5-13 不屈、決着
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兎の狙撃から時を遡ること三分前。つまりはミサイル発射の三分前と十秒前。
北棟。狸座アジトのモニター室。
議論する南棟の兎達とは打って変わって、ここでは激しい戦闘が行われていた。戦闘というには些か一方的ではあったが。
「店んんんんん長ぉぉぉぉ!!!」
未だにフラつき意識が朦朧としているようなヘビの激しい斬撃。店長は大量の出血により足取りがおぼつかないがそれを避け続けている。店長はなるべくその身を窓際から動かさず、顔は常に窓の外に向くようにしていた。もちろん、兎から狙撃してもらうためである。
「何故だぁ! 何故反撃してこん!」
狂喜乱舞の我武者羅の隙だらけの攻撃。普段ならば簡単に仕留められるが、負傷した体とこの場を動けない店長はどうする事も出来なかった。失血も思った以上に酷く、正直シンドくなってきた。とりあえず言葉で宥めてみる。
「なぁ、やっぱり少し待ってくれねぇか。今はお前と争ってる場合じゃねぇんだ。盤堅街が――」
「五月蝿い五月蝿い五月蝿いぃぃ!! また盤堅街かぁ! あんな、全てを諦めた奴らになんの価値がある!」
ヘビのテンションが一段階上がってしまったが、攻撃の手が止まった。ヘビは頭を垂れ、乱れた長い髪の間から目をギラギラさせながら呪言のように言葉を吐く。
「何故だ……何故どいつもこいつも……諦めるんだ。嫌だ、俺は、嫌だ……。まだ諦めたくない。この人生を無意味にしたくない……この世を終わらせたくない……」
相当キマってきたのか、ヘビは意味のわからないことを言っている。しかし、ここは下手にツッコんで刺激せず、静かに聞くことにした。
――兎の狙撃まで、残り二分。
「嫌だ、嫌だ……この世界が終わるなんて……嫌だ、認めたくない……。愚民でも構わない……民を率いて、この世の終わりを皆で阻止するんだ……!」
そしてヘビは歪んだ剣で店長を指す。
「そのためには……俺が最強にならなきゃいけないんだ……それが無理なら……『最強』を従わせなきゃいけないんだ……。店長……! だからお前が、お前が必要なんだ……!」
ヘビは泣いていた。ギラギラと輝く目は涙に濡れていた。
「それなのに……! 貴様も愚民共と同じく世界を諦め、遊惰にも店なんぞ構えて……」
声が段々と小さくなってきた。ブツブツと独り言のように呟き続けているが、意識が遠のいているのだろう。手に持つ液体操作金属の剣が徐々に形状を保てなくなっている。
――兎の狙撃まで、残り一分。
これはヘビの戯言ではなく、本心なのだろう。薄れゆく意識の中、今まで打ち明けず深層に潜めていた想いが浮かび上がってきたのだ。
「ただの格好つけの中二病野郎かと思ったら、本当に格好良い目標を持ちやがって……!」
今まで少し馬鹿にしていたことを心苦しく思いつつ、そのヘビの認識の誤りを指摘する。
「別に俺はこの終わりかけの世界を諦めちゃいねぇよ。むしろ、楽しもうとしてんだよ。あの店一つで世界が変わるなんて思っちゃいねぇが、少しでも世界に絶望せず、この世を楽しむ奴らが集まってくれりゃいいと思って開店してんだ! ……おかげさまで、うちの店には諦めの悪い馬鹿がよく集まる!」
元々は兎の母から言われて始めた店の運営。気付けば生きがいとなっていた。それをただのお遊びだと言われるのは少し腹が立った。それに、ヘビが思っているほど、世界を諦めた者ばかりではない。ふと、トラやリュウ、そして兎の顔が思い浮かんだ。
いつもの数倍弱まってしまったが、渾身の握力で店長は刀を身構える。
――兎の狙撃まで、残り三十秒。
「……悪いが、世界を守るための神輿にはならん! どうしても協力して欲しいなら、店の入口から俺を尋ねるんだな! ちょっとした協力くらいなら、「金」を積めば考えてやらんでもない!」
「……店長ぉぉぉぉ!!」
ヘビはまるで断末魔のような雄叫びをあげ、店長へ突っ込む。
――兎の狙撃まで、残り十秒。
◇◆◇◆
店長には時間が緩やかに流れて見えた。
もはや剣の形をしていない曲がりくねった得物ごと、刺突の構えで自身も突進するヘビ。
突かれた切っ先を、店長は出会い頭、剣先に合わせる。砂を払うような小さな力で突きの軌道を曲げる。真っすぐ突っ込んできたはずのヘビの体の軌道が、斜めに曲がる。ヘビの剣を薙ぎ払い、刀を回し、峰と刃を入れ替えた。
刹那、血走った眼のヘビと目が合った。
……ま、今回は俺の勝ちだ。もしも次は客として来るなら、話は聞いてやるし、水の一杯くらいならサービスしてやろうか。
店長の思いが通じたのか定かではないが、ヘビの顔が少し緩んだ気がした。
一閃。ヘビとのすれ違いざま、後頭部に音も無く一撃を浴びせる。直後、ヘビはゆっくりと崩れ落ちる。
そして、約束の瞬間が訪れた。
――兎の狙撃まで、残り一秒。
店長は振り抜いた腕を切り返し、上段の構えにする。窓辺からは一歩も動いていない。この眉間も窓の外から見える位置。
ミサイルのコードの位置も頭に入っている。この角度、この力具合でいいだろう。
――兎の狙撃まで、残り零秒。
瞬間、遥か遠くから感じた確かな殺気。この殺気のおかげで狙撃の位置とタイミングが寸分狂いなく掴める。
「兎! てめぇの『覚悟』! しかと受け取った!」
片手で握る刀に力を込め、縦に一閃。
刀を振り降ろした瞬間、遥か遠くから聞こえる銃声。そして、迫りくる弾の気配。
「だっ!」
振り下ろした刀から伝わる確かな手応え。刃の中心、ど真ん中、芯に当たった感触。
痛快な金属音が辺りに鳴り響く。
直後、遠くで、鈍い音がした。
店長は刀を鞘に納める。金属のかち合う軽い音。
時計を確認。現在午後一時。
ミサイルに変化はない。――が、先程見た時と違いがあるとすれば、ミサイルから露出した赤いコードが一本、鉛玉により引き裂かれているだけだ。
店長は無線の通話ボタンを押し、告げる。
「野郎ども! もうここに用はない。……帰るぞ!」