61
「……好きの質が、違うと思う」
ようやくの貴奈津の言葉は、月葉の希望には程遠かった。
「どういう意味だよ、それ。答えてよ、貴奈津」
「真剣な顔でせまらないでよ、なんか月葉こわいわよ」
「あ、ごめん」
やや冷静さを取りもどし、月葉が手を放す。
深読みしない貴奈津の性格がありがたいと、つくづく思う。
「あのね、質が違うと言ったのはね、月葉はわたしにとって、もう一人の自分みたいな感じなのよね」
「もう一人の自分?」
オウム返しに月葉が呟く。
「そうなのよ。
月葉とわたしは、なにもかも、全然違うんだけど、それでも魂の半分っていうのかな、分身のような気がする」
貴奈津は真剣に、月葉の質問に答えようとしていた。
茶化していいときと、悪いときがある。
貴奈津にもそれくらいはわかるのだ。
しきりと首を傾げながら、もっとも適切と思われる表現を貴奈津は探した。
「こういうのって、変かしら?」
「わからない。
ぼくは、そういう考えかたをしたことはなかったから。
でも斬新な感覚ではあるな」
「だから、わたしが月葉を好きなのは、たぶん特別な「好き」なのよね」
それが自分にとって、都合のよい特別なのか悪い特別なのか、月葉は少し掘り下げてみた。
「血がつながった姉弟だから特別、ということ?」
「違うと思う。
わたし、つねづね思っているんだけどね、だいたい姉弟ってなによ?
兄弟、姉妹、色々あるけど、生物学的に血がつながっているから肉体は、そりゃあちょっとは似ているわよ。
だけどね、心はまったく別物じゃない。
他人と同じだと、わたしは思うのよね」
「いいこと言うよ、貴奈津にしては」
「なに、その態度。
人がまじめに考えてあげているのに」
「悪い、悪かった、それで?」
「と、いうわけでね、月葉は姉弟だからということじゃなく、やっぱりわたしにとっては特別な、世界でただ一つの「好き」なのよね」
「とりあえず嬉しいよ、ありがとう。
じゃあローユンのことは?」
さりげなく月葉は核心に迫ったつもりだが、貴奈津は肩を竦めて手を広げた。
「正直いって、わかりません」
「なんだよ、それは」
「だってあの人、人間のようでいて人間でないような。
すごく親しい人のようで、近寄りがたいような」
「ただの男だよ」
「あら、ただの男じゃないわよ、ハンサムよ」
「ハンサムなら誰でもいいわけ、貴奈津は!」
「なにを、むきになってるのよ」
「べつに」
「ローユンは心の強くて優しい人よ。
わたし、そういう人って好き。
しかもハンサム。
だから好きなのは間違いないけど、わからないんだなあ、どういう意味で好きなのかは。
ナーディの記憶のせいかしら、ナーディはすごくローユンが好きなのよね。
でもそれは、かけがえのない仲間というか、運命共同体というか、そんなふうな感覚の「好き」なのよ。
完全に親友感覚よね。
わたし、その意識にじゃまをされていて、本当の自分の感情がよくわからない。
ねえ 月葉、わたしってローユンのこと、もしかして恋愛感情でもって好きなのかなあ」
天を仰いで、月葉はベッドに倒れこんだ。
両腕で顔をおおってしまう。
「ああっ、聞くなよ、ぼくにそんなことを」
「月葉が赤くなることないじゃない」
「うるさい」
「でも、ムフフ。
ローユンとイーライ、ハンサムが身近に二人もいるのよーん。
これって、かなり幸運な状況よね」
月葉は慌ててはね起きた。
真顔で貴奈津の腕を掴む。
「イーライだけは、やめておいたほうがいい」
「ほほー」
貴奈津が意味ありげに目を細めた。
そのわけを月葉はわからなかったが、忠告を真剣に聞いていないことはわかった。
月葉は本気で危惧を抱いた。
あんな無節操で恥知らずな男にだけは、けっして近づいてほしくない。
「冗談で言っているんじゃない、あの男は……」
「わかっているわよ」
「は……?」
「イーライは月葉のことが好きなんだものね。
だからとりあえず、わたし、イーライのことは、あきらめよ」
「な……?」
「なぜ知っているかっていうの?
だって、イーライがいつも言っているもの」
「……うそだろう」
「うそじゃないわよ。
ま、とにかく、わたしも割りこんでオジャマ虫にはなりたくないしね」
「誤解だ!
貴奈津は物凄く誤解している! ぼく……」
突如、冷静さを失って叫き立てる月葉を、貴奈津が不思議そうに見る。
「うん、それも知ってる。
月葉には嫌われているって、イーライが言っていたから」
「……」
「でもやっぱり、イーライのじゃまをするのは悪いじゃない」
「悪くない!
いや、ちょっと待って……」
どのような理由であれ、それで貴奈津が、イーライに近付かないというのであれば、ここはよしとするべきではないか。
月葉はそう、思いを巡らせたのである。
貴奈津には、そんな月葉の心の動きが読めるはずもない。
「ちょっと待てというところをみると、もしかすると月葉って……フフフーン」
「違うっ!
勝手に解釈しないでくれ」
「はい、はい」
ベッドから立ち上がり、貴奈津はドアに向かって歩き出した。
「あの……ちょっと、貴奈津……」
引き止めようと思わず持ちあげた手が、空を掴んで虚しい。
「わたし、レイに用があるのよ。
あんまり待たせると、あの猫うるさいから」
じゃあね、と手を振り、貴奈津はドアを開いた。
廊下へ出て、閉じかけたドアから顔を覗かせる。
「あんまりイーライとケンカしないのよ」
ドアが閉じるまえに、月葉はベッドに倒れこんでいた。
気力が尽きたのである。
「せんぜん、わかっていない」
一人天井を睨んで呟く。
「あの男が、どんなにしようもない男かってことに。
イーライなんて最低だ」
舌打ちして、月葉はうつ伏せた。
「それなのに、なぜぼくは!」
手荒く毛布を引きよせ、頭からかぶってしまう。
月葉はまた、新たな葛藤をかかえこんでしまっていた。
そのまま月葉は、長いこと身動ぎもしなかった。




