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終わる世界、始まる店  作者: 梅枝
第一章
3/35

1-3 無表情、無双

◯●◯●


 暗がりから現れた男。


 ボサボサの無造作な髪は所々に白髪が混じる。両の目は輝きがなく気だるそうな半開き。顎には剃り残した髭が見える。服装は深緑色の汚れたカーゴパンツを穿き、黄ばんだ白のTシャツ、その上に肩から膝下まである真っ黒のエプロンを掛けている。


 野暮ったい、というのが第一印象。しかしそれ以上に少女が思ったのは――。


 なんて、顔に感情がない人なんだろう。「冷たい」とかじゃなくてほんとに何も無い(・・・・)。完全な無表情。死体ですら表情を感じ取れるのに、この人からは何も感じない。


 突然の来訪者である私に怒るでもなく、恐れるでもなく、訝しむでもなく、ただただ無の感情で見下ろしている。


「あ? アルバイト希望じゃないのか?」


 言葉にすら温度を感じない男の問いかけに、戸惑う。何と答えればいいか分からない。


 「アルバイト」という単語に聞き覚えはない。似たような言葉をどこかで見たような。


 ――あ、ここに来る際、休憩に使った岩に書かれていた言葉か(「アノレバイト」と間違って読んでいた)。少女は思い出し、頷く。思い出したところで依然意味は分からないが、反射的に頷いてしまった。


 それが良くなかった。男は少女の頷きを「YES」と捉えたらしい。


「そうか、久しぶりだな……。半年ぶり、十二人目か」


 男はそう呟くと視線を少女から外す。何か思い出しているかのように黙り始めた。


 この隙に逃げてしまおうか、などと少女は考えたが、如何せん腰が立たない。這ったまま後ろに下がるので精一杯だ。入口はすぐ後ろにあるはずだが、遥か彼方に感じる。


 男が再び少女へ空虚な目を向ける。


「ところで、後ろにいるのも同じアルバイト希望か?」


「……へ?」


 間の抜けた返事を返しながら、やっと入口付近まで這っていた少女の身体に影が被さる。それとほぼ同時に背中に何かが当たった。少女は恐る恐る見上げると、そこには屈強な男が一人立っていた。


「うわわわっ!? ごめんなさいーっ!」


 少女は転がるようにその場から横に転がって、部屋の隅に逃げ込む。


 入り口に立つ大男は砂漠移動用の装備を外し、髭面を晒した。この戦車の主とは違い、喜々とした感情溢れる笑みを浮かべている。懐から鈍く光る片刃のナイフを取り出し、その刃を戦車の主へ向けた。


 殺気立つ空間の中、無防備に対峙する戦車の主は深い溜息を吐く。


「外にも一人いるみたいだな。一応、募集は二人までなんだが……定員オーバーだ。面接でもするか? 安心しろ、履歴書ってやつは必要ないから」


 そうに言うと、ナイフを持った男は下卑た笑い声をあげる。


「こんな砂漠のど真ん中に家を建てる大馬鹿者がいるとはなぁ! 定員オーバーだぁ? その心配はないぜ。今から一人減るんだからなぁ! ヒャッハー!」


 奇声と共に、ナイフを構え、大男は戦車の主に襲い掛かる。


「ひっ!」


 少女は路傍の石の如く大男から無視されているが、その殺気に思わず目を塞ぎ、小さく縮こまる。脳裏に数秒後の映像が流れる。


 嗚呼。きっと、大男にナイフで刺されたこの戦車の主は、うめき声を上げながら倒れ、血飛沫が飛び、一面は血の海となるんだ――。そして、ナイフの次の標的は、たぶん私だ……!


 絶望する少女。しかし、数秒経ったが、やけに静かだ。うめき声も血飛沫の音も聞こえない。少女は堅く閉ざした目を恐る恐る開ける。


 そこにはナイフを前に突き出した姿勢のまま止まった大男。そして依然として無表情な戦車の主の姿があった。


 大男が両手でナイフを突きつける中、戦車の主は片手で、しかも親指と人さし指のたった二本の指で刃を挟むようにしてナイフを受け止めていた。


 襲いかかっている大男も訳が分からないといった様子で目をパチパチさせている。


 わけの分からない状況だが、コレだけは分かる。圧倒的な力の差(・・・・・・・)がそこにはあるのだ。


 戦車の主はナイフを指で挟んだまま、まじまじとそれを見つめる。


「安い鉄を使ってんなぁ。……他に得物は?」


 淡々と大男に問いかける。しかし、返事は返って来ない。依然、大男は顔を真っ赤にしながら全力でナイフを押し込んでいる。しかし、ナイフはびくともしない。


「なんだ、無いのか。というか、アルバイト希望じゃないのか。……いや、それにしても「ヒャッハー」ね。分かりやすくて良いな。ゴロツキしか使わない言葉だもんなぁ。おかげでこっちも対応(・・)しやすい」


 戦車の主はそう言いながらゆっくりと片足を上げる。


「悪いが強盗とは商談しない方針なんでな。得物は置いて、さっさと――帰れ!」


 掛け声と共に戦車の主は大男の土手っ腹に蹴りをお見舞いする。


「ぐぅえっ!」


 大男は低い呻き声を上げ、入り口から外へ吹っ飛ぶ。階段を転がりながら落ちていく音が鳴り響く。蹴り飛ばした戦車の主の手には、ちゃっかり大男のナイフが残されている。


 奪い取ったナイフを品定めするかのように戦車の主が見つめ始めたと同時に、入口からまた別の男が入り込んできた。今度は少し細身で背の高い男だ。


「てめぇ! よくも相棒を……。ぶっ殺してやる!」


 息巻く男の手には拳銃が握られていた。片手に収まる小さな銃だが、その威力が凄まじい事は、荒く削られた銃口が物語っている。


 そんな脅威を突きつけられても戦車の主の表情はやはり変わらない。その銃を見つめながら呟く。


「おー、銃か。そうそう手に入るもんじゃないぞ。……って、ん?」


 急に言葉を噤む戦車の主。やっと命の危機が迫っていることを理解したのか? という少女の考え虚しく、ため息混じりに言う。


「あーあ、駄目だそりゃ。なんなんだその銃口、削れまくってるじゃねぇか。お前らそろいもそろって安物しか持ってないのかよ」


 小馬鹿にする戦車の主に向かって、長身の男は銃を構え、照準を合わす。そして無言のままトリガーは引かれた。


 全ては一瞬。乾いた発砲音が部屋中に鳴り響く。同時に甲高い金属音。直後、何かが千切れるような鈍い音がした。


 瞬きすら出来ない刹那の時の中、少女の耳はしっかりとそれらを捉えていた。


 硝煙が入口からの風にさらわれ、まるで何もなかったかのように二人の男は同じ姿勢で立ち臨む。


 すると、次の瞬間。


 撃った男は左耳を手で押さえ、小さく呻き声を上げながら一歩後ろに下がる。床に拳銃が音を立てて落とされた。男が押さえ込む耳から、鮮血が流れる。


「あぁっ!? み、耳がぁ!」


「ん、しまった。思ってた射線とズレちまった。もっと良い銃だったら、当たらないように跳ね返したのに。……って、まじか、ナイフも凹みやがった。はぁ、またスクラップが増えちまった……お前らよくこんな装備で強盗しようと思ったな」


 戦車の主は刀身の凹んだナイフを片手にため息をこぼす。ナイフの背は凹み、小さな煙が出ている。


 これは、つまり――こういうことだろうか。


 この戦車の主は発砲された弾を弾き返した(・・・・・)のだ。先ほど奪ったナイフを使って。


 呆気にとられた少女と耳を削がれた男を余所に、戦車の主はナイフを見つめため息を一つ。


「ま、鉄は後処理にさほど困らんのだが、生モノ(・・・)の処理は面倒なんだよなぁ……」


 戦車の主は使えなくなったナイフをエプロンのポケットにしまい込み、未だに耳を抑え込み悶える男に睨む。その目からは相変わらず感情が読み取れない。しかし、少女は何度かこの目を見たことがある。瞳の虹彩から光が失われ、黒く冷たい目。人殺しの目だ。


「ぅあっ、……ちきしょう!」


 耳を削られ血を流す男は、呻き声とも悲鳴ともつかない声を上げて外へ逃げ出してしまった。戦車の主はそれを追い掛けるように外に飛び出し、叫ぶ。


「次は「客」として来い! もしくは、もっと良い武器持って襲って来な!」


 その言葉に耳を傾ける余裕もなく、二人の男はバイクに跨りその場を去ってしまった。


 薄暗い戦車の中には、隅で縮こまる少女と、戦車の主である男だけが残った。


 この戦車(店?)に辿り着いてから十分も経っていないだろう。まるで砂嵐に遭ったかのように全てが一瞬で目茶苦茶だ。


 少女は未だにその余韻で床に座り込み、茫然とするしかできなかった。


「で、結局お前はアルバイト志望でいいんだよな? 聞きたい事も、教える事も山ほどある。ついて来い。……えーっと、お前、なんて名前だ?」


 数秒してからそれが自分に向けられた言葉だとわかった。


 乾いた喉の霞んだ小さな声で少女は答える。


「兎です。……十六尾(じゅうろくび) (うさぎ)です」


 これから先、いったいどうなるのだろう……と不安に震える兎だった。

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