカばっかりするんだ?」


「ええ?

 いきなり、なにそれ」


「昔はあんなに仲がよかったのにな」


「過去は振り返らない主義だ」


「意味がわからん」


 月葉は頭の下にしいた手を組み直した。


「彼がぼくを怒らせるようなことをするからだよ」


「恋人同士って、そんなにケンカするものなのか?.」


 その言葉が月葉の言語中枢で意味を成すまで、かなりの間があった。


「なに!」


 頭を上げてレイを見る。


 相変わらず屈託のない顔を、レイはしていた。


「なんだって、レイ。

 恋人?

 誰が恋人だって?」


「おまえ」


「ぼく?

 ぼくが誰と?」


「イーライ」


「イーライがぼくとなんだって?」


「おまえ、そんなに頭が悪かったか?」


 だって貴奈津がそう言ってたもん、とレイは説明した。


 貴奈津は嬉しそうに、


「イーライと月葉は恋人同士なのよ、これって素敵なことだと思わない、レイ」


 と言ったのだ。


「なにを根拠に……」


 声にならない声で呟き、月葉は放心の態で天井を仰いだ。


 貴奈津がそんな誤解をしているとは。


 月葉にとって、このショックは大きい。


「おまえ、スゥーディの記憶、戻ったんだろう。

 だったら昔みたいにみんなと仲良くしろ。

 ボクには地球人の恋人とかっていうのはよくわからないけど、なんか特別に素敵なことみたいだな。

 よかったじゃないか、月葉」


「よくない、勝手に話を作らないでくれ」


「いいじゃないか、少数派でも」


「は……?」


「普通、地球人の男の子ってのは、女の子と恋人になるんだろ。

 だけどイーライは男だから、月葉は少数派ってことだよな」


「違うといっている……」


 力無い月葉の抵抗は、レイの耳を素通りした。


「いつの時代でも、どんな社会でも、少数派ってのは大切だからな。

 ボクも貴奈津と一緒に応援するぞ」


「なぜ、わかってくれない。

 ぼくは、あんな男は好きじゃないんだ」


「じゃ、どんな男が好きなんだ?」


「ああ……」


 月葉が深く嘆息して、両腕で顔をおおってしまう。


 それきり月葉は沈黙し、レイがつついたり引っ張ったりしても、しばらくなんの反応も示さなかった。

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