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終わる世界、始まる店  作者: 梅枝
第一章
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1-1 砂漠、少女

 無慈悲に全てを照りつける太陽。乾いた熱風が砂を巻き上げ、吹き抜ける。褐色の大地には大小様々な岩が転がり、建造物だったコンクリートの破片が突き出している。


 一面無機質な岩石砂漠。地平線まで続く蒼天には雲一つなく、絶え間なく熱波が地表に落とされる。大地に生命の気配は感じられない。


 もはや国という概念もなく、その名称にもはや意味はないが――ここはかつて、「日本」と呼ばれていた。


○●○●


 終わりゆく世界。今日も今日とて、全てを焼き尽くさんと輝く太陽。乾いた熱風が砂を巻き上げ、吹き抜ける。


 そんな赤褐色の礫砂漠のど真ん中。動くものがいた。


 麻色の外套、フードを深く被り、遮光用ゴーグルとボロ布の服を纏う生物――人間だ。俯きがちでフラフラと歩いていたその人間は、足を止め視線を遥か前方に向ける。


「おかしいなー……もうそろそろのはずなんだけど……」


 懐からコンパスを取り出し、方角を確認。辺りをグルっと見回す。目に映るのは相変わらずの殺風景。歩いてきた道に、足跡を残さないように進んできたようだ。自分の足跡が残っていないことを確認し、よし、と頷く。


 が、しかし。


「――っ! やばやばっ…!」


 前方。一時の方向。辺りは赤茶色の風景。所々に掠れた色の岩が転がっている。他に見えるは鉄筋が突き出たコンクリートの断片。動くのは風で転がる小さな石しか見当たらない。


 しかし、その人間は何かを感じたようだ。


 身をかがめ、ジッと動きを止める。視線の先は遥か遠く、空と砂地の境目。見つめ始めて少し経つと、ようやく何か(・・)が視認できたらしい。人間は低姿勢のまま、虫のようにコソコソと近くの大岩へと身を隠す。


 岩の陰に隠れて数秒後。地鳴りが響き、段々と近付く今にも壊れそうなエンジンの音。音と共に近づく影の正体は、二組のバイクだった。


 バイクに跨る者達もボロ布を身に纏っている。茶色の旗をバイクに掲げ、大きな荷物を積んでいる。おそらく、この二人は盗賊。どこかで略奪した帰りなのだろう。


 盗賊達は地面を揺らしながら徐々にこちらに近づいてくる。岩陰に隠れた人間は、息を殺し、風景に溶け込む。


 盗賊達は重低音と振動を撒き散らしながら、人間の身を隠す岩のすぐ近くを通り――去っていった。


 巻き上げられた砂煙が収まると、岩陰からゆっくり顔を出す。過ぎ去ったバイクが地平線の彼方へ向かっていく。人間は「ふぅ」とため息をつき、段々と小さくなるバイクを見つめながら呟く。


「茶色の旗……「狸座(たぬきざ)」の人達か」


 緊張と猛暑で掠れた喉から出た声は震えていた。辺りをまた見渡し、誰も居ないのを確認すると、隠れていた岩陰に再び戻り、岩を背に座り込む。


「ちょっと休憩しよう……」


 フードを脱ぎ、口元に当てた布を取り、ゴーグルを外す。顕わになった髪を手グシで整える。そしてため息交じりで自らの髪をまじまじと見る。


 肩までの長さに切りそろえられた黒髪は少々癖があり、毛先が波打っている。できれば母のように長く伸ばしたいのだが、この癖っ毛のせいで綺麗に伸びない。おかげでいつまで経っても幼子のような短い髪型しかできず、童顔も相まって子供扱いされがち。


 というのがこの少女の最近の悩み事。しかし、差し当たっての悩み事は――。


「あっっっつい……」


 先程までの緊張で忘れていたが、この暑さ。無防備に肌を露出していれば火傷するレベル。


 少女は懐から取り出した小さな水筒で水分補給。


 無駄に汗をかかないようにジッと休むこと数分。少女の身を太陽からすっぽり隠してくれる岩のお陰で、多少は落ち着いたらしい。


 しかし、少女はこれからまた太陽の熱線が降り注ぐ中を歩くと思うとゾッとした。


 だけど、行かねばならない。少女にはやり遂げなければならない、目的(・・)があるのだ。


 決意新たに立ち上がると、背中を預けていた岩に何か文字が書かれていることに気付いた。


「あれ、なんで今まで気が付かなかったんだろう」


 麻色の岩肌に映える赤い文字。少女は文字を読み上げる。


「『アノレバイト』? ……うん、あとの文字は読めないや」


 漢字の読めない少女は、岩に書かれた文字のひらがなとカタカナの部分だけ読んだが、残念ながら内容はてんで理解できなかった。


「なんだろう、『アノレバイト』って……。帰ったらお母さんに聞いてみようかな」


 少女は独りごちり、フードやゴーグルを付け直し、コンパス片手に再び歩み始めた。


●〇●〇


 先ほどの休憩から三十分後。少女は休むことなく歩き続けている。歩くペースも落ち、顔も俯きがちになっている。


 ふと、足元を見るといつの間にか赤褐色の礫地帯から黄金色の砂地帯へと変わっていた。どうりで足が重いわけだ、と小さくため息をこぼす。


 少女は纏わりつく砂を忌々しく思い、軽く蹴り上げ、空を眺める。


 雲一つ無いなんとも退屈な空模様。太陽はいつの間にか頂点を過ぎ、西に傾き始めている。


 日が沈む前には家に帰りたい。帰りの時間を考えると、そろそろ帰路のことを考えねばならない。


 それまでに果たして目的の場所へと辿りつけるのだろうか。少女は改めて一面広がる砂砂漠を眺めるが、何も見当たらない。進行方向には小さな砂の丘があるだけ。


「あの丘の先からなら、遠くまで見渡せるかも」


 疲弊し、汗でデロデロになった体を奮い立たせ、砂の大地を小走りで駆けだす。乾いた砂の音を鳴らしながら、小さな丘を駆けあがる。


 丘の頂上はこの辺りでは一番高い場所。ここから目的のものが見えなければ、今日は一旦帰るしかない。少女は期待と不安を抱え、丘の上まで着いた。呼吸を整え、先を見つめる。


 視界に広がる無限の砂景色。遠く地平線には起伏の激しい砂の山が並ぶ。地平線より手前、この丘を下った先は黄金色の平坦な地が続いている。


 すると、平地のど真ん中に、嫌でも目に入るモノがあった。


 ドクンと心臓が大きく胸を打つ。軽く目眩もするが、熱中症だろうかと少女は頭を振る。うん、大丈夫だ。ふっ、と一息吐き、呟く。


「あった。本当に、あった……!」


 一気に疲れが飛んでいったような気がした。その視線の先には、真っ黒な四角い建物があった。


 少女は丘を滑る様に駆け下り、開けた砂地を駆け、黒い建物へ向かう。先ほどまでの疲れなどどこへやら。少女は足取り軽く進む。


 ようやく建物の近くまでやってきた頃、少女は自分が息切れしていることに気が付く。まずいまずい、ハイになり過ぎている、と自らを落ち着かせるため、呼吸を整えながら、建物に歩み寄る。


 近くまで来て分かった事が一つ。見つけた時は建物に見えたが、近づくと建物ではないことが分かった。


 この黒い物体の両サイドには大きな車輪が幾つもついている。つまり、これは家ではなく、巨大な乗り物なのだ。その大きさと重厚な装甲から、これは――


「戦車……? いや、でも、大き過ぎるかも?」


 何度か戦車を遠目から見たことがあるが、こんなに大きかっただろうか。それに、これは今まで見た事のある戦車とは異なり、「主砲」が見当たらない。


「うーん、搬送車ってやつかな? そういうのもあるってお母さん、言ってたっけ」


 などと勝手に納得。しかし、ひとまずはこの建物?乗り物?は「戦車」と呼ぶことにした。


 少女は独りごちりながら今、この巨大な戦車の後部にいる。搬送物を収容する為なのか、大きな扉がある。


 階段が取り付けられ、車内に入り易くしているようだ。しかし、まるで誘い込むかのように扉は開かれている。些か罠臭さを感じるが――。


 少女は胸元に小さく拳を握り、呟く。


「ここまで来たんだ。入るしかないよね」


 少女は、階段を登り、店へと踏み込む。


 この一歩が、後の人生を大きく変えることを、彼女はまだ知らない。

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