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岩砂漠といった雰囲気の、草一本ない寂寞とした荒野だった。
空まで鈍く重い。
「わざわざこんな陰気な場所を選ばなくても」
三百六十度を見渡してから、月葉は先程と同じく地面に手を伸ばしてみた。
指に触れる岩地のざらついた感覚。
手を戻してみると、指先に細かい砂がついていた。
手を叩いて払い落とす。
「なんにしても、みごとなものだな。
完璧な現実感だよ」
ゴトリという音を背中に聞き、ふりかえりもせずに月葉は横あいへ身を投げた。
気配が肉薄していた。
振り返っていては、間に合わない。
一瞬前まで月葉がしゃがみ込んでいた地面を、怖ろしい勢いでなにかが転がっていった。
そして二十メートルほど行き過ぎて停止する。
くるりと月葉にむきなおった、らしいが、直径二メートルほどの球体だから、はたしてどちらが前かわからない。
表面を金属光沢のあるい鱗が、びっしりと覆っている。
「荒っぽいな」
膝を付いた姿勢から、月葉は立ち上がった。
痛みを感じて両腕をかざし見る。
受け身を摂って一回転したのだが、ごつごつした岩地だったため、何カ所も血が滲むほどすりむいている。
しかし、呻いている暇はない。
球体が再び動き出していた。
「呼蝶蘭!」
珍しく月葉が叫ぶ。
速度を上げて向かってくる球体には、それだけの迫力があった。
鱗は体を切り裂くだろうし、力尽くで食い止められる大きさでもない。
月葉は剣を抜き放って、地表を砕きながら迫る球体を待ち受けた。
接触の寸前に身をかわし、振り向き様の一線を叩き込む。
火花が高く飛び散り、金属のぶつかり合う音と共に、月葉の剣は跳ね返されていた。
「なんだって!」
呼蝶蘭にも斬れない魔獣が存在するのか。
そうではない、技量のせいなのだ。
闇雲に振り下ろすだけでは、この球体を斬ることはできない。
名刀を手にしても、全ての者が名剣士たるわけにはいかないように。
「……ありがたいよ、レイ。
絶好の相手を選んでくれたみたいで」
球体に向けて斜めに構え、月葉は剣を後ろへ引きよせた。
ゴトゴトと球体が転がり出す。
その動きがふいに止まり、表面の鱗が瞬きより速く立ち上がった。
目には見えなかったが、月葉は勘だけで剣を跳ね上げた。
鋭い金属音を弾けさせ、飛来した鱗が叩き落とされる。
だが一枚を避けきれなかった。
「あっ!」
左上腕部を異物感がかすめ去る。
痛みはその後でやってきた。
思わず傷口を抑え、凶器を地面に振り返る。
一枚の鋭利な鱗が半ばまで、固い地面に突き刺さっていた。
それを目にして、一瞬、月葉の視界がぶれた。
そんな気がした。
鱗と二重写しになったものがある。
「ジェナリマの戦輪」
地面の鱗を見つめて、月葉は凍りついた。
空中でふいに足場を失い落下していく感覚、そしてその反動。
月葉は地面に剣を振り下ろした。
突き刺さった鱗が粉々に砕け散る。
斬ったのではなかった。
衝動的に叩き付けた呼蝶蘭が、地面に小爆発を起こしたのである。
無意識に剣に込められた月葉の異能力が、衝撃波となって岩地を共に粉砕したのだ。
月葉は激しい悲しみと怒りの感情に襲われていた。
しかし、たしかに悲しみなのか、はたして怒りなのか、ないまぜになっていて、じっさいは月葉にはよくわからない。
自分の感情ではないのである。
それは、閃くように月葉の上に現れた、スゥーディの意識なのだった。
「そうか、これがスゥーディなのか。
だとしたら……似ている」
おそらく外側へ現れる正確には、かなりの違いがあっただろう。
それでも、月葉にとって根本的なところで、スゥーディの精神はなじみ深いものだった。
自意識を圧倒しかかるスゥーディの感情に、月葉は深く同調していく。
感情のはけ口は、鱗を閉じゴトゴトと動き始めた球体へ向けられた。
剣を構える月葉の表情に、いつもと微妙に違う色がある。
鱗がかすめきった傷口は、思ったより深かった。
しかし月葉は痛みも感じていなかったし、下げた左腕を伝い指先まで濡らす血に、気付いてもいなかった。
腕を組み、ローユンはコックピットのカプラーで目蓋を閉じていた。
「レイ、少しやり過ぎだ。
月葉の傷は浅くないぞ」
レイはお腹の上で指を組んでおり、カプラーに深々と埋もれている。
「うーん、あんなに傷つくとはなあ。
それほど危険なプログラムじゃなかったはずだけどな。
単に月葉が避け損なっただけじゃないのか。
だとしたらコンピュータのせいじゃなくて、不可抗力だな。
ま、あまり心配ないと思うぞ。
ひどいケガはさせないプログラムになっているから。
痛いのはバーチャル・リアリティでも、やっぱりいやだからな」
「それなら、いいが」
「痛くて泣いているわけでもないからな、ほっとけ、ほっとけ。
それよりも、ほっといたら、どーしよーもないヤツがいるから、そっちの方策の相談だ」
声をあげてローユンは笑った。
明るい笑いである。
「貴奈津ほ、とてもおもしろい」
「おもしろいか?
違うだろう、ボクは見ちゃいられないけどな」
月葉と分けられ、一人で魔獣の前に放り出された貴奈津は、力一杯、あくまで逃げま くっていたのだった。
レイがわざわざ、貴奈津のいやがりそうなタイプの魔獣をセットしたためでもある。
貴奈津は見た目に気色悪いのがいやである。
それは弱点であって、克服しなければならないとレイは考えた。
だがその親心が、きっちり裏目に出たらしい。
「ナーディとは、やはり別の人格なんだな。
ナーディであれば、間髪入れず斬りかかっているところだが」
「なんで、貴奈津はああなんだろうな。
情け無いにも程があるぞ」
「慣れの問題だろうと思う」
「そこでだ、ボクに考えがある」
ニタリと笑ったレイの口元から、丸くて短い牙が覗いた。
「良い考えだと良いが」
「良いに決まっている。
だから、おまえも貴奈津の所へ行け。
貴奈津のやる気を引き出すんだ」
「わたしが行っては逆効果では?」
「大丈夫だ、おまえは餌になるんだから」
「……エサ?」
あまりうれしくない予感と共に、いきなりローユンは貴奈津のいる世界に送り込まれた。




