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異世界猫に異世界宮殿の侵略から地球を守ってくれと頼まれた件  作者: アルケミスト


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 一片のチリも曇りもなく磨きあげられた正四角形の氷の大広間を、水晶のような透明感を持つ十二本の氷柱が取り囲んでいる。


 神殿にはそれだけで、他にはなにもない。


 神殿に辿り着いた二人は、氷柱の間を抜けて大広間の中央部へ向かった。


 進んで行く二人を、鏡のような床が映し出す。


「これを造っといてよかったな。

 まあ、なくてもなんとかなるにはなるが、よけいな時間がかかってしまうところだった」


「レイには先見の明がある」


「そうか?

 うん、そう言われると気分がいい。

 もっと褒めてくれ」


 レイは空中でふんぞり返った。


「あとにしよう」


「チェッ」


 氷の神殿は、異世界宮殿を閉鎖空間に封印してのち、レイが造っておいたものである。


 複雑に揺れ動き、けっして一定することのない、多重次元宇宙の狭間を漂う異世界宮殿の現在位置を、正しく座標軸にポイントするための、いうなれば自動追尾システムだ。


 それと共に閉鎖空聞ごと、異世界宮殿を外部から観察する拠点となり、万が一の事態に備えた、地球と異世界宮殿との間の緩衝装置もかねている。


「それじゃ、行ってみるか」


 広間の中央部に浮かび、レイが言った。


 ローユンは沈黙で同意した。


 瞬きするまもなく、星の海のただ中に、二人は転移していた。


 貴奈津なら、


「い、息ができない、死んじゃうっ!」


 と、呼吸しながら大騒ぎするところだが、レイとローユンはそんなことはしない。


 宇宙空間は背景にすぎず、同じ次元に自分たちがいないことを、二人は知っている。


 レイとローユンは、星空に浮かぶ異世界宮殿を正面に臨んでいた。


 浮遊する島の如き、複雑な建造物の巨大な集合体である。


 その異世界宮殿を薄らとした光球が包んでいる。


 光球は白いシャボン玉のようにも見えるが、じっさいはそんな可愛らしい代物ではない。


 取りまく空間ごと 異世界宮殿を封印する、強力無比な障壁なのである。


 そのはずだったのだ、いままでは。


「ごくわずかだが、ジェーロの波動が漏れている。

 たいした執念だ」


 星の海に浮かび、ローユンは腕を組んで異世界宮殿を見つめていた。


「敵を褒めてどうする。

 褒めるならボクを褒めろ」


「褒めているのではない」


「そうか」


「やはりジェーロが目覚めている。

 異世界宮殿が流れる時の中へ、再び立ち返ろうとしている」


「ジェーロか。

 ボクは三姉妹のなかでジェーロが一番嫌いだ。

 あいつがいっとう残虐非道だ」


 レイが短くて丸みのある、およそ迫力に欠ける牙を剥き出した。


 いちおう牙があったらしい。


「ジェーロはわたしを捜している」


「気付いたのかな。

 おまえが生きた閉鎖空間制御装置だってことを」


「おそらく」


「まあ、封印されたら気付くよな。

 ナーディたちとはちょっと違うタイプの異能力者だと思っていたのが、かなり特殊なタイプの異能力者だったとな。

 ということは、今度はおまえに攻撃が集中することになるぞ」


「だろうな」


 当然予想されることであり、ローユンは一々気にしてはいなかった。


「貴奈津と月葉が頼りになるといいんだけどな」


 口には出さなかったが、レイはそう思った。


 今一つ不安なのである。


 けれどローユンのほうは二人を信じているのだろうか、だから落ちついていられるのだろうか。


 レイが横目でうかがうと、異世界宮殿を見つめていたローユンの表情がふいに変わるのがわかった。


「ローユン?」


「封印が揺らいでいる」


 組んでいた腕をとき、ローユンが身を乗り出す。


 視線を戻し、レイは慌てて異世界宮殿を包むシールドを点検したが、変化を捉えることはできなかった。


「どこが、どこが?

 ボクにはわからないぞ。

 ……あっ!」


 今度ははっきりレイにもわかった。


 シールドの表面に円形の波紋があらわれ、球面にそって広がっていく。


 水面を指で突いたときに起こる波紋と、よく似た動きだ。


 手足をばたばたさせてレイがわめいた。


「これが封印が緩んだ原因だな。

 どこのどいつだ、外からシールドを押しているヤツは!

 見つけたらタダじゃおかんぞっ!」


「発生源を逆探知できないのか」


「辿れない、コンピュータは言っている。

 どこか異世界の一つから、突然異世界宮殿の側ヘワープしてくるパワーだそうだ。

 誰かがわざとやっているんだ。

 許せん、きっと尻尾を捕まえてギッタギタにしてやる!」


 ギッタギタというのがどういうことか、レイはボディ・アクションで示していた。


 目の前に思い描いた仮想敵に向かって、殴る蹴る、の暴行である。


 とどめの後ろ回し蹴りを入れたとき、レイはハッとストップ・モーションした。


「……まさか、三姉妹に援軍が?」


 恐ろしい想像をしてしまったのだ。


 三姉妹だけでも充分持て余し気味なのに、このうえ新に登場されてはたまらない。


 レイの一人芝居をしかし、ローユンは見ていなかった。


 シールド上の波紋は、いまだ断続的に起こっていた。


「レイ、あとの敵より、今の問題を処理すべきだ。

 今までとはパワーが違うぞ。

 このままではシールドが綻びる」


「冗談じゃない!

 なんとかなるか、ローユン」


「抑える。

 外部圧力をはね返しながら、シールドを抑えることができるはずだ」


「よーし、やれ!」


 自分はなにもしないのだが、かけ声だけは威勢がいい。


 だが号令するより早く、ローユンが始動していたことに、レイは気づいた。


 ローユンの全身が発光し始めていた。


 異能力者にとって、ただの破壊活動は簡単なことらしい。


 ローユンにとってもそれは変わらない。


 ところが異世界宮殿の封印には、異常にエネルギーを消耗する。


 そしてそのエネルギー源は、


「わたし自身が生ずるのではないと思う」


 とローユンは言う。


 ローユンにもよくわかっていないのだが、どこからか流れこむエネルギーを異能力に変えて使うのだ。


 原子力を電流にするように、ローユン自身が一種の変換器といえるのかもしれない。


「いいぞ、そのまま抑え込め」


 レイがかける激励は、すでにローユンの耳には聞こえない。


 青白い発光体の中心にローユンはいた。


 眩しい光を通して、ローユンの姿を見ることはできる。


 だが振動波にのせて声を届けることは不可能だ。


 テレパシストなら言葉をかわすことが出来るのかもしれないが、陣営にテレパシストがいないので、そのへんのことは未知数のままである。


「やっぱりおまえは頼りになる。

 貴奈津のように軟弱な異能力者とはえらい違いだ。

 やっぱり年季が違うよなっ」


 薄れていく波紋を見ながら、大声でレイは騒いでいた。


 基本的に騒ぐのが好きなのだろう。


 そのレイが異変を認めて大口を開けた。


 もちろん叫ぶため。


「ゲーッ!

 まずいっ!」


 異世界宮殿の中心部が一閃した。


 光とともになにかが放たれ、シールドを突き抜ける。


 シールドが弛んだすきを狙い、ジェーロが送り出した魔獣に違いない。


「ウッ、しかも群れじゃないか」


 光はシールドの外へ出た途端、にわかには数えきれないくらいに分裂した。


 秩序なく好き勝手な方向へ散開したと思うと、それぞれがいっせいにレイとローユンヘ進路をとった。


「しまった、この空間に接続ができちゃっているんだ。

 ローユン、干渉を打ち切れ……ウガッ!

 だ、だめだ、そんなことをしたら封印が解けてしまうつ。

 ああっ、どうしよう、前門の虎、後門の狼!

 四面楚歌、八方美人っ!」


 始めの二つはまだしも、最後がてんで違っている。


 八方塞がりと言いたかったのだと思われる。


 レイが慣用句を間違っている間に、魔獣は間近に迫ってきていた。


 レイは敵の姿を見極めて、舌打ちをした。


 小物ではない、流体型の魔獣だった。


 大きさは一定しておらず、子犬くらいのものから巨象ほどのものまで。


 姿形も千差万別で、人間型といえるものから両生類的な雰囲気のものまでいる。


 唯一共通しているのは、どの個体も半透明で、形のはっきりしているのは頭部と上体にかけてだけ、それより下は、亡霊のようにかすんで後方へ流れているということだ。


 先頭を切って突っこんできた一体が、防御壁を起動したレイに迫った。


 速度が並大抵ではないのである。


 それが流体型魔獣のやっかいなところなのだ。


「ウキャッ」


 迫力負けしたレイが、思わずしゃがみ込み頭をかかえる。


 しかし、そのレイの目の前で魔獣は真ん中から引き裂かれた。


 それでも二つに分かれたままレイの頭上をかすめたが、そこまでだった。


 レイの後方で水滴が弾けるように四散してしまう。


 振り向いてみると、光の中でローユンが微笑していた。


「余裕じゃないか、ローユン」


 無駄と知りつつ、レイは大きな声で言った。


 するとレイの声が聞こえたかのように、ローユンは一度だけ小さく首を振った。


 笑みは、もう消えている。


 レイはあんぐりと口を開いた。


 ただちに、どうこうなってしまうものでもないが、レイが打つ手を見出せないように、ローユンにも余裕はないらしいとわかったのだ。


 ローユンの唇が動いた。


 声は届かなかったが、レイは天啓のように、ローユンの言わんとするところを理解した。


 似たような音の短い言葉が、繰り返されたからかもしれない。


 貴奈津と月葉、と。


「そうか、その手があったか。

 わかった、待ってろ!」


 レイは手を打ち、指差して叫んだ。


 ボディ・アクションで意図するところを伝えるためである。


 薄気味悪い亡者のような魔獣どもが、二人のぐるりを取り囲み、飛びまわっていた。


 その中にローユン一人を残し、レイの姿はかき消えた。


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