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異世界猫に異世界宮殿の侵略から地球を守ってくれと頼まれた件  作者: アルケミスト


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 湖に面したテラスで、ローユンは器用に手摺りの上に座り、片膝を抱えていた。


 心地よいそよ風を受けながら、一人考えごとでもしているのか、深い海の色をした瞳はなにも映してはいない。


 なぜか静かな別荘の昼下がりだった。


 それもそのはずで、五人の人間が各自バラバラになっていた。


 これでは、話し声のするはずもない。


 貴奈津は自分に割り当てられた寝室にこもっている。


 宇宙艇から降りてすぐ、一目散に走り込んだのだ。


 バーチャル・リアリティから引き戻されたとき、カプラーに沈んだまま現実でも涙に濡れていたのが、いきなり照れくさくなったためらしい。


 月葉は悩み事を抱え込んだ顔つきで、一人散歩に出ていった。


 貴奈津たちと入れ替わりに、眞鳥とイーライも宇宙艇に乗り込んだが、やはり二人ともバーチャル・リアリティに嵌められたようだった。


 出てきた眞鳥は、なにごとかブツブツ呟きながら、部屋へこもってしまい、イーライは思い出したように、居間で小型拳銃の分解掃除を始めた。


 手を動かしながら、時々、


「ああ……」


 などともらしているのは、仮想現実世界でよほどの目にあわされたためだろう。


 避暑地の別荘に、イーライは護身用小型拳銃はともかく、彼の言うところの地上最強のハンドガン・チャリオットまで持ち込んできていた。


 一種の職業病といえるかもしれない。


 そんなわけで眞鳥家の別荘周辺では、小鳥の囀る声と、風が梢をわたっていく音しか聞こえない。


 ローユンの瞳に焦点が戻った。


 視線がテラスの斜め下方に向けられる。


 木立の間に吊られたハンモックで、レイが寝息をたてていた。


 だから、よけい静かだったのだ。


 心地よさそうなレイを見て、ローユンの表情が和む。


 能天気な異世界猫は、そのことだけでも存在価値があるといえた。


 レイのヒゲがぴくぴくと震える。


 どうやらお目覚めのようだ。


 ハンモックを揺らし大きく伸びをして、次にプルルと首を振り、それからテラスのローユンを見上げて、


「やあ!」


 と言った。


 レイがそのままテラスヘやってくるかとローユンは思ったが、そうはしない。


 ふわりと建物の後ろへ飛んでいってしまう。


 レイの消えた方向に目をやり、ローユンはその後の展開に問き耳をたてた。


 予想通り、レイが窓の外で叫ぶのが聞こえてくる。


「貴奈津ぃ貴奈津ぃ、午後のアイスミルクを一緒にどうだっ?」


「うるさいわね。

 乙女が物思いに沈んでいるときは、そっと静かにしておくものよ。

 どうして、あんたってそんなに礼儀知らずなの」


 窓が開け放たれているので、貴奈津の声もテラスまで聞こえる。


「ミルクをくれたら、静かになるんじゃないかな。

 ことわざにもあるだろう、衣食足りて鰹節を削る」


「あんたに礼節を説いたわたしがバカだったわ。

 一生、鰹節を削っていなさいっ」


「……違ったかな?

 まあいい、とにかくミルクを飲もう」


「飲みたいのはあんただけでしょう。

 冷蔵庫にパックがあるから、一人で飲めば」


「それじゃ、つまらないじゃないか。

 な、いっしょに飲もう」


「うーん、しかたない、つきあってあげようかな」


「よし、それじゃ、ちゃんとグラスに入れて、あ、ストローを忘れるなよ。

 ストローで飲むのがおいしいんだ。

 テラスで待っているからな、早く持ってくるんだぞ」


「なまいきっ!

 あんた、自分を何様だと思ってるのっ」


 貴奈津が怒鳴り終えるより先に、レイはテラスヘ飛び出してきていた。


「ニャハハハハ」


 飛んできて、ローユンの肩をバシバシと叩く。


 とりあえずされるがままになっていた。


 おそらく、たいした意味はないと思ったのだ。


「また明日も、バーチャル・リアリティで戦闘訓練、やろうか?」


 レイも手すりに腰をおろす。


 ローユンは黙って首を振った。


「なんで?」


「貴奈津たちがやりたいというなら、やらせればいいと思う。

 しかし、わたしは二度とごめんだ」


「なんで?」


 アクセントを変えて、同じ言葉で訊ねる。


「あのプログラムはきつすぎる」


「でも、うまくいっただろう。

 おまえはちょっと、ケガをしちゃったけどな。

 痛かったか?」


「拷問に近い」


「そんなふうには見えなかったけどな。

 貴奈津はギャアギャア騒ぐし、月葉もちょっとは悲鳴も上げるけど、おまえとかイーライは、ほとんど声も出さないじゃないか。

 痛いの平気なんだろう?」


 痛みがあれば、じたばたと騒ぐのが当然だとレイは思っている。


「違うんだよ、レイ」


「ふーん」


 わかっていない。


 おそらく説明してもわからない。


 ということは、イーライもずいぶんと酷い扱いを受けたことになる。


 ローユンはその点に思い至り、居間のほうへ目を向けた。


 居間とテラスは続いているから、広いガラス窓を通して、イーライがテーブルに向かっているのが見える。


 分解掃除も終わったようで、弾倉に弾丸を詰めている。


 わざわざこんなところに来てまでやる必要のないことだが、馴染んだ仕事道具に逃避したくなったのだろう。


 気の毒に。


 ローユンはイーライに同情した。


「ときに、レイ。

 貴奈津がナーディの記憶を取り戻しているとは知らなかったが」


「細かいところは怪しいものだが、ほとんどな」


「今まで、そんな素振りは見えなかったので、気付かなかった」


「普段はわざと、忘れるようにしてたみたいだぞ。

 前世の記憶に同調しちゃうと、すぐに泣きたくなるんだそうだ」


「かわいそうに」


「ボクだってかわいそうだ。

 かわいそうなのは、おまえも同じだ」


 レイは含蓄のあるのかないのか、わからないことを言う。


「月葉のほうは?」


「仮想現実世界での戦い振りを見ていればわかるだろう。

 なにも思い出していないに等しいぞ、あいつは。

 だからひととおり、口で教えられることは講義してあるけど、知識があっても体が動くわけじゃない。

 かといって、衝撃的な仮想現実を作りあげて、そこへ放りこんで無理矢理思い出させるというわけにもいかない。

 記憶とか意識とかいうのは微妙なものだからな、あんまり外側からつつくといい結果は生まないだろう?」


「月葉の中に、なにか覚醒を拒むものがあるのかもしれない」


「面倒くさがってるだけじゃないのか?

 根性が足りないんだ、きっと」


 レイが安直に決めつける。


 そこへ貴奈津がやってきた。


「あれっ、ローユンもいたの」


「お邪魔だったかな?」


「まさかあ。

 でも、ローユンもなにか飲む?

 欲しかったら、わたし持ってきてあげるけど」


 アイスミルクのグラスを二つトレイに載せている。


「いや、いい。ありがとう」


「そう?」


「早くミルクをよこせ、ミルク、ミルク!」


 椅子に飛び乗り、レイがテーブルを叩く。


「うるさいわね、あんたは」


 喚き立てるレイの前にグラスを置き、隣の椅子を引いて貴奈津も腰かける。


 さっそくレイがミルクをすする。


「ニャハー、甘くておいしい」


 ストローで一口飲み、ニンマリする。


 アイスミルクには砂糖と蜂蜜が入れてあった。


 レイの好みだ。


 喜ぶレイを横目で見ながら、貴奈津もストローに口をつける。


「ん、冷たくておいしい。

 ほんとになにもいらないの、ローユン?.」


 再度、気を使った貴奈津に、ローユンが笑って手を振る。


「ふーん」


 と貴奈津は首を傾げ、居間ヘチラリと目をやった。


「イーライと同じね。

 彼、ミネラルウォーターなんか飲んでいたわよ。

 好きなの? って聞いたら、そういうわけじゃないって。

 だったら、ジュースでも持ってきてあげようかって言ったんだけど、やっぱりいらないと言ってたわ」


 レイがストローを持ちあげて、端っこについたミルクをペロリと舐めた。


「イーライは、あまり間食をしないんだそうだ」


「どうしてよ」


「太るから」


「ギクッ!」


 ストローヘ口を近づけようとして、貴奈津の動きがピタリと止まる。


 無関係を装うには、身につまされる言葉だった。


「あーレイ、これ、よかったら飲んで。

 わたしはもういいわ」


 ほとんど減っていない自分のグラスをレイに押しやる。


「なにっ、いいのか、いいのか?

 あとで返せと言っても、もう返さないぞ」


 たちまち短い腕の中へ二つのグラスを囲い込む。


「やっぱり返して」


 と言ったら血を見るであろう、というくらいレイの目つきはマジである。


「言わないわよ、はは……」


 力なく笑い、貴奈津は片手で頬杖をついた。


 その顔の向きがまずかった。


 手すりにもたれてこちらを見ていたローユンと、ばっちり目があってしまう。


 ローユンは笑みを浮かべていた。


 貴奈津は冷や汗を流した。


「まずいわっ、もしや、読まれてしまったのでは?

 そんな、わたしは体重のことなんか、ぜんぜん気にしていないのよ、ほんとうよっ」


 心のなかで叫んでみるが、口に出して叫べば、これは墓穴を掘るというヤツであろうと思うから言わない。


 勝手に考え落ちをやらかし、貴奈津の顔が赤くなる。


 見ていたローユンが、声を出して笑ってしまう。


 やはり読み切っていたらしい。


「ところで貴奈津」


「ギクギクッ」


 わたし、ダイエットしているわけじゃないのよ。


「さっきはありがとう。

 まだ礼を言っていなかった」


「え、なんのこと?」


「仮想現実世界で、わたしを救ってくれた」


「ああ、でもあれは、本当のことじゃないから。

 別にお礼なんていいのよ」


 ひらひらと手を振り、貴奈津が椅子から立ちあがる。


 ローユンが手まねきをしていた。


「あれほど高度なシステムにおいては、仮想現実と現実の区別はないと、わたしは思っているよ。

 貴奈津がわたしを助けてくれたのは、まぎれもない現実だ」


「そうなのかしら」


 二人で話しはじめたローユンと貴奈津を、レイは首を傾げてみていたが、すぐにアイスミルクのほうに興味を戻した。


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