表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界猫に異世界宮殿の侵略から地球を守ってくれと頼まれた件  作者: アルケミスト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/99

52

 夜になると、涼しいのを通り越して肌寒かった。


 吹き抜けになった広い居問の、デルタ型暖炉に火が入っている。


 暖房が必要なほどではないが、別荘気分の演出という狙いだ。


「うう、わたしまだ体が暖まらないわ」


 貴奈津は暖炉の一番近くに席をとっていた。


 絨毯の上に座り込み、低いテーブルを置いての夕食時である。


「調子にのって、いつまでも水に浸かっているからだよ」


 パンを口に放りこみながら、月葉の声がそっけない。


 献立はパンの他にシチューだけだが、とりあえずレトルト・パックのお世話にはなっていなかった。


 レイがペロリとスプーンをなめる。


「あれしきのことで弱音を吐くとは、根性が足りないんじゃないか?

 ボクは平気だ」


「あんたはドライスーツを着てたでしょうが。

 体を張ったわたしと、いっしょにしないでちょうだいね」


「貴奈……」


 言いかけてパンを飲み込み、月葉が一呼吸置く。


「貴奈津、そういう言いかたはちょっと……」


「わたし、なにかおかしなことを言った?」


「いや、とくにおかしくはないけど、その言いかたって変に誤解したがる男もいるからさ」


 あえて名指ししないが、イーライとローユンのことを月葉は気にしていた。


 だが貴奈津にはよくわからない。


「イーライ、わたしなにか変なこと言ったかしら?」


「別に。

 ……ねえ?」


 関心なさそうに答え、隣でシチューを口へ運んでいるローユンに相槌を求める。


 ローユンが、ただ黙って肯く。


 それみなさいと言わんばかりに月葉を見て、貴奈津はシチューの残りにとりかかった。


 そこでふと気付き、顔を上げる。


「ところでお父さん、マスのアーモンド・ソテーはどうなったの?」


「釣果、不如意」


 わけのわからないことを呟く。


 貴奈津が眉をしかめて視線をふると、月葉は無言で肩をすくめた。


「ふーん、要するに釣れなかったわけね。

 いいわ、明日はわたしが釣ってあげようじゃないの」


「ボクもいっしょにやってやろう」


 即座にレイが参加表明をする。


「うん、いいわよ」


「まだ釣りはやったことがないんだ。

 湖にマットを浮かべて昼寝をしてもいいな、気持ちいいぞ。

 仕かにもマウンテン・バイクに乗ったり、あと芸術的に風景画を描いてみたりとか」


「あんたの絵は……」


「なにっ!」


「いえ、べつに」


「それから、森の中へ探検に行ったりもしような」


 次から次へと遊びの計画を立てまくるレイに、眞鳥が遠慮がちに言う。


「レイくん、せっかくの楽しみに水を差すつもりはないが、君を見ていると少々不安になるのだが」


「なにがだ?」


「もちろん異世界宮殿のことだがね」


 ニャハハハハとレイは笑った。


「あれなら大丈夫だ、心配するな。

 とりあえず今、小康状態ってやつだからな、緊急にどうこうっていうものじゃない。

 それにな、時には戦士にも休息は必要だ」


「言うことだけは一人前ね、あんたって」


「そうか?

 ウヒャヒャヒャ」


 なぜかレイは嬉しそうに笑った。


 ほめられたのだと勘違いしたらしかった。




 暗いテラスヘ出て一人、所在なげにイーライは夜を眺めた。


 貴奈津と月葉の二人は、夕食の後片付けをしている。


 イーライも手伝うつもりでキッチンヘ行ったのだが、月葉に冷たく追い出されてしまった。


「可愛げがないね、まったく」


 呟く言葉とは裏腹に、にやにや笑いを浮かべている。


 月葉の反応をおもしろがっているのだ。


 しかも、その事を月葉の前で隠しもしないものだから、よけい月葉に嫌われる、という図式をイーライはわかっていたが、だからといって反省も気兼ねもするつもりはなかった。


 月葉から見れば、始末におえないというやつであろう。


 イーライの視線がスッと湖に流れる。


 夜の湖面に彼の興味をひくものがあった。


 片手をついて軽々と手すりを飛び越え、イーライは斜面に張り出したテラスから身を躍らせた。


 三メートルほど下の地面に危なげなく降り立つと、急ぐでもなく湖へ向かう。


「いいねえ、便利そうだ」


 湖上に伸びるの桟橋の端まで行くと、イーライはのんびりと感想をもらした。


 おかしな感想ではあった。


 人の形をした黒鳥が舞いおりて、湖面に大きな円形の波紋を広げる。


 その中心に立ったローユンが、桟橋に佇むイーライを見て足を踏み出した。


 一歩ごとに細波を揺らし、水面のすぐ下にガラスの床でもあるかのように、湖の上をゆっくりと進んでくる。


 時々立ち止まっては水中を覗き見る。


 その行動になんの意味があるのか、イーライにはわからない。


 桟橋に後数メートルというところで、ローユンは水面を蹴った。


 優雅に宙に舞い、物理法則を無視した放物線を描いてイーライの隣に着地する。


「夜の湖面を散歩とは、なかなかに風情があるね。

 いや、よい見ものだったよ」


 あまり熱心とはいいがたい拍手を、イーライはして見せた。


 かといって皮肉な感じではない。


 ローユンが笑みを溢す。


「あなたは少し変わっているな」


「きみほどではないよ」


「わたしはなにも変わっていない、ごく普通の人間だ」


「普通、という言葉の定義を間違って憶えているね。

 それとも、努力して忘れることに したのかな。

 たとえば鯨が空を飛んで、狸が水面を走っても、きみはやはり、普通だというの?」


 イーライのおかしな例えに、唐突になにかを思い出したらしくローユンが首を捻った。


「たしか水面を二本足で走るトカゲがいると聞いたことがある」


「バシリスクのことかな。

 あれはみごとなものだ、速い、速い」


「見たことが?」


「テレビで」


 夜の湖畔に佇む二人の美青年。


 眞鳥家のメイドたちが見たら、うっとりするような光景であろうが、会話の内容を知れば、もう少しましなことを口にしてくれと懇願しそうだ。


 さらにましな展開が望めない声が、別荘のほうから聞こえてきた。


「おーい、ローユーン」


 両手になにか持ち、一直線に宙を飛んでくる。


 二人の前まで来て、レイは急停止した。


「なんだ、イーライもいたのか。

 暗くてよく見えなかった」


「都合が悪いようなら……」


「そうじゃないけど」


 言ったもののレイは少し困った顔をして、両手に一つずつ持ったカップ・アイスを眺めた。


 だがすぐに割り切ったらしい、イーライを無視してローユンにカップを差し出す。


「眞鳥がアイスクリームをくれたんだ。

 二つもらってきたから、いっしょに食べよう。

 ハーゲンダッツのクッキーズ&クリームだ、これはおいしいんだ」


「ありがとう」


 ローユンが受け取ると、レイはカップのフタを取りながらイーライをチラリと見た。


「おまえのぶんはないからな」


 声を出さずにイーライは笑った。


「気にすることはないよ、レイ。

 わたしはもともと、間食をほとんどしない」


「なんで?

 ボクは間食、大好きだけどな」


「太るよ」


 レイに向けた一言だったが、なぜか、ローユンがスプーンを動かす手をピタリと止めた。


 しかし、貰っておいて食べないわけにも行かないと思ったのか、またアイスクリームを突き出す。


 その一部始終をイーライは横目で見ていたが、自分にも思い当たることがあるのか、余計な突っ込みはしなかった。


 この地球人男性の複雑な心理は、永遠にレイにはわからない。


「太ると何か困るのか、おまえ」


「……体重が増えると動きが鈍くなる。

 わたしの場合、それは仕事に差し支える」


 嘘ではなかったが、口に出さないもう一つの理由があった。


 女性受けの問題である。


 ハンサムでスタイリストのイーライも、プロポーションの維持に、何の努力もしていないわけではないのだ。


 レイが首を傾げる。


「そうかなあ。

 おまえくらいの身長があったら、もうちょっとお肉がついていてもいいと思うけどなあ」


「こう見えてもわたしは、けっこう体重があるのだよ」


 口に出してから、イーライは目を伏せた。


 よけいなことを言ってしまった。


 その傷口をローユンが広げる。


「それはわかるな」


「……」


 イーライがしばし言葉を失う。


 内心で「この野郎は」と思ったかもしれない。


 しかし悪気があったわけではなく、ローユンの意図は別のところにあった。


「細身に見えるが、イーライのようなタイプは見た目より体重がある。

 無駄がないだけなんだよ」


「そうなのか?」


 聞きながらレイは空中にパンダ座りして、せっせとアイスクリームを食べ続ける。


「貴奈津と月葉を比べてみればわかる。

 レイは、あの二人のどちらが体重があると思う?」


 おかしな方向へ会話が展開していく。


 とりたてて問題のある内容ではないが、引き合いに出された貴奈津はいい迷惑だ。


「貴奈津に決まってる」


「違うな。

 月葉のほうが重いはずだ。

 見た目が似たようなものなら、男のほうが確実に体重がある」


 ローユンが視線をふると、イーライが大きく肯いた。


 しかし、レイは納得しない。


「そうかあ、そうかあ?

 身長は月葉のほうがあるけど、触ってみると、貴奈津のほうがお肉がついているぞ」


「触った……?」


「うん、色々ぷよぷよしていて柔らかいからな。

 触ると気持ちがいいんだ。

 たとえば……」


「待て待て待て!

 レイ、それ以上言ってはいけない。

 貴奈津のいないところで、それ以上聞くと、わたしの人格が疑われる」


 真剣に焦ってローユンが止める。


 イーライも加わりなかば必死で訴えた。


「レイ、きみにはわからないかもしれないが、そういう話は非常にまずい。

 知られたら貴奈津に嫌われてしまうし、へたをすると月葉に殺される。

 貴奈津のその手の話は、わたしたちにしてはいけない」


「なぜだ。

 ローユンが先に言い出したんじゃないか」


 レイが口を尖らせる。


「わたしが悪かったよ、レイ。

 謝る。つまり……」


 うまい説明がみつからない。


 なにもわかっていないレイに、どう言えば納得してもらえるのか。


 束の間考えたが諦め、ローユンは話を逸らすことにした。


「湖を調べてみたのだが」


「で、どうだった?」


 興味の向きが切り替わった。


 レイが身を乗り出す。


「水深も問題ない。いけると思う」


「そうか」


 満足げにレイはニタリと笑った。


 なんのことかとイーライは二人を見たが、特に口を挟むことはしなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ