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異世界猫に異世界宮殿の侵略から地球を守ってくれと頼まれた件  作者: アルケミスト


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 貴奈津姐さんの恐ろしい弟こと、青島月葉は、渋谷の映画館の外にいた。


 彼としてはめったにないことながら、いささか呆然とした面持ちでまだ空を見上げていた。


 異世界宮殿が掻き消えた直後のことである。


 渋谷のほとんど駅前だから、深夜にも関わらず、たくさんの人々がいた。


 全員が知覚異常に陥ったはずだが、もう立ちなおったらしい。


 頭を振ってみたり、首を傾げたりしながらも、各々、目的の方向へ歩き出している。


 その中でただ一人、月葉だけが立ちつくし夜空を仰いでいた。


「どこかで見た……」


 貴奈津と同じようなことを呟く。


 異世界宮殿のことだった。


「……でも思い出せない」


 青島月葉は貴奈津と一歳違いの姉弟である。


 面立ちもたいへんよく似ていた。


 だが、持っている雰囲気はかなり違う。


 月葉には貴奈津のような愛嬌がないのである。


 性格が可愛くない、ということだろう。


 身長も月葉のほうが高い。


 同じようにスレンダーなプロポーションではあったが、二人を見間違う心配はいらない。


 今夜の月葉は、ジーンズにスニーカー、上はゆったりしたシャツを着ただけの、こちらも年齢相応のシンプルなファッションをしていた。


「ん……?」


 自分だけの世界に沈んでいた月葉は、ふと現実に立ち返った。


 何者かの視線が月葉に注がれていた。


 それを感じたからである。


 それ自体は、月葉にとっては日常茶飯事だった。


 なにしろ男の子としては、めったにないきれいな顔をしている。


 女性男性に関わらず、月葉に見とれる者はいくらでもいた。


 そのことは月葉も諦めていて、もう気にならない境地に達している。


 それなのに視線が気になったのは、相手が特別な興味を抱いて月葉を見つめていたからだろう。


 いかなる感情であれ、強まれば非物理的パワーを生ずる。


「自分に向けられる特別な興味」


 というのに、月葉はいくつか心当たりがあったが、今回はそのどれでもないように思えた。


 無視するには、いささか気になる視線だったこともあり、月葉は相手を確認することにした。


 男だった。


 視線の主は二十代半ばに見える若い男で、複雑に血が混じったのか、人種の特定が困難な外見をしていた。


 道路を隔てた向こう側で照明灯に肩を預けるようにして立っており、月葉と視線が交わると、ニコリと笑った。


 親しみを感じさせる笑顔で、これなら誰でも警戒を解くだろうと思わせる、優しい雰囲気を持っていた。


 なかなかハンサムではある。


「複雑なタイプだ」


 男を一目見て、月葉の感想である。


 明るく優しそうな外見と、中身はまったく違うような感じを受けたからだ。


 だからといって変態的に危険だとか、悪党だとかいうのではない。


 月葉がそう思うのだから間違いない。


 それにしても、よくわからない男だった。


 目が合ったからといって、寄ってきて話しかけるふうでもない。


「見れば見るほど、イメージの定まらない男だな」


 思いがけず興味をひかれて、月葉は道路の向こう側を見つめていた。


 その月葉の前を、二人づれの男が通りがかった。


 どちらも安っぽいスーツをだらしなく着崩していて、一目で暴力団の下級組員と知れる男たちだ。


 月葉の顔に、男たちの視線が注がれた。


 道路の向こうを見るために、月葉は真っ直ぐ顔を上げていた。


 ヤクザ者とおぼしい男たちが接近してくることはわかっていたが、だからといって月葉は、自分からその手の人間に背を向けることはしない。


 たとえ相手が何者であろうと、けっしてしない。


 そしてそうした場合、何事もなくすむこともまた絶対といっていいほどないのだが、

 それでも月葉は自分の姿勢を変えるつもりはなかった。


 積極的にかかわり合いになりたいわけではないが、トラブルを避けて生きるつもりは毛頭ないという、かなり困った性格を、月葉はしていたのである。


 そして今また、月葉は自ら求めてトラブルを呼び込む形になった。


 通り過ぎざま組員の一人が、月葉に品のないイヤミを浴びせた。


 きれいな顔しやがって、どうのこうの、というよくあるタイプの雑言である。


 月葉は道路の向こうへ目をやったまま、表情も変えなかった。


 しかし、彼らの背後にこう呟いた。


「やくざのくせに」


 わざと聞こえるように言っているのだから、始末が悪い。


「なんだと」


 男たちが獰猛さをあらわにして振り返る。


 月葉は素知らぬ顔で立っていた。


 男たちが引き返してくる。


 元々、二メートルほどの間隔しか離れていなかった。


 組員の男たちが数歩足を進めただけで、月葉の目前まで近づく。


 それでも月葉は身動ぎもしない。


 怯えているように見えたかもしれない。


 男の一人が、凄みを効かせた。


「なんだって、もういっぺん言ってみな」


 ここでようやく月葉が反応を示した。


 唇を薄く開く。


 嘲笑だった。


「この野郎!」


 決まり文句を喚いて、男は月葉の襟元に手を伸ばした。


 男の手が触れる寸前、月葉は素早く身をかわした。


 同時に、男の腕を逆手に取る。


 そして軽く手首を返した。


 次の瞬間、男の体は宙に浮いていた。


 半回転させられ、背中から地面に叩きつけられる。


 予想を遙かに超えた月葉の速度に、受け身をとる余裕もなかった。


 歩道の敷石に強か背中を打ちつけられ、男は短い悲鳴を上げた。


 すぐに起き上がろうとしたが、激痛が体中を貫いた。


 身動きもできず、男は呻いた。


 もう一人の男は、仲間になにが起こったのかわからなかった。


 目の前のほっそりした少年に投げ飛ばされたとは、とっさに考えもつかない。


 月葉の動きをとらえることができなかったのだ。


 男は地面にのびた仲間を見下ろし、二度瞬きをした。


 自分を振り向いた月葉が、唇に笑みを浮かべたままなのも気づかない。


 気付くより早く、月葉の蹴りが、正確にみぞおちに食いこんだ。


 呻いて体を二つに折る。


 その首筋を容赦なく月葉の手刀が襲い、顔から地面に倒れ込ませる。


 敷石に顔を打ちつけ歯を折る前に、男は意識を失っていた。


 風のように、暴力団組員二人を地面に這わせると、月葉はただちに歩き出した。


 一応人目を気にして、その場を離れようとしたわけだ。


 暴力団は怖くないが、その後のごたごたに巻き込まれるのはめんどうだ。


 しかし数歩足を進めたところで、ふと気にかかり、月葉は道路の向こう側を振り返った。


「複雑なタイプだ」


 と月葉が評した若い男は、照明灯に寄りかかり、まだ立っていた。


 目線は今も月葉に向けられていた。


 暴力事件を目撃したことになるはずだが、表情も変えていない。


「……なんなんだ、あいつ」


 少しの間、月葉はその若い男を見つめていたが、つと興味を失ったように視線を外した。


 背を向け、駅に向かって歩き出す。


 それきり月葉は二度と振り返らなかった。


 人種が定かでない若い男は、月葉の姿が人の間に隠れてしまうまで、黙って見送って いた。


 それから、笑いとも溜め息ともつかぬ声を漏らし、呆れたように肩をすくめた。


「なんとまあ、顔に似合わず暴力的な……」


 一人言を呟き、照明灯から身を離す。


「それにしても、空になにが見えたのかな?

 聞いてみたいよ、月葉くん……」


 男は月葉とは逆の方向へ歩き出した。


 なにやら嬉しそうな表情が、男の顔に浮かんでいた。


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