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終わる世界、始まる店  作者: 梅枝
第一章
13/54

1-13 本、図書館

◇◆◇◆


 数刻後。店長はカウンターに足を掛けて座っていた。硬貨造りは止め、今は擦り切れたボロボロの本を読んでいる。既に何度も読んで内容を覚えているのか、流すようにページを捲っている。


 ふと、脇にあるガラクタの山に置かれた時計に目を向ける。

そろそろ昼飯の時間だ。普段は「腹が減ったら食べる」という生活をしている為、わざわざ時計で時間を確かめる事などしないのだが、今日は久しぶりに時計を意識していた。


「なんだよ、十二時過ぎてんじゃねーか」


 時計の短針は既に頂点を過ぎていた。二階にいる兎はそれに気づかず、まだ掃除を続けているようだ。……それとも、何か良からぬ事でもしているのか?


 店長は本を閉じ、立ち上がる。二階の兎の様子を見に行かねば。


 階段を上がり、顔だけ二階から出す。部屋では兎がテキパキと掃除を続けていた。特に怪しいことをしている様子でもない。杞憂だったと少し安心。


 兎が店長の気配に気付かないので、仕方なく呼びかけた。


「おい、もう昼だ。ちょっと休憩してもいいぞ」


「うわぁビックリした。あ、はい。わかりました。これを置いたら下ります」


 両手に抱えた鉄箱を別の鉄箱に載せている。休めと言ったのにこの働きっぷり。……怪しい。店長は兎の目の前まで近づいた。


「な、なんでしょうか?」


「いや、ちょっとな」


 店長はそう言うと、今しがた兎が積んだ箱の一つを開ける。中には兎の腕の倍ほどある大きな砲弾が詰め込まれている。埃一つなく綺麗で、妖しい鉄の輝きを放っている。他の箱も同様に開け、一つ一つを入念に見て回った。


 兎がここに来た目的は「盗み」ではなく「破壊」かもしれない。気絶して身ぐるみひん剥いた時には武器や火薬物らしきものは持ってなさそうだったが、念のため爆弾の類が設置されていないかチェックすることにした。


 ざっと見たところ、どうやら特に何か仕掛けた訳ではなさそうだ。疑われていることを露知らず、ただ首を傾げていた。


「さて、一階に戻るぞ」


 店長はそう言うと兎と共に一階の店内へ戻り、カウンターに向かい合うような形で座った。


「昼飯食うなりして、テキトーに休め。ちなみに飯が欲しければ金で売ってやらんこともないぞ」


 イヤミったらしくそう言うと兎はフフンと鼻を鳴らして懐から小さな袋を取り出す。


「お気遣いどーも。そう言われるだろうと思って、持参してきましたよー」


 商売のチャンスを逃した店長は「さいで」と呟き、自分も昼食を摂ることにした。店先に干しているキラー鳩の干し肉をいくつかつまみ上げ、数枚口に放り込み、一瞬で昼食を終わらせた。再び硬貨作りの作業に戻る。


 兎も昼食を摂っている。袋から取り出したのは、乾かした芋数個と少量の水だけのようだ。厚い革袋に大事そうに入れていたため、兎が血の海に沈んだ時にも奇跡的に中身は無事だったらしい。兎はビチビと噛みながら、大事そうに食べている。


 兎も昼食を終えるとすぐに席を立った。


 店長がなんとなしに兎を見ると、兎はカウンターを越え、店長の後ろ、ガラクタの山の元へ向かった。興味があったらしく、目を輝かせながら近づいていく。


「おい、見るだけなら構わんが、勝手に触るなよ。絶妙なバランスで崩れないように――」


「これ、「本」ですよね! 凄い! 初めて見ました!」


 兎はガラクタの山に埋もれた本を、キラキラとした目で見つめている。


 砂に覆われた世界では当然木々は生えず、「紙」という物の存在は希少になった。紙の集まりである「本」は尚更珍しい。文字は石版や皮布に書き込むこの時代、本を見たことがない者も多い。手垢だらけの本に魅入る兎の熱い視線がその証拠だ。


「そんなに興味があるなら、読んでみろ。「金」についての勉強にもなるぞ」


 店長はカウンターの引き出しから一冊の本を取り出した。


 「よく分かる経済学」と表紙に書かれた本。何度も読み返したため、ボロボロになっている。仮に破られても、この本なら良いだろう。


 兎は本を受け取ると、初めて手にしたらしく、少し震えながら喜んでいるようだ。早速本を開いた、数秒後。


「難しいっ! なんも頭に入らないです……」


 そう呟き兎はさめざめと本を閉じた。


「そもそも私、漢字は読めませんでした……。「お金」のこと、もっと知りたかったんですが……」


 そりゃそうか、と店長はため息を溢す。


 そもそも本が無いこの時代、識字率の低さは旧時代と比べものにならないほど低い。


「平仮名は読めるのか? ……とりあえずこれでも読め」


 そう言って店長はガラクタの山から一冊の本を抜き出した。ソフトカバーの色鮮やかな本だった。


「「漫画」っていうやつだ。多少文字が読めなくても絵を見るだけでも楽しめるだろ」


「おー! はい、ありがとうございます!」


 鼻息荒く兎は漫画を受け取った。


「破くなよ? 結構脆いんだ」


「分かってますよ〜。……人使いもこれくらい優しくしてくれればいいのに」


「なんか言ったか?」


 「いえ、別に」と兎はゆっくり漫画のページを捲った。


 ほとんどが絵で文字は会話や軽い説明文のみ。表紙にはヒラヒラした綺麗な衣服に身を包む少女の絵。内容も綺麗な建物を舞台に、その少女中心に多くの青年達が群がるものだった。所謂、恋愛物の少女漫画である。


 兎はパラパラと絵だけを流して読んでいる様子。巻末まで読み終わり、表紙を見ながら言う。


「三百年前の人達は……こんなに瞳が大きかったんですね。口より大きいですよ」


 ふむ、と店長は片手で口元を覆い神妙そうに答えた。


「恐らくだが……。この砂だらけの世界になってから、砂が目に入りにくくする為に俺達の目はこれだけ小さくなったんだろう。環境に適合する為、体が進化したんだ」


「な、なるほど!」


 店長の渾身のジョークのつもりだったのだが、通じなかったらしい。しかし、面白いからそういうことにしておいた。


「あ、まだ本があるんですね。それは何ですか?」


「「野球」というスポーツの指南書だ」


 店長は手に持った本の表紙だけ見せつける。「野球入門」と書かれた文字の下に、ヘルメットを被った男性が鉄の棒を今まさに振ろうとしている写真が載っている。


「『スポーツ』って、お遊びみたいなものでしたっけ」


 色んな方面に喧嘩売ってそうで怖いが――遊びでやってる人もいるから間違いではないはず、と店長は頷く。


「へー。どんなスポーツなんですか?」


 少し考え、答える。


「鉄の棒を、全力で振りまわし、更にその者に向けて骨をも砕く堅さの球を投げつけるスポーツだ。時には盗んだり刺したり殺したりもするらしい」


 低い声で説明しながら、野球の本を捲る。そして、重装備のキャッチャーの写真を見せつけると、兎は目を見開いて驚いた。


「ひえー……。三百年前は比較的平和な時代と聞きましたが、こんな物騒な事してるんですね。容姿といい、やっている事といい、奇妙な時代だったんだ……」


 ふむふむと兎は頷く。素直というか、馬鹿というか。他にもいくつかガラクタの山に置いてある本を取り出し、兎に見せてやった。


◇◆◇◆


 時刻は十二時五十分。本について語っていると、いつの間にか時間が過ぎ去っていた。あと十分もしたら昼休憩が終わってしまう。


 兎はパラパラと読んでいた漫画を閉じ、ガラクタの山に返す。


「本なんて初めて読みました。もっと沢山あって、これを売り物にできればいいんですけどね」


「いや、ここ以外にも沢山あるが――」


 言いかけた言葉を飲み込む。危ない、うっかり口を滑らしそうになった。しかし遅かったようだ。兎の顔はパァっと明るくなった。


「他にも沢山あるんですか? い、いったい何処に?」


 本とは先人の知識を形に変えた尊き遺産。紙のないこの時代では、当然情報伝達も困難を極めている。そんな時代に手のひらに収まるサイズで多くの情報を伝える「本」は、「紙」で出来ている事も相俟って希少価値が高い。本の中には枯渇した生活を潤すような手段を記した物や、過酷な自然を生き抜く技術を記した物も当然ある。「本」とは、この時代では誰もが喉から手が出るほど欲しい代物なのだ。


 そんな知識の塊が他にも大量にある、と聞いた兎は当然興味を持ったらしい。店長はうっかり宝の存在を暴露してしまい、猛省中。


「何処にあるんですか? 店長!」


 目を爛々と輝かせるその様子に負け、店長は渋々答える。


「旧時代の「図書館」があるんだよ。……さすがに場所までは言えん」


 これ以上の話は断固拒否するが、兎は口を尖がらせて不満の声を漏らす。


 しかし、宝の在り処をむざむざ言う訳がない。流石にそこまで気を許してはいない。


 兎は諦め、また自分の椅子に戻る。


「でも、どうやって見つけたんですか? 図書館なんて。普通に建ってたとしたら、とっくに全部盗まれてるんじゃないでしょうか?」


 当然の疑問だ。それくらいなら答えていいか? 少し考え込む。ま、重要なところさえ言わなければ、話しても問題なかろう。


「図書館全体が地下に埋まっていたんだ。昔の地盤沈下で沈んだんだろう。砂漠の砂にすっぽり埋まって普通には見つけられん。だが、それを昔……「偶然」俺が見つけたって訳だ。今でも偶にそこに行って何冊か借りてきてるんだよ。基本、一冊ずつしか置いてないから、売り物にはしたくないんだよ」


 そして、一つ思い出した。カウンター下の奥に押しやったとある本を取り出す。それは先ほどの経済についての本の倍以上ある厚さの本。茶色いハードカバーには「国語辞典」と記されている。それを兎に渡す。


「暇な時間に読んでもいいぞ。その辞書で、少しは漢字も読めるようになっとけ。流石に商品の名前くらい読めるようにはなってもらわなきゃいかんからな」


 兎は生唾を飲み込んでそれを受け取り、大事そうに抱える。


「「辞書」って……。本の中でも貴重なものですよね?」


 震える手で表紙を捲る。インクが掠れているが、読めない事はない。兎の言う通りである。普通の本よりも重要な資料だ。日本語という言語をこの世に残す、最後の道標だ。


「まぁな、分かってるならその分丁重に扱え」


 店長の言葉が届くや否や、兎は貪るように本に喰いつき、次々とページを捲っていく。集中し、完全に一人の世界へと入り込んでいる。店長はやれやれと溜息をつき、時計を見る。


 時刻は午後一時を過ぎ、兎の休憩時間は終わっている。しかし、これほど熱心に本を読むのを邪魔するのも無粋か。


「ま、少しくらい多めに見てやるか」

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