3-4 医者、薬剤師
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バイクから降ろした積荷を二人で担いで歩く。店長と話しながらこの旧都市前を歩いていたため気付かなかったが、そこかしこにあるマークが貼られていた。
黄色地の中心に黒い丸、それを中心に放射状に突起があるマーク――いわゆる「放射能マーク」――だ。
母からこのマークについては聞いてる。「放射能っていう……まぁ、毒みたいなものが近くにある、ってマークだから、これには近づくな」と。
それがそこかしこに貼られているため、兎は慌てて店長の袖を引っ張る。
「て、店長。大丈夫なんですか? ここ、放射能が――」
「あぁ、気にすんな。フェイクだ。この辺りはまだ大丈夫だ」
そう言って店長はズンズン進む。
フェイク……今から尋ねる医師はよっぽど警戒心が強い人なのだろう。未だにマークが目に入る度、肝を冷やしながら兎は店長の後をついて行く。
崩れた建造物の間を進んで暫くすると、店長は急にその足を止めた。
「どうしたんですか?」
止まった場所は何も無い少し開けた空間。瓦礫ばかりで人が住むような家は見当たらない。
兎が辺りをきょろきょろ見回していると、店長はその場にしゃがみ込む。そして、地面を軽く数回叩く。兎には何をしているのか全く分からなかった。
しかし、ややあってから、急に店長の叩いた地面が割れた。ちょうど人一人分の大きさの四角い穴が開いたのだ。その先は深く続いているらしく梯子が掛っている。
「えぇ……! 隠し通路……!?」
「行くぞ。ついて来い」
驚いている兎を尻目に店長は梯子を降りて行く。呆気にとられていた兎もすぐに店長の後に続く。
深い穴を下る。もう石ころほどに小さく見える頭上の入口を見上げながら、兎は店長に続いて慎重に降りて行く。鉄の空洞は息苦しく、できることならすぐにここから抜けだしたい。そんな事を思っていると、折角頼りにしていた入口からの光が、急に消えた。恐らく地面の扉が閉められたのだろう。
真っ暗な中をさらに慎重に降りて行く。数メートル降りると、足元から光が見えてきた。手元の梯子も見える程度に強い光。少し安心して降り続け、やっと最下層に着いた。梯子から手を放し、振り返る。
ぽっかりと広がる空間。店の三倍ほど大きい空間が、地下に広がっていた。恐らく、昔は防空壕のような所だったのだろう。
薄暗いライトが天井に点々とあり、壁は瓶や試験管、本で埋め尽くされた棚が並べられている。瓶の中身は液体だったり固形物だったり、空っぽのもある。
壁から少し離れると大きなテーブルがそこら中に置かれ、テーブルの上には同じく瓶や試験管などがひしめきあっていた。床にはゴミや空き瓶が散らかっている。
雑多な空間の先、部屋の中央のテーブルに人がポツンと座っている。女性のようだ。
「よう、久しぶりだな。矢部」
「そうだな、何カ月ぶりだ? ……まぁ、どうでもいいか」
挨拶しながら、店長はゴミを掻き分け進む。部屋の中央にいる女性はこちらが近づいているにも関わらず、テーブルの上で何か作業を続けている。薄暗くてよく見えなかったが、段々と近づくとその風貌がやっと確認できた。
黄ばんだ白衣に身を包み、何故か眉間にしわを寄せた色白な女性。手入れなどされていないボサボサで乱れた黒い長髪を、後ろで適当にまとめ上げている。鋭い三白眼の目の下には小さくクマができている。その見た目のせいで少し老けて見えるが、歳は三十代前半といったところだろうか。一言で形容するならば、『マッドサイエンティスト』という言葉が相応しいだろう。……実際にマッドサイエンティストに会ったことなんて無いが。
「で? なんなんだそのガキは」
矢のような鋭い視線が兎を貫き、兎は臆して口が動かなかった。代わりに店長が答える。
「うちの新しいバイトだ」
「あんまりウチに人を連れ込むな、と以前から言ってるよな?」
「色々と薬関係の雑用を覚えさせたくてな。安心しろ、漏れないように釘は刺しておく。それなりにマトモな奴だ。……なんやかんやで勤続六日目だし」
するとマッドサイエンティストはニヤリと笑った。
「まだバイトを募集してたとは、懲りないな。勤続六日目か、新記録じゃないか? お前のところに六日も通う奴がマトモかどうかは差し置いて……この場所がバレたらお前も苦労するんだから、漏れないようにきっちり指導するんだな」
毎度似たような台詞を言われるな、と兎が思っていると、店長が荷物を下ろすように促した。店長は足元のゴミを蹴散らして空間を作り、兎はそこに持ってきた荷物を下ろす。
「そもそも今日は何しに来たんだ?」と問うマッドサイエンティスト。
「偶々キラー鳩の肉が手に入ってな」
「お土産か、殊勝なこって」
「土産じゃねーよ。またテキトーな薬と交換してくれ」
言うと、女は残念そうに溜息を吐き、ブツブツ何か独り言を呟きながらゴミの山を歩いていく。女がだいぶ離れたのを確認すると、兎は店長の背中を突いて、耳打ちする。
「あの人がお医者さんなんですか?」
「あぁ、そうだ。名前は矢部。軽い怪我や病気を診ることはできるが、基本的にはここでこっそり薬を作ってる医者だ。趣味が高じて工学にも長けててな。たまに俺と色々モノづくりしている」
「あんまり個人情報を漏らすな。……あと、私は医者じゃない。あくまて薬を作るだけの『薬剤師』だ」
いくつかの小瓶を脇に抱えながらいつの間にか矢部医師はこちらに戻ってきていた。
「ヤクザ……医師……?」と兎が復唱すると、矢部医師が顔を引きつらせ注意する。
「「ヤクザ」で区切るな。「薬剤師」だ」
「あぁ……ごめんなさい。薬剤師のヤブさんですね」
すると矢部医師は目を見開いて兎を睨見つける。
「だ、誰がヤブ医者だ! そこいらのモグリの医者と違って、代々の医術を学んだこの私をヤブ呼ばわりするとはな! 良い度胸してるじゃないか! えぇ!?」
「あ、ご、ごめんなさい。や、やっぱり、立派なお医者さんだったんですね?」
「……! 私の名前は『矢部』だ! おい、店長! なんなんだコイツは!?」
店長は腕を組み溜め息をつく。
「たぶんそいつに悪気はないんだが……ナチュラルに煽るのがソイツの悪い癖だ。慣れろ」
「ご、ごめんなさい……」という兎の言葉を聞くと、矢部医師はチッと舌打ちし、またゴミの山を掻き分けて部屋の奥へと潜っていった。
また癖のありそうな人が現れたなぁ、と兎は小さく溜め息をついた。店長の周りには変わった人が集まるようだ。
……もしかして、私もなんか変?




