44
「ウギャッ!
なんだこの大量の魔獣は。
数え切れないじゃないか、バカヤローッ!」
空中で一回転して全方位を見回し、レイの理性が吹っ飛んだ。
ここまで多くの魔獣を一度に相手にするのは、はじめてだった。
巨大イモ虫タイプ、軟体動物タイプ、背中にウツボをたくさん生やした空飛ぶマンタ、お馴染みのものから初見のものまで、剣に頼って各個撃破していては、到底間に合いそうもない大群である。
「頭の中まっ白」
状態に陥り、レイはギャアギャアわめき続けるだけで、四人の地球人が異能力者だということを忘れ去っていた。
しかし四人は忘れなかった。
異能力者には異能力があった。
瞬時に四人が四方向へ異能力を放つ。
ナーディとスゥーディの衝撃波が魔獣ごと壁を撃ち、戦車砲を思わせる轟音を響かせる。
床上一メートルをローユンの真空刃が薙いでいき、超音速衝撃音を生ずる。
吹き飛ばされた魔獣をラッガートの異能力が灼熱の炎に包みこむ。
五人の周囲で床が壁が灼け溶ける。
それらが全て、同時に起こった。
「待て!」
真空波を放った刹那、ローユンは叫んでいた。
声は切迫していた。
自分たちの放った衝撃波が真空波が、あらゆるものを焼き尽くすレーザー・ウェーブが、突如方向を転じて五人に襲いかかってかってきたのである。
異能力を繰り出すとき、異能力者は身を守るシールドを解いている。
そうでなければ攻撃はできない。
しかし、自分の放った異能力が、瞬時に自分に跳ね返ってくるとしたら。
躊躇している時間的余裕はなかった。
ローユンは叫ぶと同時に全員を包むシールドを張っていた。
しかし、誰か一人でも連続して攻撃をしかけていたら、シールド内で自分の身に異能力撃つことになる。
「頼む、わたしの声が届いていてくれ」
全く確信はない。
できるような状況ではなかった。
破壊音とソニック・ブームの渦巻くただ中に、五人はいた。
凍り付くような一瞬は、息苦しくなるほど長くローユンには感じられた。
「跳ね返ってきている、衝撃波が!」
目の前のシールドを見つめ、ナーディが愕然とする。
衝撃波と共に、巻き込まれた魔獣がシールドに叩きつけられ、灼け溶けた構造物が降り注いでくる。
「ありがとう、レイ。
助かりました。さすが……」
振り返ったスゥーディの言葉はそこで途切れた。
レイは空中で硬直していた。
「シールドを張ったのはローユンだ」
ラッガートにはローユンの制止が聞こえていたのだ。
「……能力障壁だ」
レイが口だけ動かした。
目を開けたまま気を失っていたわけではないらしい。
ブルブルッと頭を振る。
「ウッガーッ!
死ぬかと思ったじゃないか。
いつのまにこんなもの開発したんだ、ジェーロのヤツ」
「叫いている場合じゃないわ。
見なさいよ、ジェーロが勝ち誇っている」
無傷のゴンドラに乗り、ジェーロがさも嬉しそうに笑っていた。
周囲を見回し、一体の魔獣も生き残っていないことを確認すると、ローユンは保持していたシールドを解いた。
「ウフフフ……」
「やめろ、人でなしジェーロ!
おまえの笑い声は虫酸が走るんだっ」
三姉妹を相手にすると、レイはいつにも増して口が悪くなる。
フフと最後の笑いを納めると、ジェーロは五人を見下ろした。
「さすがに、なかなか死んでくれぬな、おまえたち。
もっとも、あまり簡単に死んでもらっては、楽しみがないというもの」
「勝手なことをほざくな!」
ラッガートの右手が閃く。
驚異の速度で短剣が放たれ、ジェーロの顔を正確に狙う。
完全に意表をついたラッガートの一投を、ジェーロは避けきれなかった。
「あっ!」
驚愕の声を漏らすジェーロの頬を、銀光が抉った。
流れたライラック色の髪を巻き込み、短剣が鈍い音を立てて平に突き刺さる。
蔦がうねった。
いつのまにかラッガートは、双刀の一方を短剣に持ち変えていた。
続けざまの第二投はしかし、ジェーロに素手で払い除けられる。
頬の傷口にジェーロが手をあてた。
流れ出る血が指に絡む。
「わたくしを傷つけたな。
この代償、おまえたち全員の命で支払ってもらうが、よいな」
「カッコつけるな、冷血漢!
おまえが今までやってきたことはどうなる。
おまえの命なんかじゃ、てんで軽すぎて、到底償いきれないことだぞ」
「好きに言うがよい。
口のきける間は」
蔦に縫い止められた髪を引き抜き、ジェーロは身を翻した。
背後の壁に深い空洞が現れ、その中へ飛び込む。
「逃げるな、こらっ!」
レイが叫ぶ。
空洞はジェーロの姿を飲みこみ、そのまま闇へと続いていた。
どういう構造なのか、中からはなんの物音も聞こえてこなかった。
「また、大ムカデが出そうだ。
なんで異世界宮殿の中というのは、どこもこう、ばかでかいんだ」
一行は屋内競技場なのか通路なのかわからないところを、レイを先頭にして進んでいた。
レイが首を廻らしたので、つられてナーディも周囲を見回す。
「場所が有り余っているんじゃないの。
それよりジェーロが逃げたのは、ほんとにこっち?」
「この方向が、異世界宮殿の中心部に間違いないんだ」
「答えになっていないわよ、レイ」
「えーい、ゴチャゴチャとうるさいヤツ。
ジェーロの逃げた方向なんて、ボクが知るか」
「えっ。
この道を選んだのは、それなりの根拠があってのことじゃないの?」
横合いからレイの顔を覗き込む。
わざとらしく視線を前方へ向けたまま、レイはしらばっくれて飛んでいた。
「構わないんだよ、ナーディ。
どこへ向かおうと、また三姉妹のほうから挨拶にくるさ」
「そ、そう?」
ローユンは笑っていた。
ナーディが後ろを振り返り順に目を向けると、ラッガートとスゥーディがそれぞれ黙って肯く。
先程「ボクの勘では、こっちだ」などと怪しげなことを言い、先に立って飛び始めたレイに、誰も異議を唱えなかった理由が飲み込める。
「ところで、レイ。
きみの言っていた能力障壁だが」
「うん?」
「あれは、どういう仕掛けになっている?
異能力を物理的に跳ね返すことができるとは、思いもよらなかった」
レイのヒゲがピンと立っていた。
恐怖がよみがえったらしい。
「あれはな、直接跳ね返しているんじゃないんだ。
そんなことができるのは、そういうタイプの異能力者だけだと思うぞ。
能力障壁というのはだな、空間の切り貼り装置だと思えばいいんだ」
「というと、攻撃を受けた面を入り口として、まったく別の場所に出口を作り、連続した空間を、切り放して配置するということか」
「そういうことだ。
だけどまずい、あれは物凄くまずいよな。
まさか全ての方向にバリアーがあるとは思えないけど、めったやたらに異能力を使うと、どっから返ってくるか見当も付かないからな」
「では、接触型に頼るしかないということになる」
「あとはサイコロジカル・マジック、言いかえれば精神感応型・多重力場三次元転移増幅装置……ああ、くどい。
つまりおまえたちに持たせた剣だな。それなら直接攻撃だから大丈夫だ。
なんとかなるだろう」
考えが浅いというのか、動じないというのか、一向に深刻にならないレイを見て、ナーディは溜め息をついた。
レイは自分を映す鏡のようなものなのだが、それには気づかない。
「あんたは気楽でいいわね。
でも、まあ……」
そこまで言って、振り返る。
スゥーディが後を続けた。
「どのみち三姉妹は、遠隔型異能力の通用する相手ではありませんしね」
「そう、そう」
双子の姉妹が、同じ青紫色の瞳を交錯させて頷き合う。
「いい度胸をしているな、おまえたち」
ラッガートの声は、笑いを含んでいた。
「そうですか?」
「ああ。
おまえたちがいれば、勝てそうな気がするよ」
先頭にいたレイが、その声を聞きつけ飛んでくる。
「おい、ラッガート。
気がする、じゃ困るんだ。
絶対に勝つんだ。
言っちゃあなんだが、ボクはおまえの剣を、すっごく頼りにしているんだからな」
「そいつは、どうも」
「なんだ、その曖昧な返事は。
ビシッとしろ、ビシッと。
おまえ職業軍人だったんだろう」
「まあ、そういうことだな」
「だったら軍人というのはだな、いついかなるときも不敵、重厚、峻厳がイメージでいて貰わなくちゃな」
「……」
それは無理ではないか、とラッガートは思う。
軍隊で指揮を執っているときならいいが、笑い目の異世界猫や双子の少女などが、今のラッガートの戦友なのだ。
このような状況で、重厚さ峻厳さなど保っていられるのは人間ではあるまい。
「おまえは体も大きいから、いいよな」
意味不明の一言を残し、レイは先頭へ戻った。
ローユンが肩越しにラッガートを見て、堪えきれずに笑っている。
「我々の場合、体格と強さは無関係だぞ。
なにが言いたいのだ、レイは」
ラッガートは肩に落ちたマントをはねあげた。




