1-2 潜入、邂逅
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砂漠のど真ん中に置かれた黒い戦車。
少女は鉄の階段を上り、収容庫の扉の前へ立つ。入口付近は日陰になっており、最上段のステップは広くとられている。中を覗くが灯りが無く、外の光が届く範囲しか様子を確認できない。
恐る恐る一歩前へ踏み出す。
「こ、こんにちはー」
震える小さな声で誰か居ないか呼びかける。返事は無い。更に一歩前へ進み、中に入る。
薄暗い車内。意外と中は広々としている。風通しも良く涼しい。フードを外し、ゴーグルと当て布も取っ払う。
後ろからこぼれる陽の光を頼りに、目を凝らして車内を見まわすと、なんとか間取りは確認できた。
車内の両壁と真ん中に大きな棚が設置されている。この三つの棚は、それぞれ置かれる物が分類分けされているようだ。
入り口から向かって左の棚は、衣類がまとめて並べられている。雑に畳まれた衣服、へたったブーツ、ひび割れた遮光ゴーグルなどなど。まるで盗品のように薄汚れた品ばかりだ。
中央の棚は、なにかの機器や箱や小瓶等々、雑多に並べられている。どういうカテゴリなのか皆目見当もつかない。
そして右の棚。二つの棚と比べ明らかに異彩を放っている。手前からナイフ、槍、斧などの刃物が並べられ、更に奥には拳銃、ライフル、機関銃等々、銃火器がずらりと陳列されている。部屋の暗さも相俟ってその威圧感たるや。
ここから見えるのはこれくらい。更に奥に何かあるらしいが、光が届かず暗くてよく見えない。
少女が車内の様子を覗くこと数分。少女は自分がここに来た理由を思い出す。返事のないこの状況から、ここの主は不在らしい。
「おじゃましますね……?」
誰も居なさそうだが念のため挨拶し、車内に踏み込む。
なんとなく気になった中央の棚を上から一段ずつ見ていく。背の低い少女の手がギリギリ届く上段には、塩漬けされた肉や炒められた昆虫など、食べ物が瓶に詰められている。
中段へと視線を移す。手のひらサイズの箱や表面がツルツルした板状の物体、親指サイズの立方体、等々。どれも近くで見ても少女にはこれらが何なのかやはりわからなかった。手に取るのも憚れるため、この段は無視することにした。
そして下段。その場にしゃがんで見る。いくつかの瓶の数が並べられ、その中身はどれも小石ほどの大きさの白い粒が入っていた。
無意識に瓶に手を伸ばしていた。ハッとしてすぐに手を引き戻す。しかし、
「誰も居ないってことは、盗ってもバレない……?」
瓶に書かれている文字は漢字で書かれ、少女にその言葉の意味はわからないが、とりあえず一つの瓶へ手を伸ばす。
あぁ、これが生まれて初めての窃盗か。と、少女は生唾を飲み込む。手を伸ばしたが――自然と手が止まってしまった。
少女の中の良心がブレーキ、いわゆる良心の呵責というものだが、その言葉も知らないモノに阻まれる。
と、その時。視界の端、闇に包まれた部屋の奥から何かがキラリと光るのを捉えた。少女がそれを感じたと同時に何かが空気を切り裂く。
直後、鋭い何かが瓶の真横に突き刺さった。
「……。えっ、……わっ!?」
少女は思わず出た悲鳴と共にその場で尻もちをつく。棚に突き刺さったのは、外からの僅かな光を反射する銀色のナイフ。
少女は無傷の両手をキュッと抱き、顔の温度が下がっていくのを感じる。足に力が入らず、床から立ち上がる事ができない。
「おー、良かったな。もしも瓶に手を掛けていたら――床掃除が必要になるところだった」
暗闇の奥から人の声がした。ナイフを投げた者だとすぐに理解できた。
少女は座ったままの姿勢で入口の方へ後ずさる。声のした方に顔を向けるが、やはり暗くてよく見えない。しかし、何者かがそこに立っているようだ。
「で、お前はどっちだ?」
闇に潜む者はこちらに問いかける。声から男だと分かった。しかし、質問の意味が分からない。
一旦落ち着こう。無言だと何をされるか分からない。「えーと、あーっと……」と繋ぎの言葉で少々間を置く。男はそれを許したようで少女の答えを待っている。
赤ちゃんのような喃語を繰り返すが、どうやら無条件に襲っては来ないようだ。
少女は少し安心した。が、やはり質問の意味は解せなかった。咳払いし、逆に尋ねる。
「あ、あの……ごめんなさい、「どっち」とは?」
声が震えた。すると、暗がりの中、男はこちらに近づいてきた。段々と距離を縮めながら男は答える。
「「客」か「強盗」か。どっちだ? 客ならゆっくりしてけ。欲しい物があるなら遠慮なく注文しろ。うちで扱っている物があるなら売ってやる。飯、服、武器、薬……色々取り揃えている。換金、物々交換はカウンターで取り扱おう。
――だが、お前が強盗なら……持ってる物を全部置いて、とっとと帰れ。持ち帰っていいのは、お前の命だけだ」
ゆらりゆらりと男はこちらに歩み寄る。
一歩近づく毎に少女も後ろに退く。つい先ほどまで、強盗とは言えないが少なくともここにある物を盗もうとはしていた。だが、正直に言えば恐らく、殺されるのだろう。とりあえずここは嘘を吐くしかないようだ。
「わたっ、私は――えーっと……」
口が上手く動かない。そんな口をモゴモゴさせる少女に、男はさすがに不信を抱いたようだ。
陽の光と影の境目で、男は立ち止まって顎に手をやり、少し考える。すると、何か得心したように指をパチンと鳴らす。
指の鳴る音に少女は小さく飛び上がってしまった。男は更に少女に近づき、ようやく陽の光がその姿を照らした。
「「客」でもなく、「強盗」でもないなら……もしかして、「アルバイト」希望か?」
男の問いに、少女は閉口しかできない。すでに少女はここに来たことを少し後悔し始めていた。