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異世界猫に異世界宮殿の侵略から地球を守ってくれと頼まれた件  作者: アルケミスト


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 倒れた家具はもとの位置になおされ、床に散らばったマーカー類も片づけられていた。


 腕組みした月葉が、土下座する貴奈津とレイを見下ろしている。


「少しは反省したかな?」


「したした、もちろんだ。

 夜中にうるさくして悪かった」


 床に額をこすりつけんばかりにして、レイが答える。


「貴奈津は?」


「深く反省しました。

 今後このようなことは厳に謹んで二度といたしません」


 月葉が苦笑する。


 汚職事件の記者会見かなにかを聞いて憶えたのだろう、普段の貴奈津が使う言葉ではなかった。


 神妙さを演出しようとして、逆効果になったわけだ。


「よろしい。

 じゃあ、おとなしく寝なよ、二人とも。

 いいね」


「はい」


 貴奈津とレイが声を揃える。


 重々しく肯いて、月葉は踵を返した。


 足音が廊下へ出て行きドアが完全に閉じられる。


 ようやく顔を上げ、貴奈津とレイがふとお互いを振り向く。


 だが、目が合うとパッと左右に顔を背けた。


 無言のまま、二人はそそくさと自分のペッドに潜り込んだ。


 貴奈津がリモコンで部屋の明かりを消すと、薄手のカーテンを引いただけの窓が暗闇に浮かび上がった。


「だけど、あんな趣味の悪い看板を、月葉はほんとに飾るつもりなのかしら」


 さきほど、物音を聞きつけて仲裁にやってきた月葉は、ケンカの原因を聞くと、


「異世界宮殿対策本部」


 の看板を手にとり、しばらく黙って眺めていた。


 複雑な表情を浮かべていたから、月葉もけっして気に入ったわけではないのだろうと、貴奈津は思った。


「これをドアに……ね」


 もらした呟きに、月葉の困惑がこもっていた。


 すかさずレイは、それがどんなに傑作であるかを力説し、


「人並みの鑑識眼があれば、いかに芸術的かわかるはずだ」


 と涙を浮かべて訴えた。


 月葉は折れた。


「飾るのはいいとして、でも、ぼくの部屋のドアにしなよ、レイ」


 レイは躊躇いを見せた。


 対策本部と看板を出すからには、自分が寝室にしている貴奈津の部屋でなければならない。


 自分のいるところが、すなわち司令部なのだから。


「でも……おまえの部屋は本部じゃないからな」


「この看板は素晴らしい出来映えだと思うよ、レイ」


「わかるか?」


「ぜひ、ぼくの部屋に飾らせてもらいたい。

 だけど、レイがいやだというのなら……」


「まあ待て。

 そこまで言うならしかたがない。

 よし、おまえの部屋に飾らせてやろう!

 やっぱり、おまえは貴奈津と違ってみる眼がある。

 ニャハハハッ」


「うん、ありがとう」


 看板を自室に持ち帰ると、月葉はかわりにマーカー専用の溶剤を持って戻ってきた。


 最初にレイの顔にマーカーで書きつけたのは貴奈津のほうだ。


 レイも転がっていたマーカーを拾い上げて応戦し、二人は顔といわず体といわず、マーカーだらけになっていた。


 なかなかきれいに取れなくて、月葉の手も借り、全て消し去るのに一時間以上もかかってしまった。


 それから月葉の小言を聞かされたのである。


「……貴奈津ぃ」


 レイの声が背中に聞こえた。


 貴奈津が取り合わずにいると、少しして、もう一度呼ばれた。


「貴奈津ぃ、もう寝ちゃったのか?.」


 煩わしげに寝返りをうち、貴奈津は薄目を開けた。


 レイがベビー・ベッドの上で立ちあがり、柵に手をかけてこちらを見下ろしている。


「なによ」


「今、一瞬うとうとしたんだ」


「それで?.」


「ちょっとだけ、昔の夢を見たんだ」


「だから?」


 そっけなく貴奈津が問い返す。


 答えるかわりにレイはペッドの柵を乗りこえた。


 ふわりと貴奈津の枕元に降り立つ。


 瞬きしてみていると、レイはごそごそと貴奈津の布団に潜り込んできた。


「なにやってるのよ、あんたは」


「一緒に寝よう」


 レイがぴたりと貴奈津に張り付く。


「そういう科白は、あんたに言われても嬉しくないわねー」


「どうしてだ?

 誰だったら嬉しいんだ?」


「え?……えっとぉ……」


 レイの質問に深い意味はない。


 それはわかっていたが、具体的に誰と聞かれて貴奈津は赤面した。


 ただし部屋の中が暗いので、顔色は見てもわからない。


「アハハハ……。

 そんなことは、どうでもいいでしょ。

 それよりあんた、じゃまよ。

 人と一緒に寝たいんだったら、ローユンのところへ行けば良いじゃないの」


 レイが時々ローユンにくっついて寝ていることを、貴奈津も知っている。


「やだ、おまえの方が良い」


 レイが頭を擦り付けてくる。


「ふーん」


 気のない返事をした物の、そう言われて内心嬉しくないことはない。


 背中へ手を回して毛皮をなでてやると、レイはすぐに微睡み始めた。


 半分、寝言に近い声が漏れる。


「おまえのほうが……」


 繰り返し言いかけて、それきりレイは眠りに落ちた。


 台詞の最後まで言わなかったので、布団から叩き出されることはなかった。


 おまえの方が良い。


 おまえのほうが柔らかいから。


 まくらにするのは女の子に限るよな。


 レイはそう言いたかったのである。.


 レイが眠りにつくと、さして時間をおかずに、貴奈津も穏やかな寝息をたてはじめた。


 防音処置を施された室内は、部屋の主が目を覚ましているときとはうってかわった静寂をものにしていた。


 レイは眠っていれば憎まれ口もきかないから、可愛い、といえないこともないヌイグルミの猫に見える。


 貴奈津も寝ついたばかりでまだ布団を蹴飛ばしたりしていないので、美少女の寝姿としては、充分な点数がつけられる状態にあった。


 その美少女の睫毛が、微かに震えた。


 少しして、次には眉がぴくりと動く。


 貴奈津は 夢を見ていた。


 側にいるレイに影響されたのかもしれない。


 一万八千年前のナーディの記憶の一コマが、夢の形を借りて甦りつつあった。


 貴奈津の現実とナーディの記憶とが交錯して、徐々に貴奈津の意識が、ナーディのそれに覆われていく。


 やがて思考も視点も完全にナーディのものに切り替わり、貴奈津はナーディの目で、一万八千年前の世界を眺めていた。


 古代の都市を、街の賑わいを、行き交う人々の明るい顔を。


 そして、ナーディは歩きはじめる。


 帰るのだ、蜃気楼立つ砂丘を遥かに越えて、砂漠の中の神殿へ。


 そこに待っている仲間たちのもとへと。

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