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異世界猫に異世界宮殿の侵略から地球を守ってくれと頼まれた件  作者: アルケミスト


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 ローユンの隣で、貴奈津も手すりに肘をつく。


「仮想現実も現実か、そうね、体験としてなら、そうともいえるかもね。

 でも、あの世界では傷付くことはあっても、死ぬことはないんでしょう」


「貴奈津が来てくれる寸前、わたしは死ぬと思ったよ。

 もっとも、あとでレイに確かめたところでは、致命傷を受ける前にプログラムがフェード・バックするのだそうだ。

 仮想現実とはいえ、死ぬような経験は精神に非常な負担を強いる。

 個体によっては耐えられないことがあるので、その前に、悪夢から目覚めさせるということだな」


「ふーん。

 だけど夢というには、あまりに現実的すぎるわよね」


「そして、覚めない悪夢もある」


 貴奈津は瞬きし振り向いた。


 言われた意味がわからない。


 ローユンがこちらを見つめていた。


「えーと……?」


「夢を見たね、覚めても記憶の彼方に消え去ってくれない夢。

 約束したのは誰?」


 決して問いつめているのではなかった。


 ローユンの声も眼差しも、暖かく優しい。


 脈絡のない言いかただったが、質問の意味は貴奈津にもはっきりとわかった。


 だから、唇が震えた。


「それは……」


 言葉が声にならないのは、声を出せば、一緒に涙が溢れてしまうと思うからだ。


 表情を見ていれば、それはローユンにもわかる。


 それでもローユンはくり返して聞いた。


「貴奈津、夢の中で誰と約束を?」


 聞きながら、手を伸ばして貴奈津の頬に触れる。


 肌に温もりを感じて、貴奈津の涙腺が一気に弛んだ。


 大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちてしまい、となれば涙を堪えるために声を抑える必要もなくなる。


「わたし、思い出したの。

 たぶん、みんな。

 異世界宮殿のことも三姉妹のことも、ローユンのことも」


 叫びに似た貴奈津の声に、何事かとレイが振り返る。


 貴奈津は盛大に泣いていた。


「そしてラッガートのことも。

 わたし、忘れていたのよね、彼のことを。

 どうしてかな、どうして忘れていたのかな。

 ……思い出すと泣きたくなるから?

 でも、わたし、ラッガートと約束したのに。

 必ずローユンを守るって」


 懸命な口調と、訴えるような強い眼差し。


 際限なく涙を溢れさせながら真っ直ぐみつめる貴奈津の瞳を覗き込み、ローユンは不思議な違和感を覚えていた。


「これは誰だ?」


 という疑問が湧き上がったのである。


 ナーディではなかった。


 同じ記憶を持ち、同じように「あなたを守る」と言ってくれるけれど、目の前の少女はローユンの知るナーディではない。


 ナーディとは違う。


 よく似ているところもあるけれど、貴奈津とナーディは人格的には全く別物なのだと言うことに、ローユンは今さらながら気付いた。


 育ち方が違う、経験も時代も生活も違っている。


 同じ人間のわけがないではないか。


 人格に包まれた魂が同じものだとしても。


「貴奈津」


「だから、大丈夫。

 わたし、ちゃんと約束を思い出したし、なにがあっても、わたしが必ずローユンを守るからね」


 真摯な決意は本物で、疑うべくもなかった。


 頬に当てた手を背中に滑らせ、ローユンは不意に貴奈津を引き寄せた。


 しっかりと胸に抱き締めて呟く。


「ありがとう、貴奈津」


 今までとは別の感情が、言葉に込められていた。


 少し前まで見ず知らずだった少女が、今自分を守るために命をかけてくれようとしている。


 ナーディに対するものとは違う認識が、ローユンの中に生まれてきていた。


 貴奈津を健気だと思い、貴奈津の申し出に心から感謝する。


「貴奈津、悲しい夢を見て一人で泣くな」


「……」


 レイも一緒に泣いたんだけど、と思ったが、貴奈津は黙っていた。


 ローユンの声が優しくて、胸が暖かで、かなり気分がよかったからである。


「思い出はつらいことばかりではなかった。

 だから悲しいことだけを思い出してはいけない。

 わたしはいつも、そばにいる。

 悲しい夢を見たら、わたしが一緒にいてやるから」


「ほんと?」


「約束するよ」


「うん」


 涙が止まりかけていた。


「やっぱりハンサムは効果絶大ねー。

 レイなんかじゃ、こうはいかないわよね」


 などと、意識の片隅で考えている。


 けっこう現金なのではあるが、ローユンが優しくしてくれるのは、確かに心を落ちつかせた。


「もう少し、こうしていようっと」


 ムフフフ、と笑ったらおしまいなので、なんとかこらえる。


 貴奈津はローユンにくっついたまま、じっとしていた。


 それを見ていた者が二人いる。


 レイは椅子の上に立ち上がり、貰い泣きしていた。


 イーライは頬杖をついて、ガラス越しにテラスを眺めていた。


 外の声は聞こえなかったが、レイが一緒になってベソをかいているのを見れば、おのずと状況は知れるというものだ。


 だからローユンが貴奈津を抱きしめたときも、自分でも同じようにしただろう、と思っただけである。


 人が泣いているときは、それがいちばん賢明な方法なのだから。


「とはいえ、月葉が見たら怒り狂いそうなシーンだねえ」


 だからこそ、自分が見ていてやるほうがいい。


 そうすれば眞鳥や月葉が偶然目にしてしまった場合、誤解を解いてやることができる。


 こういうことには、いやに気が利くイーライであったが、それが役立つ状況が生じようとしていた。


 散歩に出ていた月葉が、別荘に戻ってきたのだ。


 目に入らないわけはないのである。


 テラスは道の正面にあった。


「あいつ、貴奈津になんてことを!」


 一方的にローユンを悪役に仕立てると、月葉は地を蹴って駆け出した。


 声が届かない距離でもないのに、その場で「貴奈津をはなせ!」と、怒鳴らないところが根が暗い。


 なにをどうしてやろうとか、考えていたわけではなかったが、月葉は玄関に飛びこみ、階段を駆け上がった。


 その音に気づいたイーライが、手にしていた銃をテーブルに放り出す。


「月葉だ、まずいね」


 急いで階段口に走りより壁に背をつけて、駆け上がってくる足音に身構える。


 眞鳥にならここまでしないが、なにしろ相手は月葉である。


 しかも、平常の精神状態ではないだろう、とイーライは察していた。


 不意打ちをかけるしかない。


 月葉が居間へ飛びこんできた。


 すかさずイーライが足払いをかける。


「うわっ!」


 注意を向けていないと、さすがに月葉も引っかかる。


 みごとに足を取られて床へ倒れこむ。


 その体をイーライがいったん支え、それから今度は押し倒す。


 床に抑え込まれた月葉が、振り返りざまに怒鳴った。


「離せイーライ!」


 両腕を背中にねじり上げられている。


「後ろも見ないで、なぜわたしだとわかった?」


「こんな乱暴なことをするのは、あなただけだ!」


「なるほど。

 とにかく落ちつけ、月葉」


「これが落ちついていられるか!」


 はね除けようと月葉がもがく。


 これはだめかもしれない、とイーライは感じた。


 この体勢でも、月葉を抑えきれない。


「悪いね」


 イーライの指先が手品師のように閃き、押し当てられた。


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