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終わる世界、始まる店  作者: 梅枝
第三章
23/54

3-1 過去、夢

◇◆◇◆


 夢だとすぐに分かった。それも、十年ほど過去の記憶の夢。


 見た事のある風景、嗅いだ事のある匂い、体験した事のある体の痛み。ノイズ混じりのセピア色した過去の世界。


 ベッドの上で横になっている。体に力が入らず、指一本動かない。しかし、体には傷一つない。寝込んでいる原因は脱水と栄養失調。一週間以上、飲まず食わずでいた結果だった。


 砂漠を歩いている最中、地盤沈下により地下に潜んでいた旧時代の図書館へ落ち、やっとの思いで出口に辿り着いた直後の事。力尽き倒れていたところを誰かに助けられ、ここで看病されている。


 死の淵を彷徨い、今まで自分が生きてきた軌跡を初めて思い返すが、本当にろくでもない人生だった。物心ついた頃から周りでは強奪、窃盗が毎日当り前のように起こり、自分も自然とそれを行っていた。「とある事」から自分は度々多くの人から命を狙われた。だから、襲われたら返り討ちにしてやった。その仕返しをされても、また返り討ちで殺すこともしばしばあった。


 降りかかる火の粉は掃うたびに大きくなり、気付いたら一つの組織をも相手するほど強大になっていた。逃れられない争いの業火の中、自分と目が合うものは襲うか、逃げるかのどちらかだった。人とまともに触れ合わない環境、心は自分でも気付かないほどゆっくりと荒んでいった。


 そんな環境に長く居過ぎたせいか、こうして誰かに助けられ看病されているこの状況が信じられなかった。何か裏があるのではと疑う。さっさとここから逃げ出さなければ。そう考えるも、首を動かすのやっとで、ボロボロに剥がれかけた天井を見つめていることしかできない。


 ベッドの上で足掻くが、ふと気付く。


 ――ここから逃げたところで、その先に何がある? 俺がこのまま生き続ける理由とは? ……なにも無い。それならいっそ、このまま死んでも構わないか。こんな命、捨ててしまおう。


 身体より先に心が死んでいく。そう感じ始めた時、部屋に誰かが入ってきた。


 女性。顔やその他容姿にはノイズが入り、よく見えない。記憶には彼女の姿が残っていなかった。しかし、ほんの微かに残る記憶によれば、この女が図書館前で倒れていた店長をここまで運んできてくれたのだ。それだけは覚えている。


 その女は、盆に載せた水と流動食をテーブルに置き、ベッド近くの椅子に座った。俺は堅く口を閉ざしている。女は、流動食を取り、かき混ぜながら話し始める。


「全く、情けないねぇ。アンタ、ここいらで有名な盗賊狩りなんだろ? それがあんな所で行き倒れてるなんてねぇ」


 人事のようにケラケラ笑う女は飯を俺に勧める。しかし、俺は真一文字に口を閉じて拒む。


「はっ、施しは受けねぇってか。もしくは性格がひん曲がってるのかね」


 そう言うと女は差し出した流動食を自ら食べ始めた。病人の飯に手を出すなんて、そっちも相当性格が曲がっている、と心の中で思うが、口には出さなかった。


 女は二口ほど食べると、器をテーブルに戻し、代わりにテーブルの隅に置かれていた二冊の本を取る。俺が命辛々脱出した時、図書館から持ち出した発掘品だ。


「なになに……。「よく分かる経済学」、「漢字辞典」。辞典はともかく、経済学の本ねぇ。えらく時代錯誤じゃないかい」


 女は本を開いて読みふける。俺は、依然沈黙を続ける。


 暫く静寂が続き、微かに聞こえる音は女が本を捲る音だけ。俺はもう一度、眠ってしまおうかと目を閉じる。寝てる最中に殺されても、別に構わないと思っていた。夢に落ちる直前、女が本をパンと音を立てて閉じた。


「難しっ、なんも頭に入らんわい! ……でも、確かに「お金」という規律があったらこんな荒んだ世界も少しはマシになったかもねぇ。アンタ、馬鹿っぽい面してる割に、こんなものに興味があるのかい?」


 女はそう聞いたが、俺は無視。ちなみに、答えは「ノー」だ。適当に掴んだのがその本だっただけ。「経済」なんて言葉、知りもしない。


 しかし、女はかまわず続ける。


「「金」か。たしかにこれがあれば貸し借りをやり易くなるねぇ。用心棒職には有り難い話かも。……しかし、広めるには「人」を集めてルールを教える必要があるね。それに、肝心なお金を使う「店」が要るね。色々と難しそうだ。こんな時代だし、無理かねぇ」


 何故か小さく笑う女に、いつの間にか俺は寝るのを諦めて、女の言葉に耳を傾けていた。


 急に女は自分の膝を叩いて、笑って言う。


「でも! いいねぇ! やっぱり難しい事の方が、やりがいがあるってもんだ。「金」を世に広めてさ、少しは整った世界にしてみなよ! 男だったら人生に一つぐらい不可能を可能にしてみるもんさ。あたしの旦那も、『狂犬』と呼ばれたあたしをここまで丸くしたんだよ?」


 最後の方は声が小さくなり、何と言ったかよく聞こえなかった。途端に女は何かを思い出したのか愁いの表情に変わった。

沈黙のあと、女は手に持った本を戻し、立ち上がる。


「さて、いきなりだがアンタに頼みがある。命の恩人の言う事、いくら碌でもないアンタでも、さすがに聞いてくれるよな? つーか、聞け。命令だ」


 ベッドに寝る俺の額を軽く叩いて、女は真摯な態度で話を続ける。


「アンタ相当強いんだろ? だったら、ちょっくらこの街、守ってやってくれねぇか? 今まであたし、いや……あたし達が守ってきたんだが……。相方がさ、病気でくたばっちまってさ。あたしも……もう、疲れちまったよ。つー訳で、これから街のこと、よろしく頼むな。じゃあな」


 言いたいことだけ言い終わると女は立ち上がり、手を軽く振りながら顔も向けずに部屋を出て行った。


 その後、女は一度も俺の寝る部屋にはこなかった。すっかり回復した俺が、食料を運んでくる者に問い尋ねると、あの女はもうこの街を出ていった事が分かった。あの日、俺と話した直後に街を去ったそうだ。


 更に、どうやら自分はあまりここの住人に好かれていない事がなんとなく分かった。当然と言えば、当然だ。盗賊ばかり狙って強盗を行っていた俺は危険人物扱いされていた。匿っていると知れれば、いつ誰が街に報復しに来るか分からない。しかし、あの女が皆を説得してくれたお陰で、女が去った後も介抱が続いていたのだ。


 それを知ると、俺は少し後悔していた。今まで生きてきた中で、初めて受ける他人の親切。礼の一つでもすればよかったのだろうか。――否、不要か。礼の代わりに、依頼されていたことがあるではないか。あの時、あの女が言っていた言葉を断片的にだが思い出す。


 「整った世界」「街を守れ」。あと「金」「店」とかも言っていたか。


「どうせもう捨てた命。……やるだけやってみるか」


 ――そこで夢は幕を閉じる。

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