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思いと想い

「ちなみに杉本先輩は〈再エネはエコ〉とおっしゃいましたが、本当にそうでしょうか?」


「当たり前だろうが⁉再エネは炭素を排出しないエコというのは常識で……」

 

杉本先輩はそう言いながら突然口ごもった。


さっきから散々俺に言葉の裏を取られて苦戦を強いられてきたので少し慎重になってきたな。


だがスラスラと答弁していた発言が急に言いよどむようだと見ている観衆達にはどう映るのでしょうね?


「再エネで電力が賄えるというのであればこの日本で再エネを推進しようとした場合、杉本先輩はどのような方法があるとお考えですか?」

 

俺の質問に少し考え慎重に言葉を選んでいる様だった。


「風力発電は風量の関係でそこまでの電力は見込めない、水力発電もこの日本ではダムを建設できる所はもうそれ程残っていないだろう。


バイオマス発電はまだまだ規模の問題があってそこまでのシェアは見込めない。


現状では太陽光発電が一番現実的であり国策にもあっていると僕は考えている」

 

先ほどまでの自信満々で軽快な口調は鳴りを潜め、随分と慎重に発言している様子だった。


「太陽光発電ですか、確かに太陽光発電は炭素を排出しませんし、この日本では再エネの中でも太陽光発電が最も割合を占めているのは事実ですからね」

 

俺が少し賛同するようなそぶりを見せた途端、杉本先輩の顔がパッと明るくなった。本当にわかりやすい人だ。


「そうだろう、今や太陽光発電は炭素を発生しない自然に優しい再エネという点でも時代に合っているし


余った電気は国が買い取ってくれる。つまり互いにウインウインという関係が築ける。


つまり太陽光発電は日本にとってこれ以上ない程の優良な発電システムという事だ」

 

また杉本先輩の目に自信が戻ってきた。俺がこの討論において少し譲歩したとでも思ったのだろう。


もちろんそんなつもりは微塵もないのだが……


「杉本先輩は太陽光発電が日本にとってこれ以上ない程の優良な発電システムとおっしゃいましたが本当にそうでしょうか?」


俺が問いかけた途端に杉本先輩の表情が曇った。この〈本当にそうでしょうか?〉という言葉は今日俺が何度か発したフレーズであり


〈今から反論しますよ〉という反撃の合図なのだ。


「な、何が言いたいんだ?太陽光発電に何か文句でもあるのか?」

 

杉本先輩はすっかり警戒モードである。


「いえ、別に文句はありませんよ。ただ杉本先輩がおっしゃった


〈太陽光発電は日本にとってこれ以上ない程の優良な発電システム〉という意見には賛同しかねると思っただけです」

 

杉本先輩の顔に焦りと戸惑いが浮かぶ。


「太陽光発電に何の問題がある、具体的に言ってみろ‼」

 

目を血走らせ声を荒げる杉本先輩、これは精神的に相当追い込まれているな。


討論において平常心を失い感情的になるのは最もやってはいけない事ですよ。


まあそれを俺が言った所で聞く耳を持たないだろうし、そうなるように仕向けているのは事実だが……


「では具体的に。日本の太陽光発電導入量はアメリカ、中国に次ぐ世界第三位です……」


「ほら見ろ、やっぱり日本には太陽光発電が最も適しているという証拠じゃないか⁉」

 

杉本先輩は鬼の首でも取ったかのように俺を指さして言い放った。


「最後まで聞いてください。アメリカや中国には広大な領土があります。


アメリカなどでは民家や工場がない砂漠などにメガソーラーを設置しています。


しかし日本ではメガソーラーを設置できるような広い平地は殆どありません。


その結果多くは森を切り開きそこに無理矢理太陽光発電パネルを設置するという手段を取っています」


「それのどこが問題なのだ⁉」

 

脊髄反射のような反応速度で即レスしてきた杉本先輩。かなりキテいる様子である。


「おや、今の話で問題点がわかりませんか?」

 

ワザと焦らしながら挑発するような感じで言ってみた。杉本先輩は俺の質問には何も答えず、物凄い目で俺を睨んでいる。


このまま挑発するような口調を続けていたら殴りかかってきそうな勢いである。


本当に暴力沙汰になったら大変だからもうこの辺で止めておくか。


「太陽光パネルを設置するために森林伐採を行うとその反動で土砂崩れなどの災害を引き起こす可能性が高まります。


山には保水という効果があるのはご存じですよね?木を斬り倒すことでその保水機能が低下してしまうのです。


太陽光発電所が原因と思われる土砂崩れが起きたという例は何件か報告されています。


そして景観を損なうというデメリットもあって今では太陽光発電のメガソーラーを山に設置しようとした場合


各地で住民による反対運動が頻繁に起きている事をご存じですか?」


「住民による反対運動だと……」

 

思惑外だったのか、杉本先輩は唖然としていた。大臣である父親の立場と政治家を目指す自分の将来を考えれば


〈住民の反対など無視すればいい〉とは口が裂けても言えないだろう。


「それと先ほど杉本先輩がおっしゃった電力の買い取りの件ですが……」

 

俺が話を続けると〈まだあるのか⁉〉と露骨に嫌な顔を浮かべた。


もううんざりなのでしょうがもう少しお付き合いくださいね。


「杉本先輩は電力の買い取りが年間どれくらい行われていて、そのお金はどこから出ているのか知っていますか?」


「そ、それは……正確な金額までは知らない。どこから出ているか?というのであれば国の税金から出ているのだろう。


しかしこれは無駄遣いではない、国民の為の税金投入であり……」

 

杉本先輩が話している途中で俺はその話を遮った。


「いえ、杉本先輩の認識は間違っています。電力の買い取りで支払われている金額は年間合計で約3兆円。


そしてその支払いは税金ではなく電気料金に組み込まれています。


つまり一般市民が払っているという現実なのです」

 

杉本先輩は茫然として言葉を失っていた。だが俺は攻撃の手を緩めなかった。


「さて、この事実をもとに検証してみましょう。


太陽光発電所の設置は土砂崩れなどの災害を引き起こし発電所の設置には住民から反対運動を起こされています。


そして先程杉本先輩は〈太陽光発電は国民と国とのウインウインの関係〉とおっしゃいましたが


一部の業者が莫大な利益を受けてそのお金を一般国民が払うというシステムが本当ウインウインなのでしょうか?


それは誰と誰のウインウインなのですか?お答えください」 

 

杉本先輩は固まってしまっていた。そんな先輩の姿を見て田所が思わずつぶやいた。


「佐山の奴えげつないな。あの言い方やとまるで一部の悪徳業者が私腹を肥やし一般国民が損をしているみたいに聞こえるやんか⁉」


続いて松金も口を開く。


「ワザとああいう言い方をしているのだろう。絶妙に事実を織り交ぜながら観衆の思考を巧みに誘導し答えにくい質問をぶつける。


あまりモノを知らない人間にとって、その効果は抜群だ」

 

木村も眉をひそめながら言葉を発した。


「住民が反対している=悪 という理屈を盾にして〈住民が反対している太陽光パネルの設置を貴方は推奨するのですか?〉


というどちらも選択できない質問をワザとぶつけるとか、敵ながら杉本先輩に同情するぜ……」

 

三人がそれぞれの感想を述べている横で美鈴はジッと俺の方を見ていた。


「お答えいただけないようなので次の質問に映らせていただきますが


杉本先輩は脱炭素を中心とするエコというモノを重視している様ですが、それで合っていますか?」

 

杉本先輩の表情が再び歪む、ディベート開始当初であれば〈そんなのは当然だろうが〉と即切り返してきたところである。


だが今の杉本先輩はすっかり疑心暗鬼に陥っていて俺の顔をいぶかしげに見つめながら慎重に答えて来た。


「ああ、それで合っている。地球の温暖化を防ぐ意味でもカーボンニュートラル


つまり脱炭素は世界共通の目標と言ってもいいだろう」


「そうですよね、だからこそ炭素を排出しないクリーンエネルギーを重視したエネルギー政策を推進していくべきだというお考えですよね?」


「ああ、もちろんだ。それのどこに問題がある⁉言いたい事があるのならば言ってみろ‼」

 

俺のもって回った言い回しに杉本先輩は苛立ちを隠せずにいた。


「では言わせてもらいますが欧州連合、つまりEUでは炭素をほとんど排出しない原子力発電はクリーンエネルギーとして認識されているのはご存じですよね?」

 

俺の言葉に杉本先輩は思わず〈あっ⁉〉と口にした。俺はかまわず話を続ける。


「そして世界エネルギー機関IEAは〈クリーンエネルギーへの移行で原子力の役割は増大〉と発表しています。


つまりクリーンエネルギーを推進しようとするならば原子力は寧ろ推進の方向が世界の常識です


それについて杉本先輩の見解をお聞きしたいのですが?」

 

もちろん杉本先輩からの反論はない。開始当初の自信満々の態度はどこかに吹き飛んでいて今にも泣きだしそうな顔である。


「また答えていただけないようですね。ああそうだ、杉本先輩が最初に言った次世代の発電について認識が間違っているようなので僕が代わりに訂正しておきますね」

 

杉本先輩は〈は?〉という顔を浮かべた。


「まずは核融合炉の開発ですが、杉本先輩は〈日本がリードしている〉とおっしゃいましたがこれは間違いです。


確かに核融合炉の研究開発において日本が世界をリードしている時期もありましたが


今ではアメリカに抜かれていてアメリカがリードしている状態です。


まあアメリカと日本では研究費が違うので致し方がないと思えますが日本人としてこれは悔しいですよね。


そういえば杉本先輩のお父さまはエネルギー庁の長官をしていましたのですよね?」

 

俺の問いかけに杉本先輩は顔面蒼白になり固まった。それを見た田所が思わずつぶやく。


「佐山の奴なんちゅう言い方をするんや⁉あれじゃあまるで杉本先輩のオトンが研究費を出し渋ったせいでアメリカに抜かれたみたいに聞こえるやないか⁉」


そこに松金も続く。


「言いがかりも甚だしいが、そう聞こえるというだけで〈そんなつもりは無かった〉と言えばそれまでだからな。


そこで杉本先輩が慌てて弁明じみた事を口にすれば益々〈本当に杉本先輩のお父さまのせいで……〉という疑惑が膨らんでしまう」


木村も眉をひそめ、口を開いた。


「杉本先輩にしてみたら反論すればいい訳に聞こえてしまうし言わなければそれを認めることになる。


完全に八方ふさがりじゃねーか⁉勝つ為とはいえ佐山の奴そこまでやるのかよ……」

 

皆が好き勝手な事を言っているようだがもちろん俺には聞こえてはこない。


杉本先輩の表情から絶望の色が浮かんで来た。よし、いい流れだ、ここで決めるか‼


「まあ色々と言いましたが杉本先輩の言い分もわかりますよ。


実際再エネは世界でも広がりつつあるし原発に大きながリスクがあることも事実です」

 

俺の発言が余程意外だったのか、杉本先輩は驚いた眼でマジマジとこちらを見て来た。


「原発を無くし全てを再エネで賄うことができるのであればそれが理想的なのかもしれませんですが


現実問題として原発の廃止は不可能なのです。ですが明るい未来を夢見て理想主義を掲げる杉本先輩の姿勢は尊敬に値すると思っていますよ」

 

俺の急な方針転換に杉本先輩をはじめ観衆達も戸惑い少しざわついてきた。


もちろん田所、松金、木村も例外ではなかった。


「佐山の奴、急に何のつもりや?」


「ここで突然攻撃の手を緩めて杉本先輩を持ち上げるようなことを言うとは……」


「もしかして勝ちを確信したから杉本先輩にも少し花を持たせて恩を売ろうと考えたのか?」


「あの佐山が?そないなことせえへんやろ」


「わからんぞ、あれで計算高い男だからな」


「このままいけば普通に勝そうなのに、そんな必要あるのか?という気はするけれどな」

 

俺の言動に誰もが戸惑い様々な考えが頭を交錯する。当の杉本先輩も最初は俺の言葉に困惑していたのだが


急に風向きがよくなったと感じたのかすぐに乗っかって来た。


「そ、そうなのだよ。僕は理想主義者だからね。人間理想と夢を無くしてはいけないよ」

 

どうやら杉本先輩は俺がワザと攻撃の手を緩めて先輩の顔を立ててやるつもりなのだと勘違いしている様だ。


もちろんそんな気は微塵もない。寧ろシメシメといった所である。


「そうですよね、人間社会においては理想と現実を上手く折り合いつけながら進めていくのがベストですものね」


「ああ、君もわかっているじゃないか」

 

益々調子に乗ってきた杉本先輩。先ほどまで泣きそうな表情を浮かべていた男とは思えない上から目線で語り掛けて来た。


「はい、ですから今回の議題においても太陽光発電を中心とする再エネを進めつつ原発も稼働していくという理想と現実の折り合いが大事なのですよね?杉本先輩」


「ああ、その通りだ。少々問題があると言っても両方とも必要という事だろう。


特に太陽光発電はもはや日本には欠かせない重要なコンテンツだからね、これからも進めていく必要はあるよ。


もちろん住民の理解を十分に得たうえで……という前提だけれどね」

 

杉本先輩の返答に俺の口元が思わず緩む。その瞬間、田所と松金が〈あっ⁉〉と叫んだ。


「やりよったで、佐山の奴⁉」


「ああ、何て狡猾でずるがしこい奴だ、あえて攻撃を緩めたのはこういう訳だったのか⁉」

 

二人の反応に木村だけが何が起きたのか理解できずキョトンとしていた。


「おい、どういうことだよ。俺にもわかるように教えてくれ」

 

木村が思わず問いかけると松金がメガネをクイっと上げて説明を始めた。


「ここまでの討論の流れで佐山は杉本先輩の推奨していた太陽光発電の弱点を挙げて原子力発電の方が現実的であると主張した。


杉本先輩は必死で太陽光発電の有用性を訴え反論していたが展開的にやや不利という状況だった」


木村はウンウンとうなずきながら松金の話を聞いている。松金は話を続けた。


「そういったディベートの流れで進んでいたので見ている者たちを含め杉本先輩も


太陽光発電と原子力発電のどちらが優良か?という風に見てしまっていたんだ」


「それが普通じゃねーのか?別に間違っていないと思うが……」

 

木村はまだ理解できていないようである。


「よく思い出してみろ。このディベートの論題は太陽光発電と原子力発電のどちらが優良か?ではない。


【原子力発電は無くすべきか、継続すべきか?】だ」

 

その瞬間、木村も〈あっ⁉〉と声を上げた。松金に続いて今度は田所が説明を始めた。


「ようやく気が付いたようやな。杉本先輩も自然とその気になってたんや。


自分の推奨していた太陽光発電を佐山によってケチョンケチョンに言われていたからな、無理もないで。


本来自分の得意なはずの論題で佐山に押され続けた杉本先輩は精神的にも追いつめられていた。


そこに佐山が急に杉本先輩のフォローをしてきたんや


絶望的な情況で助け舟を出されたと思った杉本先輩は藁をも掴む気持ちでそれに乗っかった。それが罠だと知らずに……」


田所の言葉に木村がゴクリと息を飲む。田所の話は続いた。


「敗色濃厚の状況において佐山の方から引き分けに持ち込めそうな話を持ち込まれた杉本先輩は一も二もなく飛びついたんや


太陽光と原発はどちらも優良で必要ですよね?という感じでな。


佐山にとっては太陽光発電の事何てどうでもいいんやさかいな。


精神的に追い詰められ、もう正常な判断力があるのかどうかも怪しい杉本先輩は反射的に〈そうだ〉と同意してしまったんや。


つまり杉本先輩は自ら原発は継続すべきだと認めた事になるというオチや」

 

松金も田所の話に大きくうなずき話を続けた。


「杉本先輩は自分自身で負けを認めた発言をしたのだ。ディベートにおいて最もやってはいけない事をやってしまったのだよ。


佐山の巧妙かつ狡猾な言い回しによって……」

 

それを聞いた木村は両目を見開き茫然としてしまった。


「悪魔のような奴だな、佐山……」


「ああ、実際杉本先輩にはそう見えているだろう、自分で負けを確定してしまったのだからな」

 

松金はそう言って杉本先輩に視線を向けた。我に返った杉本先輩はようやく自分のしでかしてしまった事を認識したのか


茫然自失してしまいその場に立ち尽くした。だが俺の役目はまだ終わった訳ではない。


さてここから最後の仕上げにかかるとするか。


「はっはっは、ようやく気が付きましたか⁉杉本先輩は本当にうかつですねえ~愚かというかお調子者というか


そんな考えでよく生徒会長をやって来られていましたね?」


杉本先輩はもう反論する気力も無い、茫然としながらうつろな目で俺を見ていた。


「何ですか、反論も無いのですか?いやいやいや、それではディベートにならないじゃないですか


しっかりしてくださいよ~」

 

会場は静寂に包まれ、皆が静かに見守る中で俺の杉本先輩を嘲る声だけが響き渡る。


その時、田所が思わず口を開いた。


「いかん、やりすぎや、佐山‼」


「そうだ、これはもはやディベートじゃない、単なる個人攻撃、誹謗中傷だ‼」

 

松金の言葉に木村も同意する。


「ああ、全くだ。もう杉本先輩は戦意喪失していてライフゼロのサンドバック状態だ。


まさか勝ちが決まって調子に乗ったのか⁉こんな発言はマイナスでしかない


いくら内容で勝っていたとしてもこれじゃあ杉本先輩への同情票すら入りかねない。どういうつもりだ、佐山は⁉」

 

木村の〈どういうつもりだ?〉という言葉に引っ掛かったのか、田所が何かに気が付いた。


「そうか、生徒会選挙か……」

 

田所の独り言のような言葉で松金も気が付いたようである。


「佐山は来月にある生徒会選挙の為に……」


「どういうことだよ、俺にもわかるように説明しろよ‼」

 

木村がじれったいとばかりに問いかけると松金は静かに口を開いた。


「来月に生徒会選挙があるだろう?その際、紅林が生徒会会長に立候補した場合


一番の強敵になるのは現生徒会会長である杉本先輩だ……」

 

松金の言葉を聞いて木村もようやく気が付いた。


「じゃあ、佐山は紅林が生徒会会長になれるよう少しでも選挙戦を有利に進めるために


今のうちに杉本先輩にダメージを与えて徹底的に潰しておこうとしているのか⁉」

 

問われた松金は無言でうなずいた。横にいた田所は呆れたように首をすくめた。


「佐山の奴とんだ忠犬ぶりやで、ハチ公も真っ青や。でも犬はその気でいてもご主人様はどうなんやろうな?」

 

田所がチラリと美鈴の方を見ると美鈴は重い表情を浮かべながらジッと俺の姿を見ていた。


「どうしたのですか、杉本先輩?何か言ってくださいよ~黙っているだけで生徒会会長が務まるのでしたら……」

 

俺が一方的にトークしていると終了を告げるベルが鳴った。


まだ時間的には二十秒ほどあったのだが、審判を務める教師が


これ以上は見ていられないと強制的に試合を終了させたのであろう。賢明な判断だと思う。

 

会場は予想を裏切るまさかの展開にザワザワとしていた。そんな中で結果が発表される。

 

89対13 俺の圧勝、総合優勝は我々一年生に決まった。


だが盛り上がりはない。会場は静まり返り一年生の応援席でパラパラとしたまばらな拍手が聞こえて来ただけである。

 

反対の三年生側では結果を見た杉本先輩がその場で膝から崩れ落ち動けなくなっていた。


茫然自失、戦意喪失、疲労困憊、意気消沈、顔面蒼白、意気阻喪、灰心喪気、拓落失路


どんな四字熟語でも言い表せない程落ち込んでいて一人では立つ事も出来なくなっていた杉本先輩は両肩を仲間に担がれるように退場していった。


その痛ましい姿が更に会場の空気を重苦しいモノへと変え、俺への視線はますます厳しく、そして冷たいモノへとなっていくのを感じた。


退場していく杉本先輩の後ろ姿を松金が複雑な表情でジッと見つめていた。


そんな松金の肩に手を乗せ話し掛ける者がいた、田所である。


「敵とはいえ知り合いがあないにボロボロになるのはやっぱ気になるか?」


「えっ⁉ああ、まあな……父親同士の付き合いもあって杉本先輩とは子供の頃からの知り合いなのだ。


確かに杉本先輩は自信家で尊大なところもある人だが基本的には面倒見の良い、いい先輩なのだよ……」

 

杉本先輩の敗北を思いだすかのようにしみじみと語る松金。


田所がそんな松金に覆いかぶさるように肩を組み、静かに話し掛けた。


「まあ色々とあるやろうけれどな、我が一年生を勝利に導いたダークヒーロー様にねぎらいの言葉でもかけてやろうや。


せめてワイらぐらいは祝福してやらんと佐山が救われんで」


「確かにそうだな」

 

田所の言葉に松金も同意し軽く笑った。その会話を聞いていた木村も〈しゃあねえな~〉と言いながら二人に続いた。


会場は動揺と困惑によりザワザワと騒がしく例えようのない雰囲気が漂っていた。


最終結果は思惑通り我々一年生の快勝だ。しかし俺自身は称賛されるわけでなく、祝福されるわけでもない空しい勝利だった。


だが後悔はない、俺はそんなモノが欲しくてやったのではないからだ。


そんな事を思いながら引き上げてくるとそこには田所、松金、木村の三人が笑顔で立っていた。


「お疲れ、佐山。外野は色々言うとは思うが結果は一年生の圧勝や、ようやったと思うで」


「そうだな、細かい事を言えばキリがないがそれにしても大したものだ。おめでとう」


「まあ、俺の代わりに出たのだからこれぐらいはやってもらわないとな、俺ならばもっと上手くやっていたと思うが」

 

これがこいつらなりのねぎらいなのだろう、俺は思わず笑ってしまった。


「せっかくご主人様の為に頑張ったんやから精々褒めてもらいや」

 

田所が俺の背中を押すように叩く、その先には美鈴が立っていた。


だが美鈴は瞬きすらせずこちらをジッと見つめている。わかってはいたがやはり褒められるような空気ではない様だ。

 

俺が美鈴の目の前に立つと美鈴は感情を抑えるかのように目を細め静かに口を開いた。


「どうしてあんな事をしたの?」

 

質問は随分と漠然としたものだったが、美鈴が何について聞いているのかはすぐにわかった。


「最後のアレか?まあ、何となくだ。あの先輩何かと上から目線でムカついたからつい……」

 

俺の返答に美鈴は目を伏せゆっくりと首を振った。


「あくまでとぼけるつもりね、貴方の意図はわかっているわ。来月の生徒会選挙の為にあんな事を……


でも、誰があんな事をしてくれって頼んだのよ⁉」

 

美鈴の声が微かに震えている、予想はしていたがこれはかなり怒っているな……


「何の事だ?俺は個人的にムカついたから杉本先輩を責めただけだ。そもそもあの先輩は……」


「とぼけないでって言っているでしょ‼」

 

美鈴の叫ぶような金切り声が会場中に響いた。騒然としていた観客達が一瞬で静まり返り俺達に注目が集まる。


だが美鈴は気にする様子もなく唇を震わせながら俺を睨みつけていた。


「俺がやった事は俺の責任だ、美鈴が気にすることじゃない。


そして今、皆の前でお前が俺を叱りつける事によって先程のやり取りが美鈴の意図したものではなかったという動かぬ証拠になる。


実際俺が勝手にやっているのは事実だからな。未だに俺は無所属だし


いざとなれば俺を連れて杉本先輩に謝罪すれば美鈴の株も上がるだろう、そうすれば……」


「そんな事を聞いているじゃないのよ、どうしてわかんないの‼」

 

俺の話を途中で遮りヒステリー気味に叫ぶ美鈴。さすがにこの反応は想定外だ


しかし今更方針を変える訳にはいかないのだ。すると美鈴が今度は静かに語り始めた。


「大和、貴方だけが悪者になって、嫌われて、それで勝っても意味が無いのよ……」

 

先程とは打って変わって俺にだけ聞こえるぐらいの小さな声で絞り出すように呟いた。


「目的の為に効率良く効果的に行動する、その為ならば俺は何でもやる」


「じゃあ、貴方はこれからもこのやり方を変えないって事?大和……」


「ああ、今更性格は変えられないからな。俺とお前はあくまで無関係で俺の事は知らぬ存ぜぬで通せばいい


それならば美鈴にダメージは無いだろう。いざとなったら俺を罵倒して切り捨てればいい、それはそれで効果はあるだろうからな」

 

俺の言葉に美鈴は無言のままジッとこちらを見つめたままだった。


その表情は怒っているわけでもなく、呆れているわけでもなく、只々悲しそうだった。


美鈴にそんな顔をさせたことが俺の胸に重苦しくのしかかり心は罪悪感で満ち溢れた。


だが俺は間違っていない、これは俺がやりたいからやっているだけ、そう、俺の意思なのだ。


そう己に言い聞かせるがそんなのは無駄な行為であった。それはただの自己弁護、自分自身に言い訳をしているだけなのだ。


その後、美鈴は何も言わずそのままその場を後にした。もう本当に俺との関係を切るつもりかもしれないな、それはそれで仕方がない、そう仕方がないのだ……

 

こうして学年対抗ディベート対決は幕を閉じた。最高の結果と最悪の思いを残して……


頑張って毎日投稿する予定です。少しでも〈面白い〉〈続きが読みたい〉と思ってくれたならブックマーク登録と本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです、ものすごく励みになります、よろしくお願いします。

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