1-7 店長、日課
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兎という少女は、結局一日分の給料で胃薬一瓶と非常食の干し肉を買い、店を後にした。
それから数刻後。灼熱の太陽は落ち、辺りは静かな闇に包まれ、極寒の夜が訪れる。
店長は三つの棚を入念に調べ回していた。一段一段、品物を一つ一つ確認。全ての棚を見終わると、顎に手をやり考える。
「どうやら何も盗んではいないみたいだな。マジで胃薬なんかの為に来たのか?」
兎が清掃中、店長は監視を怠らなかった。
掃除という名目で商品は触り放題。盗みをしようと思えばいくらでもチャンスはあったはず。しかし、そのような動きは見せなかった。もしも俺の目を盗み、商品も盗んでいたとしたら実に大した技術だ。潔く負けを認め、盗った物はくれてやるつもりだった。だから兎には身体検査もせずに帰したのだ。
だが、どうやら本当に万引きなどしていなかったようだ。店にある品は兎が買っていった物以外全て揃っている。
「ここまで来る危険を冒してまで胃薬が欲しかったのか。腹痛くらい、気合いで治るもんだがなぁ……」
と独りごちりながら、いつものカウンターの席に着く。ふと、兎は去り際の「では、また明日」という言葉を思い出した。
「なにが「また明日」だ。薬をもらうって目的も果たしたようだし、あんなチビが明日も来るはずないか」
自分に言い聞かせるように呟き、立ち上がる。すっかり陽が落ち、暗闇に溶け込む店の入口へと向かう。
重く堅い扉に手を掛ける。満天に散らばる星が視界の端に映ったが、店長はそんなものには目もくれず、ゆっくりと店の扉を閉ざした。
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朝。カラカラに乾いた空気の中、店長はベッドの上で静かに目を覚ました。パンツ一丁で腹に布を一枚掛けているだけ。
本来、こんな恰好をしていれば砂漠の寒い夜と暑い日中は越せないものだが、この大型装甲の戦車の中では話は別。厚い鉄が外気の熱を遮ってくれている。それだけではない未知の技術のお陰でもありそうだが……店長は調べる気もなく、長年この戦車を住居兼店舗として利用させてもらっている。
店長は身を起こし、頭を一掻きする。三畳ほどの小さな部屋。元々はこの戦車の物置として設計されていたのだろう。ベッドと立ち上がる為のスペースくらいしか空いていない。狭い窓に取り付けられた小さなカーテンから、微かに光が差し込んでいる。まだ鳴らずに寝ている時計のアラームを解除し、小さく唸ってまた寝転がる。
ややあって、ようやく店長はベッドから立ち上がった。そして、自室の扉を開け、狭い廊下へと出る。自室を出た正面に二階へと登る短い階段。左には店へと続く扉。右にはこの戦車の操縦室があるが、ここ最近は物置として使っている。
密閉された廊下は当然陽の光が入らず、朝だというのに暗闇に包まれている。暗闇の廊下を寝ぼけた調子で歩き、操縦室へと向かう。
操縦室は、本来なら十畳ほどの広さ。しかし、今は店長の自室(物置部屋)以上に歩けるスペースがない。工具、服、空き瓶、その他ガラクタ等々。両脇の棚から物がこぼれるように散乱し、辺り一面ガラクタの山が脈々と連なる。戦車を操縦するための機器や設備が最奥にあるはずだが、見る影もない。
ガラクタの山の中、部屋の端には一台の自転車が設置されている。後輪にはコードの付いた部品が付けられ、コードの先には蓄電機が置かれている。
「あー……どっこいしょ……」
店長は年寄り臭い台詞を吐きながらその自転車に跨る。そして、朝の日課であるこの発電作業に取り掛かった。
約三十分後。
「あー疲れた。ったく、昔の奴らが羨ましい。火力だの水力だの風力だの、人力以外で発電できるなんて、贅沢の極みだな。……ま、その贅沢を突き詰めた結果がこのクソ質素な世界なわけか」
顔に伝う汗を適当に壁に引っ掛けたタオルで拭う。
その後、再びそこら辺にあった服に着替える。どれも昨日と同じ服だ。襟元の緩い無地のTシャツにカーゴパンツ。そして、黒のエプロン。臭いと着心地が悪くなければ服装なんてどうでもいい。これも割と最近洗濯したばかりで匂いも汚れも大丈夫……なはず。
店長は身支度を整え、部屋を出る。暗い廊下を抜け、店内へ。
「あっつい……」
廊下と同じく暗闇の住む店内。しかし外へ続く扉が薄いせいか、幾分か熱気が漂う。
カウンターの仕切を開き、棚を通り過ぎる。真っ暗闇で、目には何も映らないが、体が店内の配置を覚えている。掠ることさえなく、棚と棚の間をいつものように通り抜ける。
しかし、いつもと少々異なった点が一つ。
歩いた時に舞う埃がない。いつもは通るだけでフワリと埃が舞う程だった。おかげで毎朝鼻をムズムズさせていた。
「ま、千五百円分の働きかな」
店長は呟きながら重い扉を開ける。同時に降り注ぐ熱風と光線。細めた目に映るのはいつもと変わらない黄金の砂原。上には今日も狂うように輝く太陽と澄んだ空。そんな世界で今日もいつも通り店は開かれた。