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終わる世界、始まる店  作者: 梅枝
第五章

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5-10 覚悟、最後

◇◆◇◆


 トラからの無線を聞きながら、店長は窓から正面の棟を覗く。ここ北棟三階から見て正面、遠くにある南棟四階。トラに無線で再度問う。


「四階のどこだ? 近くの窓から中庭見れるか?」


 そう問うと無線の向こう側からバキッと何かを破壊する音が聞こえた。そして「げっ、なんじゃありゃ」というトラの声がした。


「おいおいおい、店長。なんだあれは? ミサイルか?」


 トラの問いかけを無視し、店長は目を凝らして南棟を見る。


 ……いた。南棟三階の窓。窓が破壊され、そこに人影が見えた。最悪なことにほぼ東棟と隣接したところであり、この正方形状のアジトの、最も距離のある対角線上に位置している。一つの棟の長さが約七百メートルだから……およそ一キロメートルほど。ミサイルが西棟寄りにあるため、影になっていないことが不幸中の幸いか。


 見えるのならば、奴ならできる(・・・)はずだ。

 

「トラ。実はかくがくしかじがで――」


 店長は手短にヘビを倒したこととミサイルについて話した。トラは驚きつつも不謹慎にも笑いながら相槌を打つ。


「――てなわけで、ピンチだ。だが、ある策を考えた」


「なるほどな、わかった。オレ達は何すればいいんだ?」


「トラとリュウは何もするな(・・・・・)。やるのは兎だ。……兎に無線代われ。あと、ミサイルの件も兎には話すなよ」


 「……りょーかい」とトラは深く追求せず、兎へと無線を交代した。すぐに兎が出る。


「え、あの、店長、どうかしましたか?」


 のんびりした口調。まさか自分の街が危険に晒されているとは知らないのだろう。だがそれで良い(・・・・・・・)


「無事に矢部も救出できたみたいだな」


「あ、はい! そうなんです! トラさんとリュウさんのおかげで……ホント、この人たち凄い人たちだったんですね。店長の方は大丈夫――」


 浮かれる兎の口調をぶった切るように、店長は冷たく言う。


「こっちはもう片付いた。さて、諸々の問題も解決したところで、次はお前の精算(・・・・・)だな」


 無線から何も返事が返ってこない。ややあってから兎が「どういうことですか?」と恐る恐る問うてきた。


「お前のスパイ行動(・・・・・)についてだ。まさか、俺の命を狙っておいて「ごめんなさい」の一言で片付けるつもりじゃないだろうな」


 無線の向こう側で兎が戸惑っているのが分かる。その表情もありありと目に浮かぶ。


「というわけで、お前には罰を受けてもらう。お前自身は今後もウチで働かなきゃならんから、代わりに――お前の家族に償ってもらおうか。そうだなぁ、六人も兄弟がいるんなら、二、三人ほど死んでもらおうか(・・・・・・・・)


「――なっ! そんなっ! なんてこと言うんですか!」


 ノイズ混じりの兎の叫び。店長は意地悪そうに続ける。


「こちとらお前に殺されるかもしれなかったんだぞ? まさか、安く見積もってるテメーの命を代償にしようなんて考えてたのか?」


 「そ、そういう訳じゃ……」と狼狽える兎。荒い吐息が無線越しでも聞こえる。店長は少し声を落ち着かせ、続けた。


「だが、実はお前の母親にはちょっとした借りがある。今回ここまで着いてきたのもそれが理由なんだが――その借りに免じて、お前にチャンスをやろう」


 店長は窓に寄りかかり、遠く南棟の兎達がいる窓を見つめながら言う。


「兄弟を殺されたくなけりゃ、俺を殺せ」


 少しの沈黙。が、すぐに兎が「はい!?」と素っ頓狂な声を上げる。


「ただし、俺もタダでは殺されたくないからな、抵抗はする。……要は、俺と真剣勝負しろって話だ。お前が勝てば俺は死ぬし、俺が勝てばお前の兄弟を殺す。てなわけで、えーっと、今から五分後。十二時五十九分五十秒。この時間、俺の眉間を狙撃してみせろ。そこの窓から俺の姿が見えるだろ」


 ガタガタっという無線の音。ややあってから兎が言う。


「見えます。けど、一体どうしてこんなことを? あっ! まさか……店長、ヘビさんからあの話を――」


「なぁ、バイト。お前の家族の命がかかってるのに、何を躊躇うことがある? まさか、お前にとって俺は、家族以上に大切なものなのか?」


 無線の向こう側、困った様子でおどおど兎は答える。


「……ごめんなさい、違います。でも、だからといって店長を――」


「犠牲にしたくない、ってか。別にいいじゃねぇか。一番大切な、家族のためだろ」


 未だ狼狽える兎に店長は続けて言う。


「お前は「他人を犠牲にしたくない」とは言うが、そいつは結構難儀な話だぜ? 生きるためにはよ、何かしら犠牲が必要なんだよ。誰かが幸せなら、誰かを不幸にしなきゃならん」


 店長は今日も蒼く、どこまでも突き抜けて行きそうな空を見上げる。


「それはこの時代だから、って話じゃあない。昔から――旧時代の頃からそうなんだ。ボケーっとしてたら、誰かの幸福のために自分が不幸になっちまうんだ。それでいいのか? ムカつくよな? 俺はムカつく」


 母のことを思い出した。いつも誰かにペコペコ謝る母。自分は悪くないのに、他人の顔色ばかり伺っている母。己が幸福を捨て、不幸のまま死んでいった母。そんな母に似ている兎への言葉は、もしかしたら母に伝えかった言葉なのかもしれない。


「この世の中、やるかやられるかの勝負の世界なんだ。だったら我儘に、自由に、好き勝手にやる方が良いんじゃねぇか? その代わり、他人から奪ってまで幸せになる責任――いや、『覚悟』をしなきゃいけねーけどな」


 なんだか長く話過ぎた気がする。ここいらで話を切り上げよう。


「ま、そんなわけで俺と勝負だ。お前の『覚悟』見せつけてみろ」


「そんなこと急に言われても――て、店長っ!! 後ろ!」


 兎のボソボソした声が急に悲鳴に変わり耳を突く。いったい何を――。


 そう思った瞬間、後ろからの殺気にワンテンポ遅れて気がついた。


「店長ぉぉーーっっ!!」


「っ!!」


 身を捻る。しかし、間に合わなかった。左腕に斬撃が走った。



 何が起こったか分からないまま、店長はひとまず横に回避。声がした方向から距離をとり、顔を見上げると――。


 倒したはずのヘビが立っていた。


◇◆◇◆


 全身がずぶ濡れで、銀色の長髪も顔や服に張り付いている。更に、泥や埃も身体のあちこちに付着し、着飾り優雅に見せていた格好はもはや見る影もない。みすぼらしい風貌の中、乱れた髪の間から覗かせる両目だけはギラギラと輝いていた。そして、まさしく蛇のように口を真っ赤に大きく開け、ヘビは笑った。


「ヘビ……! 随分と早いお目覚めだな……!」


「まだだ……まだ決着は……俺は死んでないぞ! 店長っ!」


 ヘビはフラつきながらもその手にはしっかりと剣を持ち構えていた。銀色のか細い剣。おそらく、崩壊した液体操作金属をかき集め、なんとか一振りの剣を作ったのだろう。気絶から覚醒したばかりで脳波が乱れているのか、剣は真っすぐではなく所々波打ち歪な形状となっている。


 状況判断もそこそこに、店長は左腕に熱のような痛みを覚えた。直前で身を捻りはしたものの、反応が遅れ、左腕を斬りつけられた。骨までは達していないものの、傷は深く鮮血が噴き出している。恐らく左腕で得物は扱えない。


 耳のイヤホンから兎の心配する声が聞こえる。そんな心配してどうする。お前は今からの俺を殺さなきゃいけないというのに。


「俺のことは気にするな! とにかく、さっき言った時間に撃て! いいなっ!」


 そう言って店長は無線を切った。そして、部屋の片隅で小さく震える狸の女部下に大声で聞く。


「おいっ! ミサイル発射まであと何秒だ!」


「えぇ!? あ、えーっと、あと四分十五秒………今、二百五十秒前です!」


 店長は頭の中でカウントを始めた。兎に撃てと言ったのが発射時刻の十秒前なので、兎からの狙撃までにあと二百四十秒。


 『狙撃の弾を跳ね返し(・・・・)、ミサイルの発射信号を制御するコードを切る。』


 これが店長の狙いだった。狙撃の時間と位置さえ分かっていれば、店長にはそれが可能。しかし、今は予期せぬトラブルが発生してしまった。まさかヘビが起きてこようとは。


「店長! なにをしている……さっさと続けるぞ……俺と、お前の、因縁の決着だぁ!」


 それほど因縁があるわけでもないのだが……。錯乱状態の奴に言っても仕方がないか。


 店長は無傷である右手を腰に据えた日本刀へと伸ばす。やるしかない。ヘビを片付けつつ、兎からの弾丸を刀で跳ね返し、ミサイルの発射を止める。……なんてスケジュールだ。


 店長は刀を抜き、正中線上に構える。


「いいぜ、やってやる。だが、これで最後にしろよな。最終ラウンドのその次――エクストララウンドだ……!」

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