1-9 血、海
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現れた二つのモノ。それぞれ見た目は違うが刃物のようだ。店長はそれを両手に操縦室を出る。その時、外から叫び声が聞こえた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! 店っっ長ーーー! 助っけて、くださぁーーーーーーいっ!」
命辛々、断末魔のような叫び。
「うるせーな。今向かってるんだろうが」
店先で震える強盗達を通りすぎ、店長が外へ飛び出すと、砂まみれになった兎がこちらには向かって走ってきていた。その距離およそ五十メートル。
「あ゛ぁ! て、店長!! た、たすけてくだざい゛!!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で走る兎。キラー鳩は? と思うより先に視界の端にその影が見えた。すでにキラー鳩は滑空し、兎の直上に隕石の如く降り落ちようとしていた。
「チッ……バイト! 伏せろ!」
店長はそう言い、右手に持つ武器を口に加え、空いた手をエプロンのポケットに突っ込む。中から取り出したるは二つのナイフ。取り出した勢いで兎の直上へ投げ込んだ。
「ひぃぃ!!」
その場でうずくまる兎。
矢のように放れたナイフは鳩に――当たらなかった。間一髪、ナイフに込められた殺気に気づいたらしく、鳩は兎の直上で身を翻し、地面スレスレを飛び、再び上空へと跳ね上がった。
(まぁ、あんなナイフで仕留められる奴じゃねぇよな)
店長は口に咥えていた得物を右手に持ち直し、更に加速する。兎の距離まであと二十五メートル。
「ひぃぃん……あ、あれ。助かってる……?」
兎が泣き声をあげながら顔を上げる。空には再び鳩が旋回していた。
ボーっと無防備に空を眺めているだけの兎。そんな調子で今までよく無事だったなと店長は思いながら再び指示を出す。
「その場でうずくまってろ! 動くなよ!」
「は、はい!」と指示通りに丸まる兎の背中は、丁度良い踏み台のようになっていた。
店長は駆ける足に力を込める。一歩進むごとに、地面の砂は爆発するように宙を舞う。徐々に巻き上げる砂煙は勢いを増す。兎の距離まで十メートル。
上空で旋回する鳩も店長の存在には気づいている様子。しかも、獲物ではなく明確な外敵として。圧殺の威力を高めるため、旋回の勢いを増し、増し、増し――。丁度合流しようとしている二人の人間をまとめて潰すべく、直滑降を始めた。
その様子を店長はしっかりと捉えていた。望むところだ。
兎の距離まで五メートル。
左足で砂の地面を踏みしめ、ホップ。右足で砂の地面を蹴り、ステップ。そして、うずくまる兎の背中を両足で押し潰すように踏み込み――。
「ふぎゃっ!!!!???」
「いっっっくぞぉぉぉ!!」
店長は上空へと飛び上がった。砂よりも幾分硬い兎の背中を土台にしたおかげか、その勢いは直滑降のキラー鳩と遜色ない。
「クルrrrrrrrrrrr――!!!」
店長の眼前には巨大な鳩胸、肉の壁が迫る。
僅かコンマ数秒。店長は操縦室から持ってきた二つの武器をそれぞれ両手で構える。二つの長物、一つは精錬とした細い日本刀、一つは小型エンジンを搭載したチェーンソーだった。薄く鋭い刃と厚く無骨な刃。アンバランスな二つの得物を構えた店長は飛びながら回転する。アンバランスゆえの回転でもあった。
「――rrrrッポーーーー!!!!」
「っっっだらぁぁっっ!!!」
乾いた砂漠の熱風を切りながら、両者が空中で対峙。刹那、一閃。バリッと、布を引き裂くような鈍い音が響く。
店長は回りながら鳩を貫通した。店長は回転しながらそのまま上空へ。鳩は落ちるように地へ。
直後、鳩の体が縦に割れた。
隕石のような厚い肉塊に、縦の線が入り、パックリ開いた。無論、鳩胸だけではない。胸に埋もれた頭部から背中、尾羽根までも一本の筋が続いて現れた。鳩の正中線上に一本の線が入り終わると、鳩の体は縦に真っ二つに裂けた。
「あががが……酷いじゃないですか、店長。人を踏み台にするなんて……ん?」
店長に踏み台にされ、砂にめり込んでいた兎。砂から這い上がると、真上から影が落ちてきた。それに気づいて見上げると――。
ちょうど兎の左右を挟むように分かたれた巨大な肉片が落ちる。ドスンと地面を軽く揺らすほどの衝撃。それと同時に雨のように噴出する血飛沫が兎に降り注いだ。
「????」
状況が全く分からない兎。傍らには未だ血を噴出する肉塊があるが、それがあの鳩であることがまだ理解できていない。肉塊はまだ生きているかのようにピクピクと筋肉が動いている。灼熱の砂の大地に焼かれる肉の音。生暖かい血が兎の体を包み込み、視界に映るのは赤、赤、赤。湿った鉄分を含む鼻につく生臭い匂い。更には焼けた肉の匂いまでし始めた。
まさしく、血の海。兎はそのど真ん中にいる。
少し遅れて地面に着地していた店長。兎に歩み寄りつつ、鳩を割いた得物を見てウンウンと頷く。
「よし……久しぶりに使ったが、切れ味は落ちてないようだな。それにしても、丁度食料が底を尽き始めていたところだ。でかしたぞ、バイト」
「……ヒュッ――」
店長は我ながら珍しく他人へ賞賛の言葉を送ってやると、兎はプツンと糸のように意識が切れたらしい。か細い呼吸音を鳴らし、兎の体は血の海に沈んでしまった。