1-5 遺物、ゴミ
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その後、店長による店の説明が一通り行われた。
営業日は週六日間。開店と閉店時間は店長の気分次第(大体昼前には開き、日が落ちると閉めるらしい)。兎の出勤日はいつの間にか毎日になっていたし、給料も勝手に決められていた。時給七百五十円。金なんて見た事もないので、それは多いのか少ないのかすら分からなかったが、兎はなんとなく騙されている感じがした。それでも、文句を言える勇気なんてある訳もなく……。
長い説明を終え、店長は少し疲れたのか深いため息をつくと頬杖をつく。すると、何か思い出したのか生気のない半開きの目が少し大きく開いた。
「言い忘れてた事が一つ。あくまでも換金と会計は俺がするからな」
念を押すように店長は兎の目をジッと見つめて言う。頷く――が、疑問が一つ。
「会計ってお金の計算ですよね? それくらい私でもできる……かもしれません」
字は読めないが数字の計算はそこそこできると自負している兎に、店長は嫌味ったらしく答える。
「会計をちょろまかすかもしれないだろ? 任せられるか」
当然のように話す店長に、兎は口を尖らせて言う。
「そんな事しませんよ……(バレたら殺されそうだし)。そんなに信用できませんか?」
「当り前だ、さっき会ったばかりなんだ」
反論できないのがまた悔しい。
「じゃあ、私は何をすれば?」
「お前の仕事は主に掃除と接客だ。見ての通り店の中はそこそこ汚いし、知っての通り俺は人見知りだ」
「いきなり人に刃物を投げるのは「人見知り」の域を超えていると思うのですが……」
「なるほどたしかに、挨拶ってのは相手に届かないと意味がないもんな。……今度はしっかりお前の耳に届けようか?」
店長はエプロンのポケットからナイフを取り出す。銀色のナイフがキラリと光った。
「け、けっこうです。じゃあ、私は接客と掃除担当ということで」
仕方なく兎は言われた通り店内の掃除を始めることにした。店長から渡された手箒片手に、まずは一番ごちゃごちゃし、埃が溜まっている中央の棚から掃除することにした。目の前にするが、まずどこから手を付けていいのかすら分からないほど、乱雑に物と埃が置かれている。
「物を売るってレベルじゃないなぁ」
「古い言葉知ってんだな」
「はい?」
「……いや、なんでもない。いいから掃除始めろ」と店長に言われ、兎は掃除を始めた。軽く箒で最上段の瓶をポンと叩く。埃は爆発するように散り散り、顔に降りかかる。
「ケッホッ……もう、そもそもなんなんですか、この箱とかは……」
そう小声で文句を言うと、後ろから店長が少し弾んた声色で語りかける。声色の割に、やはり無表情だが。
「お、その棚の物に興味があるのか。仕方ない、解説してやってもいいぞ」
全く興味などないのだが、うっかり危険物に触れるのも怖い。兎はとりあえず目についた物から指差して確認する。
まずは、なにやら文字が刻まれている2つの灰色の立方体を指指す。2つとも、文字が書かれているが掠れて一部読めないところがある。
「この、「ジー〇サッカー」? って箱はなんなんですか? 2つとも似たような見た目ですが、値札の額が全然違いますね」
一方には「100円」、もう一方には「10,000円」の値札シールが貼られている。
「あぁ、それな。旧時代に使われていた「カセットゲーム」という遊具らしい。ゲーム機本体に挿して遊ぶんだと。で、その2つが同じ見た目なのに値段が違うのは……旧時代からそうなっていたらしい。もしかしたら、片方にはなにか凄い秘密があるのかもしれん。まぁ、ゲーム機本体がないから、確かめようがないけどな」
「へぇー……」と兎は興味なさげにその2つを棚の隅に追いやる。次に目に入ったのは親指サイズの黒い立方体。値札とは別でなにやら文字が書かれたシールが貼られている。
「この小さい箱はなんですか? 「Amagasaki2022」って書いてありますが」
「USBメモリっていう記憶媒体だそうだ。なんか知らんが貴重情報が入ってるらしい。旧時代に一度紛失されたことになってたんだが、どこからか発掘されたんだ。貼ってあるのはたぶんパスワード――その中身を見るための暗号だな」
「え? 暗号なのに表面に貼ってて良いんですか?」
「駄目に決まってんだろ」
兎にはちょっと理解し難い話のようだった。とりあえず棚の奥へ並べる。
次に出てきたのは「セット商品」と書かれた小さなファイル。中を開くと何枚かの厚紙が出てきた。色とりどりの型紙には食べ物の写真がプリントされているものもあれば、写真の切り抜きのようなものを集めたものなどなど……どういうカテゴリでまとめられているのか分からなかった。
「あぁ、そいつはコレクター向けの収集品だ。棚の一番上にデカいシールも置いてあるだろ。それもセットだ」
兎は言われるがまま棚の一番上をみると、横幅1メートルほどの長方形のシールが置いてあった。「女性専用車両」と書かれている。
「「女性専用」系の旧時代の遺物を集めたものだ」
「へー、旧時代は女性のほうが優遇されてたんですね」
兎が感心しながら手元のファイルを見ると、たしかに分類がバラバラのように見えた複数の厚紙に共通点があった。それぞれ「レディースデー」や「レディースセット」などなど、おそらく女性を表す文言が書いてある。
「さぁな。でも当時の書物には頻繁に「男女平等」って書かれたものが多い。平等にするための取り組みだったのかもな」
「なるほど、旧時代は素晴らしい考えがあったんですね。ところで「男性専用」系の遺物はないんですか?」
店長は頭を振る。
「俺も探してるんだが、あんまり見つからないんだよ」
「「男女平等」の思想があったのに? ……不思議ですね」
「あぁ、不思議だなぁ」
とりあえずこれも棚の奥に押しやるが――キリがないように思えてきた。
「あの、店長……ここにあるの本当に売れるんですか? ほとんどゴm――」
「その棚がこの店の主力商品だ。ないとは思うが「ゴミ」とか言ったらぶっ殺すからな」
危うく殺されるところだった兎は「サー・イエス・サー」と言って整頓作業に戻った。