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月葉は激しく落ちこんでいた。
今のところ人生十六年であるが、これほど深く落ちこんだことはかつてなかった。
自室のベッドに倒れこみ、すでに小一時間、煩悶し続けている状態である。
テラス側の窓は開け放たれており、風がときおりカーテンを揺らす。
心地よく夢に落ちていきそうな設定なのだが、とてもそんな気分ではない。
「ぼくの中にスゥーディがいる。
それはいい」
スゥーディは本質的には、月葉にかなり近いものがある。
だから彼女の感情は、おおよそのところ受け入れられる。
しかし、問題は月葉が少年で、スゥーディが少女だということなのだ。
このあたりの感情的葛藤は厳しいものがあった。
「この線だけは同化できない、できっこない。
貴奈津とナーディはほとんど同一人物だから、どちらが表に出てきても違和感がないんだ。
だけど、ぼくは……」
ごろりと体を返して、ベッドを叩く。
「どうしたらいい、どうすればいいんだ、スゥーディ!」
問いかけるがスゥーディの意識は静まり返ったまま、さざ波も立てない。
もちろん答えを返すこともない。
「きみが表面化するのは、ラッガートを目にしたときだけか。
その他のときは、ぼくにアイデンティティーを譲ってくれるってわけ?
だけど、それが一番やっかいなんだぞ」
どうしたらいいんだ、と月葉は繰り返し呟く。
「たぶん、いや絶対に、誰も気付いていなかったに違いないな。
きみがラッガートを好きだったなんて」
スゥーディの感情を自分のものにして、初めて知った事実だった。
ラッガートとスゥーディが恋人同士だったという話は、ついぞ聞いたことがなかったから、誰の目にもそうは見えていなかったということだろう。
スゥーディが自分の感情を、強い意志で押し隠していたからだ。
「わかるけどね、そんな状況じゃなかったというんだろう?」
瞬きすると涙がこぼれた。
自分が涙ぐんでいたことに、月葉は気づいた。
「また泣いてる。
やめてくれないかな、ぼくの体で勝手に泣くのは。
……違うか、今度はぼくが泣いているのか。
……なんてことだ」
涙もろいなどと言うのは、月葉の芸にはないのである。
ハードでクールが月葉の信条なのに。
それでも、月葉は泣いていた。
そして泣いていることが、このときは嫌ではなかった。
月葉は深くスゥーディに同情していたのである。
スゥーディは仲間たちを心から大切にしていた。
かけがえのない友と知っていた。
だからこそ命がけで戦ったのだ。
しかし、ラッガートを愛する気持ちは別のものだ。
それがどれほど強く激しいものだったか、今、月葉だけが知っている。
あんな状況でなかったなら、あんなふうに出会ったのでなかったなら、率直に気持ちを告白したかったに違いない。
そういう性格の少女だった。
戦いが終わるまではと、誰にも悟られないように心に秘めていた思いだった。
それなのに、目の前でラッガートを失うことになったのだ。
可哀想だと思う、そして月葉は自分の中にある少女が健気で愛おしかった。
スゥーディのために流す涙は、クールが持ち前の月葉としても、なにも恥ずかしいとは思わない。
「だけど……」
ふいに月葉は起き上がった。
ベッドの上で脚を組み、涙を拭う。
「ラッガートのほうはスゥーディの気持ちに、なにも気づいていなかったんだろうか……。
だとしたら唐変木だな。
いや、ああいうタイプの男はそんなものかな」
うーむと考えこんでしまう。
せめてラッガートが気付いていてくれたなら、そして彼もスゥーディと同じ考えで、努めて何気なさを装っていたとしたら。
それならスゥーディの気持ちも少しは報われるのではないか。
月葉はそう思ったのである。
「わからないな、だけど、そればかりは。
ナーディとスゥーディにもきっちり公平だったし、どう見てもラッガートは硬派だもんなあ。
ああっ、それがなぜあんな硬派の対極にあるイーライなんかに!」
叫いたところで、月葉は硬直した。
ノックの音が聞こえたのだ。そしてノックの仕方で、ドアの向こうにいる人物がわかったからである。
「なんの用?」
イーライを部屋へ迎えて、月葉はベッドの上でことさらに冷たい声を出した。
態度も悪い。
立てた片ひざに腕をあずけ、肩越しに視線を投げる。
閉めたドアの前に立ち、イーライはそれ以上月葉に近づいては行かない。
刺激しないようにという配慮だろう。
もちろん月葉のためを思っての配慮ではなく、自分の目的のための配慮ではある。
「わたしの顔が見たいんじゃないかと思って」
「戦闘のショックで気を失うような情けないヤツの顔なんか見たくもないね。
超A級ボディガードが聞いて呆れる」
イーライが苦笑を浮かべる。
予想していた非難だったらしい。
「やはりそれを言われたか。
でもね、理由はそう簡単なことじゃない。
きみにはわかったはずだろう。
わたしにもやっとわかった」
「思わせぶりな言いかたをするな、言いたいことがあったらはっきりいえ!
そうじゃないのなら出て行け。
あなたの顔を見ているとイライラするんだ」
「心にもないことを」
いつものようなイーライの冷やかしなのだが、いまの月葉には堪えた。
なぜなら、半ば的を射ていたからに他ならない。
月葉はイライラするのではなく、イーライを見ていると落ちつかないのである。
自分の中のスゥーディの感情に影響されているのだ。
今となってはそうわかるのだが、絶対に納得はし難い。
月葉が顔色を変えるのを見て、イーライは下手に出ることにした。
「よけいなことを言って悪かった」
神妙な態度をよそおい目を伏せる。
ついで溜め息をつきながら、視線をあらぬほうへ飛ばす。
遠い目……これはイーライの得意技である。
相手に深読みをさせて同情を引く手だ。
そして追い打ち。
「きみを困らせるつもりはなかった」
月葉が持て余している感情を、知っての上でイーライは言った。
月葉だけなら引っかかりはすまい。
だが、月葉の中のスゥーディはどうか。
「ぼくたち、話し合う必要があるかもしれない」
「わたしが何者か、わかったんだね」
「信じたくないけど……本当にあなた、ラッガート?」
月葉の言葉、月葉の疑問、そして滲み出すスゥーディの感情。
イーライが目を戻した。
明るい茶色の瞳が、最大限の優しさを込めて月葉を見つめる。
「どうやらそうらしい、と、ラッガートの、彼の姿を目にしたときようやくわかった。
おそらく不完全な形で転生したんだね。
だから、わたしもきみたちも彼の意識に気付かなかった。
彼はね、どんなことをしてもきみたちの側にいて、きみたちを守りたかったんだよ」
「わかるんだ?」
「今はね」
大きな溜め息をつき、月葉は両ひざを抱え込んだ。
「ラッガートはいいヤツだった。
それがどうして、よりにもよってあなたなんかに」
ここで弁明を始めても逆効果である。
イーライは月葉がうじうじと悩む時間を与えることにした。
自分は口をつぐみ、ドアに寄り掛かる。
ひざに突っ伏してしまった月葉を見て、
「今まで面白がって、少しいじめすぎたかな」
と思う。
もちろん思うだけであって、後悔ではない。
そんなことをするくらいなら、最初からいじめない。
「ボディガードとかいうのは、ぼくに近付く口実だったわけ」
月葉は頭がいい。
放っておけば疑問が次々に湧いてきてしまう。
そしてそれを確かめずにはいられない。
イーライの読みどおりである。
「そう、渡りに船というやつ」
「なぜ?」
「それがわたしにも長いことわからなかった。
なぜきみのことが気にかかるのか」
「どうしてぼくなんだ?」
「会いたかったんだろうね、彼が。
きみの中にいるスゥーディにだよ。
わたしはそれに引きずられたというわけさ」
月葉が身を乗り出す。
自分でもわかるほど、鼓動が早くなっている。
「イーライ、教えて!
ということは、彼はスゥーディが好きだった?
つまりその、ぼくが言う好きというのは……」
「愛していた」
一瞬の躊躇もなく答えが返る。
月葉の表情が輝いた。




