これだから女王様のお世話係は誰にも譲れない
その翌日、今週末に一年生だけで祝勝会を行うとメッセージが入った。
美鈴の親父さんが高級ホテルの会場を手配してくれたらしい。昨日の今日だというのにさすがの一言である。
しかし俺が参加しても周りはシラけるだけだろうから辞退しようと思っていたのだが美鈴から〈絶対に来なさい〉というラインが来た。
さて、どうしたモノか?と迷っていると〈来ないと殺す〉という追加文章がきた。
さすがに俺も命は惜しい、自分の意思とは無関係のまま美鈴の出頭命令に従う事とする。元々俺に選択権などなかったのだ。
週末になり俺は一人会場へと向かった。広々とした会場にずらりと並べられた高級料理
きらびやかにして優雅、そして盛大で厳かな雰囲気のパーティーだったが
今回はドレスコードなど無く〈全員制服での参加〉と書いてあったので全員が制服での参加と相成った。
会場に到着するともうほとんどの人間が来ていて仲のいい者同士ワイワイとおしゃべりをしていた。
今まではそれぞれの派閥同士で集まっていたことが多かったのだが
競馬勝負やディベート対決を経て派閥やクラスの垣根を越えて皆が仲良くなっている様だった。
そこに貢献したはずの俺に話しかけてくる人間はいないのがやや気にかかるがまあ今更である。
「よう、ちゃんと来たな、佐山‼」
背中から聞こえてくる声に振り向くと、俺に声をかけて来たのは田所である。
「おう、美鈴から〈来ないと殺す〉と脅されて、な……」
「何や、お前と紅林嬢、あれからずっと喧嘩しとったんやないんかい⁉心配しとったんやで」
田所は俺の背中をバンバンと叩きながらどこか嬉しそうである。
「今の話をちゃんと聞いていたのか?俺は殺すと脅されて嫌々参加させられたのだぞ⁉」
「そないに言わなお前はこないな集まりに来えへんやろうがい‼紅林嬢の優しさや」
やけに上機嫌でわかった風に言い切る田所だったが、俺にはとてもそうとは思えなかった。
「モノは言いよう……としか聞こえないけれどな。どのみち俺にとってこういうたぐいの集まりは苦痛でしかないし
俺が居ても空気を悪くするだけで意味があるとは思えないけれどな」
「意味はあるやろうがい、ディベート対決では一番の功労者と言っても過言ではないで⁉」
「功労者が必ずしも皆から感謝られる対象とは限らないぞ」
「それはお前だけや、全くオモロイやっちゃで‼」
「だったら少しは笑ってくれや」
「それはでけへんな、ワイから笑いとりたかったらもう少しお笑いのセンスが必要や‼」
田所と訳の分からない話をしているといつの間にか松金と木村も会話に参加してきた。
百人以上いる一年生の中で俺に話しかけて来る変人はこの三人だけだろう。全く物好きな奴らだ。
そんな中で主役である美鈴が姿を見せた。もちろん皆に合わせて制服姿であるが
こういった華やかな場では誰よりも目立ち、ひときわ輝いて見えるのは俺のひいき目だろうか?
「皆さん、今日はこのパーティーに参加していただき有難うございます。
今回学年対抗ディベートで良い結果が収められたのも皆さんの熱い支持と協力があったからだと感謝しています」
美鈴が軽く頭を下げると会場から一斉に拍手が巻き起こった。もちろん俺もそれに続く。
誰もが形式的な拍手ではなく心から称えているように見えた。
そんな美鈴の姿はとても眩しく映りそれに自分が少しでも貢献できたことが嬉しかった。
しかしそれと同時にやはり美鈴は自分とは住む世界が違うのだと思い知らされてどこか一抹の寂しさを覚えた。
「有難うございます、私はこの勢いのまま来月の生徒会選挙で生徒会長に立候補します。
そして必ず生徒会長になります。ですから皆さん、どうか私に力を貸してください‼」
美鈴の力強い言葉に皆が〈おお~〉という感嘆の声を上げ更に大きな拍手が巻き起こった。
入学から一か月ちょっとしか経っていないというのに美鈴は一年生全員の人心を完全に掌握していた。
これがカリスマというやつなのだろう、やっぱり俺の目は間違っていなかった。
皆の盛大な拍手を浴びて美鈴は嬉しそうに頭を下げた。そんな彼女を会場の隅から静かに見守る俺はどこか誇らしくそして嬉しかった。
色々な思いが胸にこみあげてきて柄にもなく感傷に浸っていると壇上にいる美鈴と不意に目が合う
そして彼女は俺を見てニコリと笑った。
何だ、嫌な予感がするぞ……そしてその予感は見事に的中したのである。
「佐山大和君、壇上にお越しください」
美鈴の一言に会場の視線が一斉に俺に集まる。全く予期していなかった事態、美鈴の奴何をするつもりだ?
わからん、さっぱりわからん。もしかしたら先日のディベート対決の説教を今ここでやろうというのか?
確かに皆がいる前なので効果はあるしアピールとしても悪くは無いだろう。
そのために〈絶対に来い〉という強制命令を下したのだとしたら理解できる。まあそれならば仕方がないな……
俺は公開処刑される犯罪者のごとく前に歩いていくと人の波が左右に分かれ俺の歩いていく道が開かれていく。
正面には笑顔の処刑人紅林美鈴様が待っていた。
壇上に上がった俺にどんな沙汰が下されるのか大衆は息を飲んで見守っている。
まあどんな殺され方をしようが文句はない、さあバッサリとやってくれ‼俺はそんな事を考えていた。
しかし美鈴の口からは誰もが予想していなかった言葉が出て来たのである。
「皆も知っての通りこの佐山大和君は今回の学年対抗ディベート対決において非常に活躍してくれました。
そしてB組との統一戦、学級委員長の選挙の際にも陰ながら私の為に力を貸してくれました
つまり私のブレインであり右腕と言ってもいい存在なのです」
皆の顔が複雑なモノへと変わりにわかにざわつき始める。これはマズいぞ
あくまで俺と美鈴は無関係であり俺が勝手にやった事にしなければ美鈴にも悪印象が……
だが次の瞬間、美鈴の口から信じられない言葉が飛び出したのである。
「私はこの佐山大和君とお付き合いさせてもらっています。つまり彼は私の恋人です」
その瞬間、皆が一斉に驚きの声を上げた、誰もが目を丸くし驚きを隠せない様子だ
だが一番驚いたのは誰あろう俺自身である。俺は驚きのあまり声も出せず美鈴を見つめた。
すると美鈴はこちらを見て口元に笑みを浮かべた、それはまるで〈してやったり〉という表情だった。
「どういうつもりだ、美鈴⁉」
俺は小声で問いかけると美鈴は何事も無かったかのように答えた。
「言葉の通りよ、これで今後貴方のやる事はすべて私の責任という訳よ」
その言葉には明確な意思が感じられた。つまり美鈴は俺に先日のような手段を取らせないために俺との交際をでっちあげたのである。
「俺に首輪をつけようとするのはわかるが、もう少しやり方っていうモノがあるだろうが⁉
その為に自分自身を人質にとるとか正気の沙汰とは思えんぞ⁉」
「でも貴方にはこのやり方が一番効くでしょう?」
「うっ、それは……」
女王様は俺の性格を全てお見通しのようである。そして彼女は得意げな顔を見せた。
「それにしても俺とこっ、こ、恋人同士とか……もう少しマシな嘘はなかったのかよ⁉」
「あら、大和だって沙羅ちゃんに同じような嘘をついていたじゃない」
実にあっさりと答える美鈴。いやいやいや、そんな単純な問題じゃないだろう⁉
「あれとこれとは全然違うだろ⁉馬鹿な妹を騙すのと、学園中に宣伝するのでは全く意味合いが……
そもそも美鈴だって俺とこ、恋人同士と思われるとか嫌だろうが⁉」
明らかに動揺しアタフタしている俺の姿を見てなぜか嬉しそうな女王様だった。
「別に嫌じゃないわよ」
「へっ?」
俺の素っ頓狂な返事とリアクションが余程おかしかったようで美鈴姫は笑いを堪えるのに必死のご様子だ。
俺は頭の中がパニックになり完全に思考が停止してしまっていた。
「おいおい、みんなの前で見せつけんなや、お二人さん‼」
田所がはやし立てるようなヤジを飛ばす。女子などはキャーキャー黄色い声をあげながら目を輝かせてこちらを見ていた。
こんな政治家を目指す学校でもやはり女子高生という生き物は恋愛ごとが大好物の様である。
それとは逆に男子生徒からは憎しみと嫉妬と怒りの目を向けられた。
特に木村と平岡は俺の事を親の仇のごとく睨んでいた。そういえばこいつら美鈴を狙っていたのだったな。
男の嫉妬は醜いと聞くがまさかその矛先が俺に向く日が来るとは……
会場中に複雑な思いとピンク色の空気が蔓延する中で美鈴がボソリとつぶやいた。
「いよいよ次は生徒会選挙よ、今は余計な事に費やしている時間は無いの」
その言葉に俺はピンときた。
「美鈴、さてはお前、俺を男避けに使いやがったな⁉」
美鈴は答えなかったが俺を見て楽しそうに微笑んだ。それが全てを物語っていた。
俺は思わずため息をつき、美鈴に向かって言った。
「確かに総理大臣を目指す美鈴様にとって我々下々の色恋ごとに巻き込まれたくないというのはご理解できますが
それに私を利用するというのはあまりにも人間的にですね……」
「何よ、その嫌味な言い方は?」
美鈴が目を細め怪訝そうに言う。俺は再び大きくため息をついた。
「ハア、まあ美鈴の役に立つというのならば、虫よけスプレーだろうが蚊取り線香だろうが素敵な彼氏役だろうが勤めさせてもらいますよ」
「自分で〈素敵な彼氏役〉とか言っちゃうの?」
「そこはスルーしろ」
美鈴は再びクスクスと笑い、その後、皆の方をまっすぐに見ながらボソリとつぶやいた。
「このまま一気にてっぺんまで突っ走るわよ、大和」
「へいへい、どこまでもついていきますよ、女王様」
美鈴がヤレヤレとばかりに俺を見つめる。だが気分は悪くない。
やってやる、やってやるとも。女王様の忠実な僕として、素敵な彼氏として〈偽装&虫よけ役〉
そして紅林美鈴の相棒として、必ずこいつをてっぺんまでのし上げてやる‼
そんな柄にもない事を思いながら俺は美鈴を見つめた。
「頼りにしているわ、大和」
「仰せのままに」
俺達は互いに見つめ合い思わず笑った。その屈託のない美鈴の笑顔を目の当たりにして俺は改めて思ったのである。
ああ、これだから女王様のお世話係は誰にも譲れないぜ。と。
この作品は〈学園頭脳バトル物〉を書きたいと思って挑戦的に書いてみたものです。少し思っていたのと違う感じになってしまいましたが楽しんでいただけたのならば嬉しいです。私は基本的に男女のコンビの会話劇が好きなので今回もそのテイストになってしまいましたがいかがだったでしょうか?主人公佐山大和のようなひねくれた人物を書くのは大好きなので結構楽しく書かせていただけました、あまり褒められた性格ではないので性格が気に入らないので不快だと思われた人がいたなら申し訳ありません。この作品はやや中途半端な形で終わってしまったのでいつか続編を書きたいとは思っています。
今までお付き合い有難うございました。また書き溜めたら投稿するつもりですので少しでも〈面白い〉〈続きが読みたい〉と思ってくれたならブックマーク登録と本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです、ものすごく励みになります、よろしくお願いします。