1-11 盗賊団、狸座
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キラー鳩を解体し、調理も終わった。ほとんどの肉は干し肉にするために店先に吊るしている。店長と兎はカウンター前で人心地ついている。
「よし、なんやかんやで今日も開店だ。ほれ、働け」
「乙女の純情の喪失を「なんやかんや」で済まさないでください……」
兎は店の棚にあった服へと着替えていた。血を被りダメになった麻色のシャツとハーフパンツと見た目がほぼ同じものがあった。「こども服」と書かれた棚にあったのが少し癪だったようだが。
不機嫌そうに頬を膨らませていたが、何か思い出したらしくハッと息を飲み、辺りを見回す。
「そういえば、あの人達は……。すみません、店長。キラー鳩に襲われていた人達、知りませんか?」
店長は「あぁ」と溜め息をつきながら顎で店の外を指す。
「あいつ等ならもう帰した。あいつ等がキラー鳩に襲われたおかげで尽きかけていた肉の非常食が補充できた。つーわけで、ちょっとした報酬で焼いた鳩肉もくれてやった。二日連続で酷い目にあったせいか、「もう、此処には来ない」ってよ」
やはり無表情だが店長は嘲笑うようにそう言った。が、すぐに真面目なトーンで続ける。
「それと、「代わりに囮になってくれて、ありがとう」だとさ。……聞いたぞ、先に襲われていたあの二人の身代わりになろうとしたってな。なんでそんなことをした?」
そう問うと兎は少し考える素振りをして、歯切れ悪く答える。
「なんで、って……。死んじゃうのは二人より一人の方が良くない……ですか?」
死ぬのは二人より一人が良いーー。数的に、大局的に見れば被害の数は少ないに越したことはない。ただ、そこの数に自分の命が加わると考え方はまた違うはずだ。
「見ず知らずの男二人の命と、自分一人の命を天秤にかけた結果――そうしたっていうのか?」
「はい」と兎は事も無げに答えた。
店長は言い表せぬ気持ち悪さを感じた。苦虫を噛みつぶしたような――どころか苦虫を舐め回し口の中で転がしたかの如く、酷い吐き気すら覚えた。
相変わらずの無表情で兎にはその感情が一ミリも伝わっていないだろう。店長は吐き気を我慢するかのようにゆっくりと言う。
「単純な命の数で見れば、その通りだが……自分の命を軽く見積もりすぎじゃないのか?」
言われ、兎はまた少し考える素振りをするが、さも当然かのように答える。
「私一人ごときの命ですから、そんなに価値はないのかな、と。それに、もしも私のお陰であの二人が助かって、少しでも私に恩を感じて、残された家族に何かしらお礼をしてくれるなら、万々歳です!」
頼んでもないのに助けられ、そのお礼をするなんてこんな時代に――否、たとえ平和だった過去の時代においてもそんな殊勝なことする者は少ないだろう。
「なんてゲロ甘な考え方してんだ。そういう自分の命を軽んじる考え方、俺は好かん。……ま、テメーの命だから好きにすればいいんだがな。この話はもう止めた」
苦虫に続いて甘過ぎる考えを喰らい、胸焼けしそうになった店長は話を切り上げた。おそらく、この小娘の死生観と自分の死生観が合うことは無さそうだ。理解しようとも思わないし、矯正してやる義理もない。
店長は「さっさと仕事始めろ」と言いながら、カウンターに足をドカッと乗せた。
流石にその態度で店長の気分を害したことに兎は気付いたようだ。怖ず怖ずと頭を下げる。
「気分を悪くしたのであれば、すみません……。と、ところで、仕事と言っても、お客も来ないし、掃除も昨日終わらせてますし。何しましょうね」
たしかに、昨日の今日で店内に汚れが溜まるはずもない。
あまりプライベートなエリアに人を入れたくないが、仕方ない。店長は溜息混じりで立ち上がる。
「じゃあ、店頭以外の掃除だな」
「……結局、掃除しかする事ないんですね。いっそのこと、埃も売り物にします?」
「(煽ってんのか本気で言ってんのか分かんねーな、こいつ……)つべこべ言うな、ほれ、こっち来い」
カウンターの仕切りを開け、兎を招き入れる。
真っ暗な廊下を通り、奥へ。突当りの扉を開き、部屋の灯りを点ける。遅れて入った兎は部屋の光景に悲鳴ともつかない声を上げる。
「うわぁー……なんですか、ここは?」
「操縦室だ。今はほとんど物置だかな」
ガラクタの山とはいえ、この戦車の重要機関部。他人を入れるのは久しぶりだった。
「とりあえず、ここの掃除だな。終わったら二階もしてもらおうか」
「二階? 二階なんてあるんですか?」
「あぁ、後で案内してやるから、ホレ。ひとまずここを片付けろ」
店長は店の方から持ってきていた雑巾と箒を兎に渡し、店の方に戻る。兎は小さくため息をついた。
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三十分後、店長が店内のカウンターに座っていると、後ろの扉が開く。振り返ると汗だくになっている兎がいた。操縦室の掃除が終わったようだ。
「おう、おつかれ」
「要らなさそうなものは、操縦室の端っこに固めておきました。で、次は二階でしたっけ?」
「あぁ、だがちょっと待て。そんな汚い格好でウロチョロされても困るからな。十分でその汚ねぇ服を綺麗にしとけ」
ガラクタの山から比較的綺麗な布切れを兎に渡した。
兎は自分の服を見る。気付いていなかったらしいが、兎の体には埃とべっとりと油汚れがそこら中に付いている。「あー、せっかく新しくしたのに……」といいながら兎は隅に置かれた椅子に座り、怒りを込めるように汚れを拭き取り始めた。
兎が服の汚れを落としている中、店長は硬貨作りを再開する。
「あのー、ところで、店長は『狸座』とはどういう関係なんですか?」
せっかく集中しようとしていたところに、邪魔が入り、店長は眉間にしわ寄せる。
唐突な質問だ。しかし店長自身、聞きたいこともあった。
「狸座との関係、ね。……あんなチンケな盗賊団となーんの関係もねぇよ。それより、お前はどうなんだ? 盤堅街に住んでるなら、あいつらへ農作物の納品や労働の提供をしなきゃいけないんじゃないのか? こんなところでサボってていいのか?」
逆に問うと兎はすぐに答えた。
「今は私の分も弟達が働いています。街のことも狸座のことも、よく御存知ですね」
店長は「まぁな」と答える。
「盤堅街には一時期居たからな。狸座も「チンケな盗賊団」とは言ったが、一応、この辺りでは一番デカい組織だからな。どんなシノギしてるか、嫌でも耳に入る」
店長はすっかり硬貨作りの手を止め、背もたれに寄りかかりながら続けて問う。
「それでもここ最近はあんまり話は聞かなかったからよ。ちょっと気にはなってたんだ。……今もあいつらは街の北部の居るのか? あのでかい建物によ」
「あのバカデカい壁に覆われた建物ですよね? 一カ月くらい前に盤堅街に引っ越して来たのですが、その時にちょっとだけ見ましたよ。ガラの悪い人達が大勢いました。「大きくなったらウチに入るか?」って弟達が誘われてたっけ……」
「一カ月前に引っ越して来た」という、質問の答えよりも気にしていた情報があり、店長はなるほどと納得した。
安全を保証する代わりに狸座の支配下に降る弱者達の集まる街――盤堅街。そこに住む者がどうして狸座以上に恐ろしいとされているこの店に、女一人で来たのか気になっていた。新参者であればここのことを知らないのだろう。
店長は再び硬貨作りの作業に戻りつつ言う。
「ま、何を気にしてんのか、だいたい分かる。ここはまだ狸座のシマだもんな。あいつらがやって来ないか気にしてんだろ? あいにく、奴等ならココには来ねぇよ。以前、全員半殺しにしてやったからな」
すると兎が「またまた冗談を……」と引きつった笑みを浮かべる。
「何百人いる組織だと思ってるんですか。たしかにキラー鳩をやっつけちゃう店長なら戦えるでしょうけど……。ゴロツキが百人近くはいるんだすよ。冗談でもそんな事言って、あの人達の耳に入ったら……」
「信じられないなら信じなくてもいい。とにかく奴らとは既に話はついてる。――さて、無駄話はもういいだろう。」
店長は立ち上がり、顎で店の奥を指す。
「二階を案内してやる」
そう言って店長は立ちあがり、再び店奥の廊下へと兎を案内する。




