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様子がおかしかった。
異世界宮殿には通常、メカニズムを失調させる阻壁が張られている。
それを撃ち破ることが、最初の戦闘になるはずだった。
「ボクの船の兵器じゃ歯が立たないけど、異能力者なら破れる」
とレイは言った。
しかし、今日に限って防壁は存在していなかった。
何一つ攻撃を受けないままに、宇宙艇はすんなり異世界宮殿に着陸したのである。
さらに今、異世界宮殿内部へ踏みこんだローユンたち一行は、アーチ型をした通路のなかを進んでいたが、ここまでやって来る間、なぜか一体の魔獣にも出くわしていないのだ。
「つまり、お互い様ということか」
海水を満たせば、シロナガスクジラが悠々と泳げそうな巨大通路を進みながら、ローユンが呟く。
隣を飛んでいたレイが、それを聞きつけた。
「なにが?」
「三姉妹を倒さなければ、異世界宮殿戦に決定的な終わりはない。
わたしたちは、そう考えただろう?」
「うん、そうだ。
追い払うとか、他に方法もあるかもしれないけど、それじゃ問題の根は残ったままになるからな」
「同様の認識に、三姉妹も達したのだと思う。
彼女たちにとって、わたしたちは邪魔者だ。
直接対決の覚悟を決めたのではないかな。
この通路は招待状だ、どこかに歓迎会の用意がしてあるぞ」
「ごちそうはあるかな」
レイがにんまりと笑ったとき、後方にいたラッガートが高く靴音を響かせた。
五、六体の空飛ぶ大ムカデが通路の奥に現れていた。
幅は一メートルほどだが長さがすごい。
二十メートルは優にある。
双刀を構えたるラッガートが、レイの隣でマントを翻らせる。
「あいつを料理してやろう」
「ウゲッ、あんなのイヤだ。
おいしくないに決まっている」
平たい体節を連ね長大な体を宙にうねらせて近づく大ムカデは、暗赤色の外殻が金属的な光沢を放って、とうてい食用になるようには見えない。
頭部先端に鋏状の牙が突き出ていた。
いつものようにナーディとスゥーディ、ラッガートとローユンがそれぞれ対になり、迫り来る大ムカデを待ち受ける。
ローユンが持つのは両刃の直剣で、象眼が施されている。
ラッガートは反りのある片刃のものを双刀で使う。
そのうちの一刀が振り下ろされた。
頭上で牙が空を噛み、大ムカデが失速する。
頭部がたてに切り裂かれていた。
通路の床に落下した死骸が、けたたましく硬質の金属音を鳴らす。
ナーディの前で一体が急降下をかけた。
床に体を叩きつけてバウンドする。
宙高く飛び上がると長々とした体をくねらせ、風を切ってナーディの背後に方向を転じる。
「あっ、ムカデの分際で生意気!」
回り込まれるより早く、ナーディは跳躍した。
牙を避け頭部へ横殴りの一撃を叩きこむ。
甲胄を切断するのに似た破壊音を響かせ、返す剣で今度は胴を斬り上げる。
三つに分断された大ムカデが、ガチャガチャとやかましく床へ落ちた。
「ああ、うるさい。
スゥーディ、あと何匹?」
着地して振り返ったナーディの前で、呼蝶蘭が閃く。
鮮やかな若草色のサッシュを翻し、スゥーディが一体を斬り払った。
「これで、あと二匹でしょうか」
「あ、いまゼロになったみたい」
ローユンの足下を両断された大ムカデが滑っていき、ラッガートが最後の一体を斬り伏せていた。
すかさず空中でレイが手を叩く。
「よーし、ウォーミングアップは終わりだ、先を急ごう。
夕食までには三姉妹をやっつけて神殿に帰らないとな」
「気楽に言ってくれちゃうわね、あんたって。
いままでずっと戦い続けて、やっつけられなかった相手なのよ。
ご飯前の一仕事で済むもんですか」
「なせばなる。
ようは気合いだ」
「ほほー、精神論できますか。
すると、あんたの星で作ったダイナーとかいう機械は、結局のところ気合いがたりなかったってわけね」
「ウガッ!
おまえ、それ以上言うと殴る」
「ふふーんだ、やれるものなら……!」
途中で口をつぐみ、ナーディが戦意をあらわに身構える。
「どうした?」
「レイ、後ろ!」
「え? わあっ!」
振り返ったレイが悲鳴をあげて飛びあがる。
空中で一回転ひねりを決め、ナーディの背中にしがみつく。
通路の壁が縦に大きく割れていた。
そして音もなく左右に開いていく。
五人の見つめる前で、新たな通路が口を開けた。
「びっくりさせるな、ナーディ。
ただの出口じゃないか」
ナーディの肩越しに顔を覗かせ、レイがふうと息を吐く。
ついでに思いつき、ナーディの首筋にも息を吹きかけてみる。
「なにするのよっ!」
と、怒鳴ると思ったが、ナーディは身動ぎもしない。
「なんだ?」
拍子抜けしてレイが首を傾ける。
見上げたナーディの横顔は、厳しい戦士の表情をしていた。
これはめったにないことである。
レイはハッとして、通路に開いた出口へ目を戻した。
「もしかして三姉妹がいるのか?」
「ジェーロだろう」
ラッガートが答え、スゥーディが同調する。
「わたしもそうだと思います」
レイが身を乗り出した。
「ジェーロ一人なのかな」
「おそらく。
でも……」
なんらかの策略であろう、とスゥーディだけでなく地球人たちは考えた。
しかし異世界猫は考えない。
「やった、これぞ天のお導き。
相手が一人なら絶対に勝てる!
寄って集って袋叩きにしてしまえっ!」
徹底的に気楽。
別宇宙に干渉するほど優れた科学力を持ちながら、レイの母星が、ついに三姉妹に勝てなかった理由がそこにある。
こういう精神構造の生き物が、三姉妹と互角に戦ったなどというのは信じがたい。
地球人たちは不思議なものを見る目でレイを見た。
「それでも負けなかっただけ、たいしたものよ」
「そういうことになるかな」
「立派なものです」
「運がよかっただけかもしれんぞ」
地球人たちのやりとりは、レイには意味がわからなかった。




