5-9 秘策、奇策
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四つの棟に四角く囲まれた大きな中庭。その中央には、棟と同じ高さの巨大な鉄柱がそびえ立っていた。今となっては珍しい、三百年前は毎日空を飛んでいた「あの柱」だ。白色の、先端はするどく流線型の形をし、爆弾を積んだ鉄柱。俗にいう「ミサイル」だ。
店長は霞む目をこすり、もう一度確認。あの形、あのサイズ。間違いなく、ミサイルだった。ツギハギだらけのなんともみすぼらしい姿だが、発射するのを今か今かと待つように、小さく振動しながら準備を待っている。
「おいっ! なんだあれは! ミサイルだよな!? どうしてお前らが……」
振り返り聞くと、狸の女部下が偉そうに答える。
「凄いでしょう! 店長を殺す為の狸座極秘プロジェクト! 各地から掻き集めた素材での簡易ミサイルの開発に、つい先日成功したんっス!」
嬉しそうに語る女部下の頭を軽く叩く。
「その俺にここまで侵入を許しておいて、偉そうにすな!」
まさかこんなものまで作っているとは思わなかった。ツギハギだらけで本当に飛ぶかどうかも疑わしいが。
「こんなものあるなら人質使って呼び出さずに、最初っから店を狙えばよかったんじゃねえのかよ」
「「それだと店長の悔しがる顔が見れないから」と、お頭は言ってたっス。……それに、これも交渉用の材料でして……」
くだらない理由だが、こちらとしては助かった。それよりも、気になることがある。
「なんだよ、交渉用の材料って」
言うと女部下はもじもじとしながら言うのを躊躇っている。が、ちらちらとモニターの方を何度か見ると、少し慌てた様子で言った。
「その……デフォルトの照準を盤硬街にしてるんス。人質が取れなかった場合は、これで街ごと人質にしちゃおうかなと。で、さっきお頭がこれを起動しちゃったんスが、同時に制御盤も壊れてしまったみたいで……止める事もできないっス……」
店長は目を開けたまま思考停止。数秒固まりやっと我に返ると寝っ転がる狸の部下の胸倉を掴み、吠える。
「てんめぇ!! ふざけんな! 俺はこんな所にコントしにきたんじゃねーんだぞ!」
しかし狸からの返事はない。まるで屍のようだ。
「クソッ! ……ええい、あれはいつ発射されるんだ!」
女部下はあたふたしながらモニターの数値を見る。
「え、えっと。ちょうど午後一時のタイマーにセットしているので……」
店長はエプロン野ポケットから時計を取り出す。午後一時ならばあと八分ほどか。
「まだ少し時間はあるな。制御盤からの操作はできなくなっても、何かあのミサイルを止める方法はねぇのか!? 主電源を切るとか、発射信号を伝える部分を破壊するとか、何かあるだろ?」
女部下はうーんと考える。「主電源を切ってもバックアップ電源が動いちゃうし……」とブツブツ言うが、あっと声を漏らして窓の外を指差す。
「あ、あの外装が剥がれている所、見えるっスか? 材料が足らなくてカバーを掛けられなかったんスが……。あそこにある赤いコードが、発射信号を伝えるコードっス。なのであれを切れば止められるっス」
女部下が指差したのは、ミサイルの中腹。ツギハギだらけの外装がたしかに一部だけ剥がれていた。
店長は目を凝らし、注視する。すると、青や緑や黒のコードの中、一本だけ真っ赤なコードが目に入った。約直径二センチほどの、小さいコードだ。
「よし、あれを切ればいいんだな」
とは言ったものの、さてどう切れば良いものか。
今から下に降りてミサイルによじ登るのはどうだろうか。右脚の怪我と出血のせいでもう早く走れないがギリギリ間に合うかも。――いや、そもそもあんなオンボロなミサイル、よじ登った振動だけで誤爆しないかが心配だ。この案は却下。
ナイフや銃でコードを狙うのはどうだろうか。――いや、ここからコードまで直線距離にして五十メートルはある。ナイフの投擲は無理だし、銃も無い。銃があったとしても自分の狙撃の腕では数センチのコードを撃ち抜く自信もない。この案は却下。せめて兎がいれば……。
そうこう考えている間に、ミサイル発射までもう残り七分。窓に寄りかかりながら、店長は焦っていた。兎の母一人を救うためにここまでやってきたが、このままでは街ごと爆破されてしまうではないか。本末転倒どころの話じゃない。何か、策はないか。
と、その時。不意に耳のイヤホンから音が流れた。店長は驚きハッとするが、すぐに兎達からの連絡だと気づいた。一瞬のノイズの後、声が聞こえた。
「おいっすー、店長! 聞こえてるかー? こっちは無事に――」
「トラか! 悪いが、今ちょっと忙しい。矢部を見つけたんなら、ちょっと盤硬街には行かずにその場で待機――」
と言いかけたところで、店長はある策を思いついた。しかも、これなら盤堅街だけでなく、もう一つの問題も解決するかもしれない。我ながらクールで冴えたやり方だ。
店長は言葉を切り、トラに続けて聞く。
「お前ら、今どこにいる!? 西棟か?」
「はー? いや、実は南棟なんだ。南棟の四階だ」
南棟! ここ北棟から最も離れた場所だ。しかし時間がない以上、この案でいくしかない。店長は腹を括った。




