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終わる世界、始まる店  作者: 梅枝
第一章
14/54

1-14 狩り、練習

◇◆◇◆


 三十分程経った。流石に終わりが見えないので本に噛り付く兎の頭を軽く叩き仕事に戻るように促した。名残惜しむように本を店長に返した兎は二階へ向う。店長はというと、また硬貨造りを再開し始めた。


 二時間も経たないうちに、二階からの階段を下りる音が耳に届いた。後ろを振り返ると同時に扉が開き、現れたススまみれの兎と目が合った。


「もう終わったのか?」


「はい。一応」


「こんな短時間で掃除しきれる広さじゃないはずだが……」


 疑いの言葉をかけると兎はムッと口を曲げて言う。


「信じられないならどーぞご確認を。酷い部屋でしたよ……」


 言われるがまま、店長は立ち上がり、兎の脇を通って二階へ進む。


 まず、部屋の空気が違った。今までの古い埃と火薬類の独特の匂いは消え、清々しい綺麗な空気に入れ換わっていた。外からの乾いた暖かい風が色々洗い流してくれたのだろう。適当に積まれていた火薬類の入った箱もキチンと並べられ、砲台もピカピカに磨きがかかり、外からの光でその表面が反射して輝いて見える。


「へぇ、中々やるじゃねぇか」


 思わず感嘆の言葉を口から溢すと、後から上がってきた兎が小さな胸を張りながら誇らしげに言う。


「こーいう家事は得意なんですよ。その驚きようだと操縦室も見てないんですか? ふふふん。あちらも結構綺麗になったと思いますよ。で、次は何処を片づけましょうか?」


 兎は俄然やる気はあるようだ。しかし、まさかこんなに早く終わるとは思ってもいなかった。振るべき作業が他にないか、店長は少し考え込んだ。


 しばらく考えている間、兎も黙って指示を待っていた。


 一陣の風が吹き、兎の髪をそっと揺らす。店長はふと外の景色に目を向ける。重機越しに小さな窓から見える風景。蒼い空と黄色い砂原。たった二色の広がる世界。動く物が何も見当たらない。横を見ると兎も外を眺めていた。


 すると、急に兎は目を大きく見開いた。


「……あ」


 小さく呟き、開けられた窓に近づいて、遥か遠くの地平線を見つめる。今度は耳に手を当て、何かを注意深く聞いている。


「どうかしたか?」


 窓から顔を出して何かを聞く兎に声を掛けるが、返事が返って来ない。数秒、沈黙が続くと、兎は振り返り、問いかける。


「店長。猟銃とかありますか?」


「お前も見ただろ。売るほどある」


 遥か地平線を指差し、兎は言った。


「ですよね。もう暫くしたら、あっちの方角から鳥の群れが来ます。狩りのチャンスです!」


 唐突なお告げに呆気にとられる。兎はまた外を見つめ、何か確信した様子で頷く。外は依然として動く影もない、青と黄色が広がる世界だ。


「急に何を言ってんだ? 鳥なんか見えやしねぇじゃねぇか」


 兎はうーんと唸り、しどろもどろに説明する。


「えーっと、私、結構耳が良くて、遠くから動物が近づいてくる音とか聞こえるんですよ。だから、鳥の群れが来る事とか音で分かるんです。なので……とにかく早く、狩りの準備をした方がいいです! せっかくの食料が逃げちゃいます!」


 店長は視線を窓から外に移すが、青い空にはやはり何も見当たらない。何も聞こえない。


(やはり、何か企んでるのか? 俺を店の外に出させて何かするつもりなのか? 罠臭いが、敢えてその罠に掛かってみるか……?)


 などと考えながら、疑いの眼差しを兎に向ける。しかし兎は動かない店長に諦めたようなため息を吐く。


「もう、信じてないならいいですよ……。あと少しで多分見えてくるはずです。もう暫く見てて下さい……」


 言い終わると、窓際の壁に寄りかかり、口を尖がらせる。


 数十秒、店長は言われたとおり砂漠を眺めている。生気のない風景を見てるとなんだか気が滅入る。訳の分からない事をいうアルバイトの言葉を信じ、こんな事をしているとアホらしくなってきた。こいつにはトイレ掃除でもさせようか?


 そう考え、広がる大地から目を逸らそうとした、その時。視界の端に、何かが映った。


 店長は窓に寄りかかり、目を凝らして見るは遠く遥か地平線の先。黒い粒のようなものが青い空に点々と現れた。空を滑空するように舞い段々とこちらに近づく。数キロ先に現れたソレは紛れも無く「鳥」だった。キラー鳩のような好戦的な鳥ではなく、比較的小型の渡り鳥のようだ。


「ほら! ね? 来たでしょう? あれは……弾丸(がん)かですかね」


 店長の横から外にひょっこり顔を出して兎が言う。


 徐々に近づいてくる淡褐色の鳥の群れ。胴体が流線型に進化し、本気で飛んで突っ込めば獲物の身体を貫くと言われている弾丸雁(だんがんがん)。今は群れでゆっくりと移動中らしい。残念ながら、店の真上には飛んでこなかったが、銃の射程距離内の上空を飛んで何処かに去ってしまった。店長と兎は黙ってそれを見ていた。


「惜しい事をしたな……」


 呟くと隣の兎が肩を突く。


「言ったでしょう? 店長はもう少し、人を信じる心を持った方がいいですね」


 兎のしたり顔が腹に立った。だが、実際惜しい事をした。キラー鳩のお陰でひとまずの食料の補充はできたが、食料はあるに越したことはない。この砂漠では、いつ食料が底を尽き、新たな獲物が現れるかも分からないのだから。


 店長の悔しがる顔を見て、兎は白い歯を見せて微笑み、遠くを指差して言う。


「たぶん、もう一群同じ方角から来るみたいです。どうします?」


「まじか。よし、準備するぞ。お前も付いてこい」


「えっ。私もですか?」


 兎が素っ頓狂な声を上げる前に店長はすぐさま階段へ向かって行った。少し迷ったようだが、兎も渋々後に続いて階段を下りてきた。


 店長は「先に外に出ていろ」と兎に指示した。売り場の猟銃を二丁引っ掴み、弾丸を数十発分エプロンのポケットに入れる。


 急いで外に飛び出すと、兎は店の階段で外套を片手に持ち、待ち惚けていた。外はいつも通りのカンカン照り。太陽も西に傾き始め、日中で一番暑い時間帯だ。遠く砂の上には蜃気楼が発生している。日陰のここから一歩出れば、兎のような小娘の軟肌はすぐさま焼き付けられるだろう。


「さっさと外套を着ろ。……まだ来てないよな?」


 兎は急いで外套を羽織りつつ、聞き耳を立てる。


「はい、まだ大丈夫です。でも、あと数分で来ると思います」


 「そうか」と言うと、店長は兎を横切り階段を下り、外に出る。太陽の熱線が皮膚を焼く。小娘と違って、店長はこんなもの気にしない。


「二人でならそこそこ狩れるはずだ」


 そう言い、猟銃を一丁兎に投げ渡す。急に投げつけられ、兎は「わわわっ」と慌てふためくが、なんとか銃は受け止めた。


 ずっしりと重い鉄の筒。冷たく光る銃口。軽い引き金を引けば、たやすく他者の命を奪う事のできる道具。それを手にした兎の顔から少し血の気が引いたように見えた。


「どうした、銃は嫌いか?」


 店長の問いかけに、兎はハッとした様子。頭を振り答える。


「え、あっ、別になんでもないです……」


 目を逸らし、手元の銃へと視線を移す。


「というか、本当に私もやらなきゃ駄目ですか?」


 店長は熱線降り注ぐ日の下に立ち、銃を構え、何日ぶりかの銃の感触を確かめながら答えた。


「当り前だろ。二人でやった方が沢山獲れるに決まってる。撃ち方は知ってるだろ?」


 兎はとぼとぼと店の階段を降り、店長の傍まで来ると答える。


「あ、えっと、その、この銃での撃ち方が分からなくて……」


「それなら撃ち方を教えてやる。たいして難しくもない」


 兎が言い終わる前に店長は兎の手から猟銃を取り上げ、前掛けのポケットから弾丸を取り出す。三個の弾を込め、構える。


「一、構える。二、狙う。三、撃つ。四、当たる。これでお終い。簡単だろ?」


 兎は呆れた顔で返す。


「説明になってないです……それ以前に、私――」


「まぁ、実際やらなきゃ分からんだろう。適当に撃ってみろ」


 兎の背中を叩き、猟銃を返す。兎は震える手で受け取り、もたつきながらも構える。首を傾げながら上に付いたスコープを覗く。たどたどしい手つきで指を引き金に当てている。


 この所作だけでもズブの素人だと分かった。念の為忠告しよう。


「「適当に撃て」つっても「無駄に撃て」って意味じゃないからな。弾には限りがある。引き金に指を掛けるのは、本当に打つと決めた時だけにしておけ」


 誤射で貴重な弾丸を消費されたらたまったものじゃない。


「売る程あるのに……ケチですね」


「うるせ。実際、最近弾数が減ってるんだよ。入荷したいがアイツ(・・・)が次はいつ来るか分かんねーし。まぁ、今はいいか。……そうだな、試し撃ちするなら何か標的になるもんがあるといいんだが」


 店長はぐるりと辺りを見渡す。一面の砂景色には的になる物なんてそうそう無い。少し目を凝らし、もう一度辺りを見回す。


「あれでいいか」


 店長が見つけた的は、砂の丘の中腹辺りにポツンと落ちている一つの小さな岩。ここからの距離、およそ三百メートル。店長が指差すと兎もそれを視認できたようだ。しかし、初心者にはあまりにも遠過ぎる。的自身も小さく、これを当てろと言うのは無茶振りか。


「ちょっとあれは遠過ぎるか……他に丁度いいのは――」


 タン、という乾いた発砲音。店長のすぐ横に鋭い風が通り過ぎた。風を裂く音は広い砂漠に溶けていく。音と同時に遠くの方で何かが割れる音がした。


 店長は隣の兎に目を向ける。目をギュッと瞑り、銃を支えていた肩を押さえ、軽く悶絶している。銃口からは薄い煙が上がっている。


「っつぁー……ビックリしたぁ。思ってたより反動が、凄いですね。って、わっ!?」


「……!」


 店長は無意識に猟銃を兎から取り上げていた。急に銃を奪われた兎はキョトンと目を丸くしている。


 今――完全に油断していた。俺としたことが、出会ってまだ2日目の人間に銃を渡して無防備に立ち尽くすなんて。もしもコイツが実は俺の命を狙っている刺客であれば、俺は撃ち抜かれていただろう。


 と、思ったが、目の前のアホ顔を晒す小娘が、まさかそんな度胸のある者には見えない。少し神経質過ぎるか?


 店長はチッと舌打ちし、未だに煙を吐く銃を見て言う。


「無駄撃ちするなって言っただろ! スコープの調整もしないで……。あぁ、ったく、勿体ねぇな」


 兎は肩の痛みを堪えながら「うぅ、すみません」と頭を下げた。


 すると兎は「あっ」と声を漏らし、撃った方向から少し右の上空を指差す。空の境目から、小さなゴマのような粒が数十個現れた。


「もう来たか。練習はできなかったが……発砲の感覚も分かっただろう。今度はちゃんと狙って撃てよ」


 そう言って一発補充してまた兎に銃を返す。


 無言で受け取った兎は、近づいてくる鳥の群れをボーっとした様子で眺める。店長は肩に掛けた自分の猟銃に弾を込め、構える。


「俺も久しぶりだからなぁ。試し撃ちしたかったが、今から発砲したら逃げられちまうな……」


 と、独り言を言いながら、なんとなしにスコープで先ほど兎に打たせようとした岩を覗いてみる。


「……ん?」


 そこには、綺麗に二つに割れた岩が転がっていた。

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