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終わる世界、始まる店  作者: 梅枝
第二章
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2-7 才能、盛況

◇◆◇◆

 

 日も暮れ始めた頃。静かな店内。リュウが静寂を破る。


「あぁ、もう、止めときましょ」


 それぞれ手元の作業を行っていたトラと店長は、視線をリュウに移す。兎とリュウはカウンターの手前で砥ぎ石や油、手拭を並べ、それを囲むように座り込んで刃物の手入れ方法の授業をしていた。


「もう、兎ちゃんは限界っぽいわ」


 そう言ってリュウは兎の頬を軽くつつく。つつかれた本人は虚ろな目をして、すっかりグロッキーだ。手に持った油をふき取る布を持ったまま、頭をフラフラさせている。


「アタシがいくら女に厳しいって言っても、さすがにこれ以上はねぇ……」


 そう言われながらも兎は手だけは何かを拭き取るような動作をし続けていた。流石に今日一日で色々と詰め込み過ぎたと店長も思い始め、リュウに問う。


「リュウ、今日お前バイクで来てたよな?」


 この兎の様子を見ればさすがに店長も「歩いて帰れ」とは言えなかった。帰宅途中で倒れて死んでしまえば、今日色々教えた意味がなくなってしまう。


「ええ。しょうがないわね。街まで送ってあげるわ」


 そう言うとリュウはさっさとメンテナンス道具を片づける。終えると、兎の体をひょいと持ち上げ、背負う。


「それじゃあ行ってくるわね」


 ようやく意識を取り戻したのか、兎はリュウの大きな背中でハッと息を飲み目覚めた様子。辺りを見渡し、店長を見つけるとか細い声で言う。


「あ……ちょっと待って下さい……。店長、お給料……」


 意外にがめつい奴だなと驚いた。


「明日でいいだろ。どうせまた来るんだろ?」


 店長は呆れた口調で言う。しかし兎は首を横に振る。


「はい。ですが、今日も買いたい物がありまして……」


 睡魔に襲われ段々と小さくなる兎の声。


「分かった分かった、買いたい物取ってこい」


 兎はリュウに耳打ちして今日の給料で買える物を取ってもらった。薬と非常食と調味料。合わせるとぴったり今日の給料の額だった。適当な布でそれらを包み、兎の分の外套とマスクを手に取り、リュウはスタスタと入口へ向かう。去り際、兎は最後の力をひり出し、蚊のような小さな声で挨拶。


「……お疲れさまでしたぁ……」


 トラは小さく手を振り笑顔でお見送り。店長は小さく「ん」と呟いた。


 二人が出ていき、店に残された店長とトラ。トラは銃いじりを止め、おもむろに店内を見て回る。店長は未だに硬貨を彫り続けている。店には鉄の削れる音とトラの靴音しか聞こえない。


 トラが歩みを止め、雑貨の棚の前でしゃがむ。それと同時に店長も手を止め、口を開く。


「あのリュウが女に優しくするなんて、珍しいな」


「確かにそうだな。今どき珍しく、純粋そうな子だからかな」


 トラが小さく笑い、また沈黙。少しして、店長が再度話しかける。


「で、どうだった?」


「何が?」


 下段の薬を一つ一つ手に取りながら、トラは惚けた様な口調で返す。店長は目頭をほぐしながら質問に付け加える。


「あいつの射撃の腕はどうだったか? って聞いてるんだ」


 トラは店長の座るカウンターへツカツカと近寄る。


「聞きてぇのはこっちの方だぜ。あの子、本当に盤堅街の子かよ。手つきからして、素人なのは間違いない。拳銃やショットガンはあんまり上手くないが――狙撃のセンスが良い」


 店長は目頭を押さえて呟く。


「やっぱり、昨日の岩は、あいつが撃ったのか……」


 トラが「は?」と首を傾げる。昨日、鳥の群れが来る前した試し打ちで、店長が打てと指示した遠くの岩。やはり兎はあれを打ち抜いていたのだ。と、この話はトラにしても仕方ないので割愛。トラも無視して話を続ける。


「あの子、うちに連れて帰っちゃ駄目か? 好みだからとかじゃなくて――いや、実際、食べちゃいたいが――という冗談は置いておいて。……鍛えれば相当使える狙撃手になると思うぜ。あの才能を放置しておくのは勿体無い」


 トラは真剣な眼差しで店長に問いかける。が、その店長は鼻で笑って断る。


「折角仕事覚え始めたのに手放せるかよ。……それに、多分は狙撃手にはむいてないと思う。お前、今日あいつに何を撃たせた?」


 少し不服の様子だが、トラは腕を組んで今日の練習を思い出す。


「数百メートル先の岩、適当に作った砂山、オレが投げた小石……ぐらいだな。なんか動く獲物でもいれば良かったんだがな」


「やっぱり、撃つのが怖い、とかじゃないのか。という事は……」


 また独り言のように店長は呟く。何か思う店長にトラは少し苛立ち、カウンター寄りかかる。


「んだよ! さっきからブツブツ一人で納得しやがって。兎ちゃんに何か問題でもあるのかよ!?」


 声を荒らげるトラを宥めるように店長は優しく返答する。


「俺も本人に直接聞いてないから、確証はない。憶測に過ぎんが、俺やお前が平然と出来る事でも、あいつにはそれができないみたいだ。……このご時世なら誰でもできると思う事なんだけどなぁ」


 店長はそう言うとまた硬貨の作製に取り掛かった。煙に巻かれたトラは舌打ちし、カウンターに腰掛ける。


「クソッ、訳の分からんこと言いやがって。……とにかく、あの子の才能、埋もれさせんなよ」


「分かった分かった。……ところでお前、明日も来るのか?」


 そういえば銃の説明について「今日は一旦ここまで」と言っていたのを思い出した。トラは当然のように頷く。


「おん、もちろん。明日も兎ちゃんに会いに来るぜ。最近の乾いた生活に潤いができたぜ〜。明日こそは口説いてやろーっと」


 弾むような口調でそう言うと店長は頭を抱えた。


「たぶん、リュウも来るよなぁ。ったく、静かな暮らしが、お前らのせいでやかましくなりそうだ……」


 するとトラはガハハハと豪快に笑う。


「良いじゃあねぇか! 昔を思い出すなぁ! また楽しくやろーぜ!」


 テンションの上がるトラとは相対的に、店長の顔は曇っていった。


 しばらくずっと一人で静かな暮らしをしてきた。それがここ数日で随分と賑やかになってしまった。本来、店というものは賑わっているべきではあるのだが、なんだか軽い目眩のようなものを感じる。もしや、店を構えることは自分の性分に合わないのだろうか……。


 いや、よくよく考えると、ここ数日て集ったのは謎の多い小娘とクセの強い姉弟という普通ではない者たちばかりだ。そりゃ目眩くらいするか。はぁ、と店長は深い溜め息をこぼす。


 気づけば外は灼熱から極寒の地へと移り変わろうとしている。終わる世界がまた一日、その寿命を減らした。

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