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無限に思える宇宙空間に、散りばめられた無数の星々。
銀河を望むほど明るくはなく、かといってまったくの辺境なのではない。
ここがいったいどこなのか、貴奈津には、たとえ説明されてもわからない。
しかし、おそらくレイにも、わかっていないのではないか。
貴奈津は、そう読んでいる。
「よくも、わたしを欺したわね。
いきなりボス戦なんて、そういうのあり?」
シールドに包まれた異世界宮殿を臨み、心の中で不平を呟く。
ついで貴奈津は声を張り上げた。
「さあ、やってやろうじゃないの。
三姉妹だか十姉妹だか知らないけれど、みんなまとめてかかって来なさいっ!」
恐いのである。
意識が完全に貴奈津だけの状態では、ナーディの記憶があるとはいえ、いや、あるからよけいに三姉妹が恐ろしいのである。
声を出して自分を励ましているにすぎない。
「ニャハハハハ。
貴奈津い、中々気合いが入っているじゃないか」
「あったりまえよっ」
「よろしい。
そうやって運命を受け入れるところから、自ずと道は開けてゆくのだ。
ニャーんちゃってな」
この猫、家に帰ったらいっぺん殴る。
貴奈津は誓うが、ローユンが聞いているので口には出さない。
暴力的な女だと思われるのはイヤである。
時すでに遅しという言葉は知らないふり。
「じゃあ、そろそろ始めるか。
空間制御はすでに出来ている。
一発勝負だ、頼むぞローユン」
振り返ったレイに、ローユンがうなずく。
「わたしの正面に道を開く。
貴奈津は右翼へ」
「了解」
「ぼくも行くよ」
あとを追う月葉をローユンが止める。
「月葉は左翼を頼む」
「どこだっていいじゃないか。
一々指図しないでくれ」
月葉の目前にレイが飛び出す。
「わがままを言っている場合か。
ローユンの指揮どおりに動くんだ」
「誰が決めたんだ、そんなこと」
「一万八千年年前にみんなで決めたんだっ!
ついでに言えば、右翼がナーディ、左翼がおまえ、前衛が……」
ムニャムニャと声が小さくなる。
前衛のラッガートはすでにいない。
「ともかくっ、この戦闘隊形が一番効率がよかったんだ!」
「……わかったよ」
いつにもなく真剣なレイに押され、月葉はスッと左に流れた。
「先行き不安だなあ、月葉のヤツ。
おまえ、どう思う?」
問われたローユンは、だが笑って答えない。
レイはふうと、溜め息をついた。
そこで、いつの間にかイーライが、月葉の背後に廻っているのを見付ける。
「ま、いいか。
あいつは大人だ。
自分のなすべきことはわかってるだろ」
レイがイーライに寛容なのは、彼が異世界宮殿戦に不慣れなことを考慮しているからか、時々パイナップルを買ってもらっているからか。
開始の合図はなかった。
最大級異能力を発動するときにのみ現れる、ローユンの発光現象が始まる。
余波をを避けて、レイは側を離れた。
通常では不可視のオーラが、目に見える光のエネルギー波となる。
しだいに眩さを増していく青白色の光に、ローユンの全身が包まれていく。
「こうなったら、やるっきゃないわね」
側面に光を受けながら、貴奈津は無意識で唇をなめた。
緊張が高まると共に、自分の中でナーディの意識が目覚めくる。
しかし、それは思考として存在するものではない。
感覚として湧き上がるものだ。
ナーディの色は、貴奈津そのものといってもよいほどに近い。
ぴたりと重なる波調は違和感なく受け入れられる。
すでに抜きはなった呼青竜を、貴奈津は強く握り締めた。
「異能力者とはこういうものか。
となると、やはり場違いだったかな、わたしは」
光の中のローユンを見つめ、イーライは冷静に、だが呆れていた。
まともな人間の関わり合う世界ではないな、と、自分はまともな人間の側に立って評する。
月葉からすれば、大いに異論のあるところであろう。
「はたして、こんなものが通用する相手だろうか」
手にした地上最強のハンドガン「チャリオット」には、思いっきり非人道的な、そのかわり威力はとびきりの炸裂弾を装填してある。
しかし、それがなんになる。
そう思わせるほど、異様な超能力戦が始まろうとしている。
チャリオットを心許なく感じたのは、イーライにとってはじめての経験だった。
「ああ、この光景は前にも見た……」
青白色の光の中に浮かぶローユンの横顔を見つめ、だいぶ遅れたことを呟いたのは月葉 である。
月葉にはいまだ、スゥーディの断片的な記憶すらなかった。
ときおり目の前に突き付けられる視覚や触感によって、漠然とした何かが閃くにすぎない。
それでも、自分の中にスゥーディのものであろう感情がわきあがったことはある。そして、今また心の深層に、自分と異質なものが滲み出してくるのを感じて、月葉は戸惑っていた。
「顕れてきたのか、スゥーディの意識が」
はっきりと月葉は認識した。
そして直感する。
おぼろげな輪郭を取り始める、自分の中のスゥーディが、本質的には自分自身とかなり近い存在でありながら、まったく異質な価値観を持つ存在であることを。
「たぶん、そうだ。
だからスゥーディが覚醒しなかったんだ。
ぼくはスゥーディの意識に、ある部分で同調できない」
ローユンの姿に触発されるスゥーディの感情は、暖かくて優しい。
懐かしい、そして大切な人。
それは月葉にとってはありがたくない、どちらかといえば不愉快な感情といえた。
「でも、そんなことじゃない。
もっと他に、なにかがある」
その存在を知りながら、あえて月葉が理解を拒む強い感情。
「おそらく、ぼくはそれを制御できない。
たしかにスゥーディは同じ魂の別人格なんだ。
識閾下でぼくはわかっている。
だからこそ枷をはめスゥーディを抑え込もうとするんだ」
そこまでは分析できる。
だが、それで戦えるのか。
スゥーディの能力を自分のものとしない状態で、はたして三姉妹に太刀打ちできるのか。
自分の不都合には目を瞑り、スゥーディの意識を解き放つべきではないのだろうか。
「シールドが開くぞ、油断するな!」
油断と隙をまんべんなく貼りつけたような顔でレイが叫び、月葉は現実に引き戻された。
自我の不統一性に煩悶している場合ではない。
異世界宮殿を囲むシールドが揺らいだ。
ローユンの正面にあたる位置から、たわみが発生している。
球体のシールド表面を、鈍い光の帯が波状に移動していく。
ぞくりとするような光景だった。
あってはならない、異世界宮殿の封印が揺らぐことなど。
「心臓に悪いわね。
わざとやっているのがわかっていても」
平静を保とうと、貴奈津が深い呼吸を繰り返す。
それでも体が強張ってくる。
チリチリとレイの背中の毛が逆立つ。
額には冷や汗を浮かべているのかもしれないが、毛皮に覆われていてわからない。
異世界宮殿を囲むシールドを、固唾を飲んで見つめ続ける。
突如、異世界宮殿がプラズマ放電を起こす。
一瞬、視界が白く染まった。
「ウキャーッ!」
盛大な悲鳴を上げ、レイが一気に十メートルほど飛び退る。
逃げ足の速さは物凄い。
現れては消え、消えては発生するプラズマが異世界宮殿全体を包み込む。
地球上ではおよそ考えられない巨大な紫色の稲妻が、内部からシールドを撃ち、阻まれはね返る。
「ハア、ハア……ボ、ボクとしたことが、びっくりしちゃって」
よろよろとレイが定位置へ戻ってくる。
「シールドが揺らいでいるのに乗じて、破ろうとしているんだ。
大丈夫か、シールドは保持できるか?」
つい、訊ねるが、今のローユンには聞こえない。
ローユンはシールドの一点を見つめていた。
眼差しの厳しさが、極度の精神集中を現している。
光の中にあって、さらに密度の濃い光の粒子が、髪や衣装に水摘のようにまとわりつく。
生まれてはこぼれ、消えていくそれは、幻想世界の光の真珠だ。
「プラズマの流れが変わるぞ」
間断ない閃光の照り返しを受け、レイが緊張に手足を突っ張らせる。
シールドを撃っていたプラズマが、徐々に収束を始める。
「ポイントを絞ったんだな。
こちら側へ集まってくる」




