親子の関係は?
ホテルに到着し会場に入るとそこは想像以上に大きくそして豪華なパーティーだった。
さすが日本有数のアパレルメーカーだと感心させられた。
「会場の皆様、今回の主役がご到着しました。紹介しましょう 世界に誇る日本のデザイナー
SAEKO SAEGUSA です。皆さま拍手でお迎えください‼」
〈今回の主役〉として紹介された冴子は両手を広げ皆の声に応える形で堂々とそして颯爽と登場した。
元々派手好きで、ちやほやされることが大好きな我が母君はその全身で拍手喝采を浴び幸せの絶頂を迎えていた。
そんな姿を見ると息子として少し誇らしく嬉しかった。
SAEGUSAというのは旧姓で三枝冴子という名前をデザイナーネームとして使っているのだ。
そんな冴子の前に今パーティーの主催者、アバント・モードの社長が現れた。
事前に画像を検索した会社のHPの画像ではいかにも社長ですといったお堅めの写真が載せられていたのだが
現物を見ると随分とこじゃれていてダンディズムというか男の色気みたいなものを感じさせる
今時で言う〈イケオジ〉というやつだろう。いかにも女たらしといった感じだ。
「初めまして、ミス冴子。噂はお聞きしていましたが本物は実に美しいですな」
両手を広げながらニヤついた顔で俺の母親に馴れ馴れしく話し掛けて来る女たらし社長。
よし、ようやく俺の出番のようだな。このホストまがいの女たらし社長から冴子を守るのが今回の俺の役目だ。
柄ではないが今夜だけは騎士になりきって姫を守るとするか。
俺はすかさず冴子の横に出ると身を挺して二人の会話に割り込んだ。
「初めまして、私は冴子の息子で大和と申します。母は体調があまりすぐれず……ぐえっ」
俺が目の前のエロ社長の魔の手から冴子を守ろうとした時、わき腹に激痛が走った。
何が起きたのか?と視線を落とすと痛みを感じた部分には冴子の肘が食い込んでいた。
姫を守ろうとした騎士はこともあろうにその姫からの攻撃を受けたのである。
「すみません社長、礼儀知らずのうちの息子が。ご気分を損ねたのであれば私の方から謝ります、申し訳ありませんでした」
冴子は俺の頭を押さえつけるように無理矢理謝罪をさせた、物凄い力だった。
「いえ、お気になさらず。それにしてもこんなに大きな息子さんがいるとは、本当にお若い」
「嫌ですわ、社長。本当にお上手ですね」
冴子は口に手を当てホホホホホと笑う。どうやらこのイケオジ社長の事が一目見て気に入った様だ。
突然の作戦変更を聞かされていなかった俺は事もあろうに守るべき姫から攻撃を受けたのである。
じゃあ俺はここに何をしに来たの?
楽しそうに会話をするイケオジ社長と冴子、それを犬のように見守る俺。
もはやアホらしくてやっていられない。仕方がないのでせめてごちそうでも食べて帰るか。と思った時である。
「そうですか、息子さんは【帝都学園】に?」
「社長の娘さんもですか⁉それは奇遇ですね」
二人の会話が異様に盛り上がっている。何だ、この嫌な予感は。
「では私の娘を紹介しますよ、美鈴来なさい」
イケオジ社長が一人の少女を呼んで手招きする。おい、その名前って、まさか……
そのまさかだった、白いドレスに身を包み可憐な仕草で現れたのは何とクラスメイトの紅林美鈴だった。
向こうも笑顔で近づいて来たのだが俺の顔を見るなり足を止めて硬直し、突然顔を強張らせる。まあそうなるよな。
「娘の美鈴です、今年【帝都学園】に入学しました」
「まあ、ウチの大和も今年の入学ですよ。もしかして貴方達……」
冴子がこちらをチラリと見たので、俺は仕方がなくぶっきらぼうに答えた。
「クラスメイトだよ」
その瞬間、イケオジ社長と冴子の顔がパッと明るくなった。
「子供同士も同級生のクラスメイトとは、貴方とは縁がありますね」
「全くです、もう少し社長とお話ししたいですわ」
どうやら両者は秒で意気投合した様で二人は十年来の恋人のごとく仲睦まじく去っていた。
残された俺と紅林美鈴にしてみれば地獄である。クラスメイト=仲良しという定義は何をもって成立したのであろうか?
俺達は親同士の勝手な決めつけによってどうしようもなく気まずい空気に包まれた俺達はどうしたものかと困り果てた。
周りから聞こえて来る談笑の声と華やかなムードに沿った音楽、ホテルのボーイが俺達の前をせわしなく通り過ぎていく。
気まずい、このままでは息が詰まりそうだ。俺は水面を目指すダイバーのごとく紅林美鈴に話し掛けた。
「別に無理して俺に話しかけなくていいぜ、あいつらが勝手に勘違いしただけだから、今までどおり俺の事は無視してくれてかまわない」
気を使った訳ではない、俺にとっても都合がいいからだ。だが紅林は顔をしかめ口を開いた。
「そういう訳にはいかないわよ。SAEKO SAEGUSAはパパの会社の社運を賭けたプロジェクトリーダーとして招いたのだから。
その子供同士の仲が悪いとか、困るのよ……」
「聞かれたら〈仲良くやっている〉と嘘を言えば問題ないだろ、嘘も方便というやつだ」
「まあ、そうなのだけれど……その、貴方は何も思わないの?」
「何を、だよ?」
紅林美鈴の唐突な質問に俺は質問で返した。今の問いかけには主語がないのでこいつが何について知りたいのか全くわからなかったからだ。
「私のパパと貴方のお母さんが、異様に仲がいい事よ。その……
こう言っては何だけれど、私のパパは会社の社長としては優秀だと思うし父親としても私に凄く優しくしてくれるわ。
でも男としては少し難があって……ぶっちゃけて言えば女癖が悪いのよ
パパはあの通り顔もイケているし話もうまいから昔からモテるの、だから美人を見ると手当たり次第に手を出すのよ。
あまりに浮気が酷くてママは離婚届を残して家を出ていったわ。
貴方のお母さん物凄い美人じゃない、だから心配なのよ」
紅林は恥ずかしそうに語った。なるほど、冴子が言っていた〈社長は女好き〉という情報は正しかった。
間違ったのは冴子の行動だけだったという訳か……
「社長と現場リーダーが仲良しなのはいい事だろう?まあ度合いの問題なのだろうが」
「そうよ、度合よ。パパのあの感じからするとあっという間に口説き落としかねないわ。
もしパパと貴方のお母さんが恋人とか結婚とかになったら……私、この年になって同級生の兄弟ができるとか嫌よ、
年の離れた異母兄弟が生まれるとか、考えただけでもゾッとするわ」
紅林は嫌悪感をむき出しにして頭を抱えた。この異様な状況は年頃の女子高生には耐えられない事なのだろう、わからなくはない。
とはいえ俺も一応年頃の思春期男子高校生なのだが。
「安心しろ、まずそんな事にはならないから」
俺は彼女を安心させるように言った。
「どうしてそんな事が言えるのよ?」
紅林は険しい顔で俺を見た。
「確かにあの感じからすると二人が多少ただならぬ関係になる可能性はある。
だが恋人とか結婚とかそういった事にはならないと思うぜ」
「だから、どうしてそんな事が言い切れるのよ⁉もしかして貴方のお母さんは
〈恋人とか結婚とかに縛られない、大人としての関係を楽しむ〉という恋愛観の持ち主なの?」
「いや、違う。どちらかというとその逆だな」
「じゃあなおさらマズいじゃない⁉」
紅林美鈴の顔が益々険しくなる
「まあ落ち着け。俺の母親、冴子という女は普通じゃない。あいつの恋愛観は、そうだな……」
俺は少し考えると紅林に理解しやすいように説明した。
「冴子の恋愛観をわかりやすく説明すると。狙った獲物にこっそりと近づき、その強靭なあごと鋭い爪で相手の喉元に食らいつき一方的に捕食する……という感じだ」
俺の話を聞いた紅林はキョトンという顔をしている。
「あの……私が聞きたいのは貴方のお母さんの恋愛観よ⁉」
「だから今説明したとおりだ、お前の父親は女慣れしているみたいだから、魂まで食らいつくされ生気を吸いつくされるところまではいかないだろう」
理解できない様子の紅林だったが、少し考えこんだ後、小さな声で問いかけて来た。
「じゃあ、貴方のお母さんは、いわゆる〈肉食系女子〉というやつなのかしら?」
「ああ、それだ。しかもとびっきり獰猛なやつだ。勘のいい奴ならば少し近づけばすぐにわかる。
〈あっ、こいつヤバい女だ〉とな」
紅林が今度は俺の顔を覗き込むように話しかけて来た。
「貴方、自分の母親の事を滅茶苦茶言うのね?」
「事実だからな。実際冴子のヤバさは〈地雷〉何てモノじゃない、核ミサイル並だ。
近づきすぎると身を亡ぼすどころか体ごと消し飛ぶ。おそらく聖職者や人格者、神や仏ですら冴子と一緒にいれば一週間で殴りたくなるだろう」
紅林は俺の話を黙って来ていたが最後は不思議そうな目でこちらを見て来た。
「何か、凄いのね。貴方のお母さん」
「ああ、冴子は常にアクセル全開だからな。一切ブレーキを踏まず法定速度も守らない
最速で前に進むことだけを目指している。だから誰もついて来られない、どんな奴でもお構いなしに振り落としそれが当然だと思っている。
何かが突出した人間はどこかおかしいと聞いたことがあるだろう?冴子は正にそれだ」
「世間でよく聞く〈天才には変人が多い〉というやつね、何となくわかったわ」
紅林は自分を納得させるように大きくうなずくと、再び俺の顔を見て口を開いた。
「でも、結婚や恋人関係にはならなくとも、私のパパと貴方のお母さんがその……大人の関係になったりしたら、貴方は平気なの?」
紅林美鈴は不思議そうにこちらを見て言った。
「全然平気……とはさすがに言えないな、やはり息子としては少しモヤっとはする。
だが二人とも大人なのだし実の子供とはいえ人の恋愛事情に口を出すことじゃない。
不倫をしているのならばともかく幸か不幸か今は二人とも独り身だしな。
子供が親の為に生きているわけじゃないのと同様に親だって全て子供の為に生きる必要はないと思うぜ。
特に冴子の場合はそれが仕事や生きる為のモチベーションに繋がっているみたいだしな」
紅林は目を細め〈ふ~ん〉と言って意味深な視線をこちらに向けた。
「佐山君は随分と物分かりがいいのね、それとも大人って事なのかしら?」
「ウチは父親がいないからな、冴子があんな性格をしている以上、俺が大人にならないと。
親がしっかりしているよりもだらしない方が逆に子供はしっかりするって、よく言うだろう」
すると紅林はどこか嬉しそうに口元を緩めると、今日初めて俺に向かって笑顔を見せた。
「佐山君、今日少し貴方のことがわかった気がするわ」
その笑顔に俺は不覚にも言葉を失った。ちくしょう、これだから美人というのは嫌なんだ。
何をやっても笑顔一つで帳消しにされる、嫌な事も全て無かった事にされる、どんな事があっても許せてしまう
この世の中で最も不条理なのは美人の笑顔だとこの瞬間俺は思った。
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