1-8 巨鳥、襲来
◇◆◇◆
太陽が地平線から顔を出し、極寒の砂漠が灼熱地獄に変わり始めた頃。
店長はカウンターで作業を続けていた。昨日の続きである硬貨造りに没頭している。
兎に「ジャガイモ」と酷評された自称「女神の横顔」を完成させるため、試行錯誤を繰り返す。周りに鉄粉をまき散らしながら、いつもの倍は時間をかけている。あの小娘の忌憚なき意見せいで、自信がなくなってしまった。
その小娘はというと、まだその姿を現していない。
昨日の話では朝から店で働くという約束になっていた。が、ただのその場しのぎの嘘だろうと店長は諦めていた。今までも、二日続けて来たアルバイトなんてたしか四、五人くらいしかいなかった。
数分後、やっと二枚目の硬貨を造り上げたその時。
〈クルrrrrrrrrrrrrrrrッポォォォ!!〉
甲高い咆哮が遠くの上空から聞こえた。そして、その直後。
「「ひっ、ひぃぃぃぃ!!!」」
野太く、しかし情けない男の声が同じく遠くから聞こえた。おそらく二人いる。方角的には先ほどの咆哮と同じだ。
「ったく、昨日の今日で今度はなんだ……」
硬貨作りの手を止め、めんどくさそうに店長は立ち上がり、カウンターを越えて店の外へ出る。すると、ちょうど店先に二人組の男が、砂の上をバタバタと走り込んできた。
男達はボロボロの外套を纏っているが、中には胸当てやナイフをぶら下げ武装している。また強盗か? そう店長は思ったが強盗にしては様子がおかしく見えた。二人は目の前の店長よりも、後方を気にしている。ハァハァと息を荒らげながら、何かに怯え、逃げてきた様子。店長はなんだか面倒くさそうな予感がした。
「おう、お前ら。ここは避難所じゃねぇんだぞ。自分で言うのもなんだが、ここはお前らゴロツキにとっても安全な場所じゃあねぇ――って、あぁ? テメーら……」
男二人は顔をこちらに向けていなかったので気付かなかったが、よく見るとこの二人は昨日店にやってきた強盗達ではないか。強盗とは言うが、彼らは何も奪っていない、むしろ店長の方が奪ったまであるが。
「なんでぇ、またお前らか。今日は客として来たのか? それともまた強盗として来たのか?」
店長はエプロンのポケットに手を入れ、中でナイフを握り、臨戦態勢に移る。が、強盗達はそれどころではない様子だ。ようやく店長のほうに顔を向けると、歯をカチカチと鳴らしながら、店長にすがりつく。
「き、昨日のことは謝る! と、とにかくこの中に入れてくれ! じゃ、じゃないと奴が……!」
「奴?」と店長が聞こうとすると、再びあの声が聞こえた。
「クルrrrrrrrrrrrrrrrッポォォォ!!」
耳をつんざく鋭い咆哮。聞こえてきたのはやはり強盗達が走ってきた方向。店長はその鳴き声に聞き覚えがあった。
「おぉ! あいつか……!」
相変わらず無表情だが、そこはかとなく弾む声で店長が言う。強盗二人が顔を見合わせその違和感に首を傾げる。すると再び何者かの声が聞こえた。今度は咆哮ではなく、情けない女の叫び声だった。
「ひぃぇあああああああああ!! たぁすぅけぇてぇぇええええ!!」
先ほどのこの強盗達よりも悲壮なこの声は――。
「あん? まさか……あのバイトか?」
未だ声しか聞こえない方角にジッと目を凝らす。すると砂の丘から誰かが飛びたした。やはりボロ布を身に纏っているが、この距離でも分かる。あのチンチクリンはこの店のアルバイト、兎だ。
一体全体どういう状況だ? と店長が考えていると二人の強盗が言った。
「な、何故か知らんが、あのガキが俺らの代わりに奴を惹きつけてくれたんだ……」
「あ、あぁ、俺等がこの店の襲撃の準備してたら、奴に見つかって……でも途中であのガキが現れて、鉄砲か何かでで奴の気を惹いてよぉ……」
やっぱりコイツら、襲撃に来たのか。というのは今はどうでもいいか。
先ほどから「奴」と言われているモノがようやく姿を現した。
「クルrrrrrrrrrrrrrrrッ!!」
巻き舌のような唸り声と共に、走り込む兎の後ろから現れたモノ。灰色の物体。
兎の五倍はある球状のソレは、兎に向かって弾丸のように一直線で突き進んでいる。今にも衝突する――というところで兎は間一髪で避け――否、丘から転げ落ちたおかげで被弾を免れた。ソレは尚も直進を続けるかと思いきや、球状の体から翼を展開し、蒼穹の空へと舞い上がる。
あの灰色のズングリムックリな体と小さな羽。店長は見覚えがある。
「殺戮の象徴。『キラー鳩』!」
発達し過ぎた鳩胸で狙った獲物を圧殺し、その死肉を喰らう殺人怪鳥。その危険度はここら一帯での死亡要因トップ5に入るほど。
兎を圧殺し損ねたキラー鳩は悔しさのあまりか、けたたましく鳴き声を上げ、次なる突進のために上空を旋回し始めた。一方の兎は丘を「ぎゃおおおお」と叫びながら転がり落ちている。
「と、とにかく、あのガキが囮になってるうちに、早く中に閉じ籠もろうぜ! いくら奴でも、この鉄の建物までは壊せないだろ!」
腰が抜けた強盗達は四つん這いで店の中に入り込もうとしていた。店長は二人の尻を蹴り上げて言う。
「ガキに助けられっぱなしで悔しくねぇのかお前ら! ったく……」
そう吐き捨てると店長は駆け足で店の中に入っていた。強盗達に「あ、自分だけ逃げて……ズルい!」と弱々しく言われ、店長は舌打ちをする。
さすがの店長も殺人鳥を前にしては逃げ去るを得ない――ということで断じてない。そもそもこの店長、「逃げる」「隠れる」の選択肢が浮上すること自体、稀な話なのだ。
店の奥に向かいながら、店長は店先の強盗達に大声で命令する。
「お前ら! 勝手に店の扉閉めるなよ! それと、この後ちょいとした仕事をやるから、勝手に帰るなよ! ガキを囮にするようなお前らでも務まる、楽な仕事だ!」
そう言い残し、店長は操縦室に向かうと、ガラクタの山をかき分け始めた。
「ええっと、前の狩りから触ってないはずだから――」
そう言って山を崩して手探りで何かを探す。すると、両手に馴染んだ感触の物が二つ、手に触れた。
「あったあった!」
店長はガラクタの山からその二つとモノを取り出した。それは店長とっておきの、旧時代の遺物だ。