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終わる世界、始まる店  作者: 梅枝
第二章
19/42

2-4 刀剣、リュウ

◯●◯●


 店長が水汲みに出ていってしまい、取り残された兎はカウンターで二人の姉弟に囲まれるように座っている。


「お姉ちゃん! 一体なんなのよ! この子は!」


「だから、ただの新人バイトちゃんだって。ま、オレも今日初対面なわけだが。ほらな? 男って女々しいだろ? 女の方が絶対良いって~。兎ちゅぁん~」


 姉であるトラの方は未だに兎の体を触り続ける。まだ軽いボディタッチ程度であり、少し不快なだけで実害が生まれそうにはない。とにかく反対側の殺気立つ弟のリュウをなんとかしなければ。


 兎は二匹の獣に囲まれながらも、必死で、冷静にこの場を切り抜ける方法を考えていた。兎に角、何か喋らなければ、先ほどからリュウがチラつかせる日本刀にぶった斬られてしまう。


「あ、あの~、リュウさんは普段どういうお仕事をなさっているんですか?」


「アンタに関係ないでしょ!」


 どこからか取り出したハンカチを噛んでいる。大きな身体と端正な顔立ちにそぐわない所作は滑稽に見えてくる。しかし笑えば何をされるか分かったものではない。地獄のような居心地がした。


「このヒスってる馬鹿の代わりに、オレが説明してあげよう」


 トラは身を乗り出して兎に話し始める。できればリュウと会話して、なんとか殺気を押さえてもらいたい所だが、聞く耳持たずの模様。仕方なくトラに説明を頼んだ。


 リュウもトラと同じく、作った物をこの店に持ってくる生産者の一人とのこと。作る物とは主に「刃物」。大剣から隠しナイフまで様々な武器を製造する。素材もトラと同じく朽ちた建造物などから探しだし、修復したり、鉄を溶かして一から作る事もあるそうだ。つまり「刀剣の専門家」なのである。ちなみに二人は姉弟だが一緒に暮しておらず、別々の工房で暮らしているとか。


 説明が終わった頃、リュウは未だに兎を敵視し続けていた。このままではいつ襲いかかられてもおかしくない。慎重に言葉を選ばなければ。


「へ、へぇ~凄いですねぇ、たった一人で色んな武器を作れるなんて……」


「当り前よ! 盤堅街でのほほんと暮らしてるアンタとは違うのよ!」


 辛口にもめげず、兎は続ける。


「ホント、そうですよね。私じゃ、あんな綺麗な刃物一生かかっても作れそうにないですよ」


「……まぁ、そうよ。「美しい」がアタシのモットーですから。刃物こそが世界で最も美しい武器よ。火薬なんて野暮なもの使う飛び道具なんて、無粋極まりないわ」


 少し、リュウの顔が綻んだ。その表情の変化を兎は見逃さなかった。どうやら、自身のことよりも自身が手に掛けた物が褒められる方が嬉しいようだ。作った物を自分の子供のように話している。代わりにトラが「なんだと〜?」としかめっ面しているが。


 とにかく、この手の話題で行くしかない。兎は更に続ける。


「わ、私もこの店に入った時から目につきましたよ。どれも水を打ったかのような僅かな光でもキラキラ輝くあの刃先、それを更に彩るきめ細やかな装飾。見た目だけではなく、使い心地にも配慮して柄は人の手に馴染むように加工。刀身の重さや重心は一本一本が絶妙に調整され、すべてが特注品(オリジナル)。いつか私も、私だけに合う一振りを手に入れたいなぁ、と思いましたよ」


 沈黙。兎は母から教わった刃物に関する言葉を総動員し、最高級の褒め言葉を贈った。果たしてリュウに届いたのだろうか。リュウは口を尖がらせて黙っている。駄目か……?


 が、次の瞬間、華が咲いたようなパッとした笑みを浮かべ、兎の肩を強く叩く。


「やだぁ! アンタ分かってんじゃないの! そうよ、そうなのよ! 分かるのね! この素晴らしさが! あの一番手前にあるナイフなんて、切っ先はスマート且つ幾ら斬っても刃こぼれしない屈強さ兼ね揃えて、(ひら)には邪魔にならない程度に彫刻を施したわ。柄は汗ばんだ手でも滑らないようにグリップを利くように……で――を~~」


 長々と続くリュウの刃物自慢。先ほどとは大違いの満面の笑みで嬉しそうに語る。ほとんど何を言っているのか分からなかったが、兎は心の中で安堵のため息を漏らす。


 長話が終わる頃、すでにリュウの気分は上々、兎への敵対心もすっかりなくなっていた。


「あぁ~久しぶりにアタシの感性に合う子と話せたわ。兎ちゃん、ここが嫌になったらアタシの工房に来なさいよ」


「か、考えておきます……」


 未だに数刻前の締め上げが忘れられず、兎はおずおずと返事を返す。反対側に座るトラはつまらなさそうに頬杖をついている。そして、ぼそっと呟くように毒を吐いた。


「けっ、兎ちゃん。そいつは得物に飾りなんてつける無粋な野郎だぜ? ったく、馬鹿らしい。得物に必要なのは「威力(パワー)」だけだっつーの。飾りで敵が倒せるかよ」


 トラの言葉に反応し、リュウはムッとした表情で答える。


「得物に必要なのは「美しさ」よ。美の無い得物はただの人殺しの道具じゃない。美しい得物で優雅に舞うアタシと、無骨な得物で醜く暴れるお姉ちゃん。どっちが無粋かしらねぇ?」


「なんだと〜? なんならヤリ合ってみるか? オレの銃達の方が格好良いって言わせてやんよ。……おっと、死んだら感想言えなくなっちまうから、感想は断末魔で聞かせてくれよなぁ!?」


 トラとリュウは互いに睨み合う。兎の頭上に火花が散った。本当に兄弟なのかと疑う物騒なやりとり。二人が一緒に暮らしていない理由がなんとなく理解できた。しかしこんなところで争われても困る。兎が二人を宥める。


「えーっと、まぁ、お互いの意見を尊重し合うという事で……それよりも、御二人に私は色々と教えてもらわないといけない事があるらしいのですが――」


「じゃあまずはオレの銃の手入れや扱い方から教えなきゃ……」


「じゃあまずはアタシの剣の手入れや扱い方から教えなきゃ……」


 姉弟がほぼ同時に言い、またしても険悪なムードとなった。仕方なく、兎はじゃんけんでどちらが先に教えてくれるかを決める事を提案した。



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