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出たのは、観客席を取り払ったコロシアムのようなところだった。
しかし野外ではない。
プラネタリウムを思わせる球形天井は、得体の知れない構造物で埋まっていた。
「いたぞ!」
レイが指さす。
天井の一方の端に、絡まる蔦で編んだゴンドラが下がり、その上にジェーロが腰かけていた。
まどろみから、たった今覚めた貴婦人の如くに、上体を半ば横たえたポーズである。
五人に遠目の一瞥をくれ、ジェーロは物憂げに溜め息をついた。
「呼びもせぬのにやって来るとは、不躾な者どもめ……」
レイが全身の毛を逆立てる。
ピキピキと音がするんじゃないかとナーディは思った。
「なにいっ、しつけがなっちゃいないのは、おまえのほうだろう!
性格破綻者、悪魔、残虐非道の宇宙の破壊者、アホ、マヌケー!」
喚き立てるレイを、ナーディが引き寄せる。
「勝手に血圧上げてどうするのよ。
あいつはああいうヤツなんだから、なにを言ってもむだよ。
てんで、こたえやしないわよ」
「ウガガガガ……」
切れ長の目を細めて、ジェーロが艶然とする。
性格は悪そうだが、その外見は怖ろしく美しい。
とはいえ、美しすぎるのであろう。
白く滑らかな肌、長く繊細な指、そして仮面のように整いすぎた顔立ちは、生身ではなく精巧な作りもののように見える。
人間が理想とする美を十パーセントほど超越してしまっているのだ、無機質的な方向へと。
足下まで覆う白っぽ長衣は光の反射で色を変え、ドレスにマントをまとったようでもあり、僧衣のようでもある。
高く結い上げてまだ背にかかる髪は光沢のある紅藤色をしていた。
「それにしても、つまらぬ。
わたくしの可愛いペットたちも案外に不甲斐ない」
空飛ぶ大ムカデの姿を思い出し、ナーディが眉をしかめる。
「あのね、可愛いかどうかは知らないけど、あんたのペットってみんな凶暴すぎるわよ。
悪い性格がよけい悪くなるから、もう少しペットも選んだほうがいいわね」
「おまえたちに、わたくしの高雅な趣味はわかるまい」
「うん、わからない」
「あれらは、あれなりに美しい。
そこにいる、すべてにおいて半端な生き物などより遥かにな」
ジェーロが目線を動かした先には、レイが浮かんでいた。
「勝手に人を半端にするな、宇宙のはみ出し者の分際でっ!」
「そうよ、レイのどこが半端なのよ。
たしかにレイは、しっかりしているようでヌケてるし、頭がいいようでザルだけど」
「おい……」
レイがヒゲをぴくつかせてナーディを睨む。
構わず、ナーディはあとを続けた。
「でもね、こんな可愛い生き物は、世の中にまたといないわよ!」
普段は、不細工な化け猫と言っている。
複雑な顔をレイはした。
この二人にまかせておいては反論にすらならないと思ったのか、スゥーディが一歩進み出る。
「ジェーロ、あなたは本心から魔獣を可愛いと思っているんですか」
「魔獣……ふふ、その呼び名はわたくしも気に入っている。
大切な忠実な僕、もちろん、わたくしはあれらが可愛い」
「うそですね。
それなら、なぜわたしたちに差し向けて、みすみす死なせるようなことをするんです」
口元に長く白い指をあて、ジェーロは喉の奥でくっくと笑った。
「わたくしが死なせたのではない、おまえたちが殺したのであろう」
「つまらない詭弁はやめなさい。
あるいはそれが、あなたの論理なんですか?」
スゥーディの声は思いきり冷たい。
ナーディは横目でスゥーディを窺った。
口げんかはスゥーディに任したほうがいいかもしれない。
この場は自分は慎むことにしよう、とナーディは思った。
しかし、レイはしゃしゃり出る。
「こんなヤツに論理なんかあるものか、こいつらは、ただの偏執的な破壊者だ!
ボクたちとは絶対に、相容れない精神構造をしているんだ」
「それは、私から見ても同じこと。
おまえたちのように下等な人種が、この宇宙に存在することすら、汚らわしい」
「アホか、おまえは!
宇宙人はみんな平等なんだぞ。
自分のほうが上等で、そうでないのは下等だという、その考え方がいやらしい」
いつもはナーディのことを、無知で野蛮な地球人とバカにしている。
「偽善者め。
おまえたちが、それぞれの星で生物界の頂点に立つためになにをしてきたか、よく思い出すが良い。
行動原理はわたくしたちと、なんら変わらぬ」
「全然違うわい!」
「どこが、どう違う。
己の言葉の矛盾に気付かぬほど愚かなのか、ただ、そう思い込みたいだけなのか」
嘲笑の響きがあるが、邪悪さも美の一つと位置づけるなら、通りの良い美しい声だった。
ジェーロの論法は、彼女が本心でこういう発想をするのか、それともただの自己正当化なのか、地球人と異世界猫には判断のしようがなかった。
「無意味だな」
黙って聞いていたローユンが、一言言った。
仲間に向けたもので、ジェーロにではない。
「不毛です」
スゥーディが肯く。
話しあって解決が得られるなどと、わずかでも思っていたわけではなかった。
「共に天を戴かずというのは、こういうことなのだろうな。本気で思ったのは、はじめてだが」
ラッガートが一人納得し、レイがけしかける。
「メッタメタにしてやれ」
「まかせなさいっ」
言葉で言い返せなかったぶん、剣で返してやろうとナーディは決めていた。
人間社会では危ない考えかただが、相手はさらに危険思想の持ち主だから問題はあるまい。
「おまえたちは、つくづく自らを理解しておらぬ」
蔦のゴンドラを、ジェーロが細い指でなぞっていた。
触れた部分が脈動する。
作り物に見えるが、蔦状の動物らしい。
膨らんだ蔦の先端をジェーロがつつくと、そこが二つに裂けて小さな口が現れた。
短針のような歯が、びっしりと生えている。
「相容れなければ倒す、それがおまえたちの論理にほかならない。わたくしも同じことをさせてもらうとしよう」
「同じじゃないと言ってるだろうが!」
「させるもんですか!」
レイとナーディが同時に怒鳴り返す。
勢いだけで意味のない科白だったが、一呼吸遅れたローユンがそのあとを引き継ぎ、内容を補足した。
「決定的な相違点があるのを忘れてはいないか、ジェーロ。
あなたたちは招かれざる客だ。
なにをどう言い繕おうと、あなたたちが侵略者であることに変わりはない。
その行為を正当化することはできないし、わたしも決して許さない。
だから、あなたたちを地球から追い出すだけでは、よしとしない。
異世界宮殿もろとも、この宇宙から消し去ってやる」
唇に笑みを浮かべてはいたが、ジェーロの眼差しが険しさを増す。
「消し去ると言ったか、地球人よ。
思い上がりも甚だしいとはこのこと。
出来るものなら、やってみるがよい」
ここまでくると、ただの売り言葉に買い言葉だ。
ジェーロも余裕を見せてはぐらかしているのに、あきたのかもしれない。
「やってやるっ!」
叫んだが、レイはその場を動かない。
動いたのは四人の地球人だ。
足を踏み出し、剣を構える。
ジェーロの体がふわりと浮きあがった。
真珠色の光沢を放つ長衣をひるがえし、ゴンドラの上に舞い降りる。
「どのみちおまえたちは、生かして帰さぬ。
だが、わたくしが相手をするまえに、余興の一つも見せて貰おう」
ジェーロが言い終えると同時に、まわりの壁が床から離れて持ちあがった。
開いた空間から、多種多様の魔獣が溢れ出る。
そして、いっせいにコロシアムの中心に押し寄せてきた。




